第52話 雷鳴と共に
「……痛っ!」
「す、すみません。やはり麻酔を使った方が……」
「いえ、またいつ出ることになるか分かりませんから。このままで大丈夫です。」
幸はゴアとの戦闘時に負った傷の治療のため、署内の医務室にて処置を受けていた。二十年と少しの人生の中でこれといった大きな怪我をしてこなかった幸は肩の裂傷を見て軽く血の気が引いた。だが、肉体の強化による治癒力の向上のためか見た目ほど傷の状態は悪くなく、消毒のみで十分復帰可能なレベルまで治癒が完了していた。
(こんなに大きな裂傷……普通ならまず助からない。しかも出血もほぼ止まっている。本当に人間離れしているんだな……)
治療に携わっている医師たちは感心と少しの畏怖の念を抱いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……なるほどね。そりゃ確かにチートだわ。」
「お前ほどの男ならそのくらいは気づいていたと思っていたがな。」
「ずっと補助役として見てたからね。そこまで認識が及んでなかった。」
「まぁ無理もないか。」
レイと誠人は本部にて引き続きこれからの戦略を練っていた。
「あぁごめんごめん。ちょっと食いつき過ぎた。こうしてる間にも不死身の軍団が侵攻してきてる。まずはそいつらへの対策を確立しないと……」
「……悪いがそいつらに対しての明確な対処法は団長を殺す以外にはないと俺は考えている。」
「一応聞いておくけどその団長さんって本体もやっぱり強い?」
「当たり前だろ。」
「ですよねー。それならまず周り……師団長から削っていくのがベターか。」
そこで思い出したようにレイは誠人に問い詰める。
「そう言えばムルカについての対策は済んでるのか?」
「ん? あぁ、まぁとりあえずは。というか元々俺たちと幸くんだけで対処する予定だったから一応色々と準備はしてあるの。」
「……大体でいい。勝つ確率はどの程度だ。」
少し考え込んだ後に誠人は答えた。
「師団長のレベルを加味すると七対三くらいで分は悪いと思う。でも最初の一回に限ればかなりの確率で勝てると思う。」
「……わかった。それならもう俺は口出ししねぇ。後からこねくり回していいもんが浮かぶとも思えないしな。頼んだぞ。」
「もち。」
(…………餅?)
端折り過ぎた現代語に対してレイの脳裏に疑問符が浮かんだ次の瞬間、耳を劈くような警報が本部に鳴り響いた。
「現れました! 川崎市、武蔵小杉駅付近にて師団長らしき影を観測! 黒の装束と紫の紋様、報告のムルカ・ベインの外見と一致します!!」
「……噂をすれば、か。」
「川崎だったのは運が良かった。八王子とか言われてたらマジでブチ切れてたよ。」
「お前自身も向かうのか?」
「うん、指示する人間がいないとやばそうなんで。ヘリでぶっ飛ばせばそんなにかからないよ。」
「……そうか。一応言っておくが雷には気をつけろよ。」
「……?」
窓の外では雨が降っている様子は無い。まして異世界の住人であるレイがキロ単位離れている川崎市の天気をリアルタイムで分かる術があるとも思えない。
怪訝な表情を浮かべている誠人に対してレイは諭すように言った。
「違ぇよ、そっちじゃねぇ。さっき見せただろ、忘れたのか? 第二……」
そこまで話したところで突如窓の外から白い閃光が放たれた。
「なっ……!?」
一瞬真昼と錯覚してしまうほどの明るく強い光。
数秒後、大地を踏み鳴らすような重々しい轟音が響き渡った。
その衝撃で誠人はレイが何を言いかけたのかをやっと理解した。
「第二師団長……ヴォルキア・ハート……」
「……そういうことだ。音から察するに、不幸にも奴はかなり近場にいるようだな。」
「ヘリ隊から連絡は入ってないのか!!」
「そ、それが……」
レイと誠人の会話を聞いていた仁はすぐさま連絡班へ問いかけた。すると一人の連絡員の男が口ごもった様子で報告を始めた。
「先刻の落雷の直前、それらしき報告は入っていました。しかし……その直後いきなり通信が途絶え、応答がなくなりました。」
その報告を聞き、本部に戦慄が走る。
その場にいる人間はそれが何を意味するのか、頭より先に肌で感じ取っていた。
紛れもない死への恐怖が本部の人間を取り囲む。
それを振り払うように仁は連絡員の男に再び問いかけた。
「……報告をしていたのはどの地域のヘリ隊だ。」
「渋谷区……ここからおよそ3,4キロ先の場所だと思われます。」
「……わかった。そちらには復帰可能という判断が出来次第幸くんを向かわせる。誠人はムルカ討伐のため、川崎へ向かってくれ。」
「了解!」
「渋谷の方には俺も行くぜ。問題ないだろ。」
「レイさん……」
「正直二人でもギリギリなレベルの相手だ。今の幸一人じゃヴォルキアは荷が重い。」
「……承知した。それなら渋谷にはレイさんと幸くんの二人を向かわせる。渋谷の陸上隊は即刻退避するよう命じろ!」
「「「了解!」」」
連絡班から陸上隊へ迅速に退避命令が発される。
着々と次の舞台への準備が進められる。
大戦の第二幕がもうじき上がろうとしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「斥候……いや、偵察隊か。」
燃え盛るヘリコプターの残骸を眺め、一人の男がつぶやく。
「少々派手にやり過ぎたか。だが、これで奴も俺を無視は出来まい。」
男は白くひらひらとした布地の装束に身を包んでおり、その立ち姿は凛としていてとても美しかった。
「幾年ぶりか。本当に退屈な日々だった。」
男は昂ぶりが抑えられないといった表情だった。
「お前はまだそこにいるのだろう?」
男はこの日を夢見ていた。
「存分に、思い残すことなく─────」
男は、死に場所を求めていた。
「殺し合おうではないか、シャクナ。」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
読んでいただきありがとうございました!!
もし少しでも面白いと思っていただけたら応援や星、フォローをしていただけると大変励みになります!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます