第47話 第9師団長 レイ

「情報の非対称性……」


「…………?」


 倒れ伏している幸に向かって狙撃手の男はおもむろに話し始めた。


「お前らの世界だと経済関係で使われることが多いよな。レモン市場なんて言葉もあるくらいだしよ。ま、こと戦闘においても重要な要素でもあるんだな、これが。」


(なんだ? コイツ……)


 先刻から男の発言に対して幸は違和感を抱いていた。確かに話の内容も異世界からの侵略者とは思えないようなものなのだが、もっと根本の、それ以前の部分に他の敵たちと全く違う点があることに幸は気づく。


(そうか、口調だ!)


 ストラとロウのいずれも文法の整った、いわゆる正しい日本語で会話していたが、この狙撃手の男だけは現代人が使うような崩した日本語を使っている。


(こいつの口調からはあんまり知性みたいなものを感じなかった。でも逆だったんだ。が出来るってことは……)


 この時点で幸は目の前の男に今までの敵とは比べ物にならないほどの狡猾さが備わっていつことを確信していた。


 男は自分を睨みつける幸を眺めながら話を続けた。


「お前がゴアに勝てたのもそのおかげだ。あぁ、ゴアってのはさっきの巨大怪獣な。あいつはお前を過大評価してたせいで偶然を偶然と割り切ることが出来なかった。」


「………………」


「そう睨むなよ、褒めてんだぜ。傷跡に気づいたのもデカかった。連戦じゃなけりゃゴアを倒すのはきついだろうし。」


「………………」


「……舌まで麻痺してんのか? まぁいいや、もうちょいでも来るだろうしよ。」


「……!!」


 援軍をにおわせる男の発言を聞き、幸はどうにかしてこの場から退却出来ないか、思考を巡らせていた。


(さすがにもう体力がない。師団長クラスが来たら終わりだ。一か八か蒼炎装セレストで……でも追いつかれたら今度こそ……)


 考えれば考えるほどに自分が窮地に立たされていることを実感する。


「あー、一応言っとくけど逃げんのはやめろよ。マジでめんどくせーから。」 


(……クソッ!!)


 男の瞳には幸の思考を読み切っているかのような余裕が感じられた。


(ここまで、なのか……?)


 諦めかけていたその時、幸の背後から聞きなれたあるが聞こえた。


(これは……)


 痺れの残る体を何とかくねらせ、音のなった方向を見るとそこにはシーマが立っていた。


「シーマ……さ……」


「遅かったじゃねぇの。」


 幸の発言を遮って男はシーマに話しかけた。


「あなたが早すぎるんです。」


「しょうがねーでしょ。こいつ思った以上に強かったし。」


「……あと、その話し方は聞き取りづらいのでやめてください。」


「もうこっちの方が慣れちまったんだよ。こそちゃんと習得できたのか?」


「……ッ! 余計なお世話です!!」


(……これ、どういう状況……なんだ?)


 二人の口論は敵同士がするようなものには聞こえない。むしろある程度の信頼関係があってこそ成り立つ、距離感が確立できている者同士の会話に思えた。


「……それよりも、早く抜いてあげてください。」


「はいはい。おうお前、いろいろ説明してやっからとりあえず暴れんなよ。」


 気だるそうにしつつ、男は幸の足裏に刺さった楔を抜いた。

 その瞬間、体中を蝕んでいた痺れが一気に解け、体が軽くなった。


「はぁ……はぁ……」


「あーまぁ辛かったわな。悪い悪い。、みたいなとこもあるから許してくれ。」


「何を言って……」


「幸さん、すみません。事情を説明します。まず、この男は騎士団ナイツの師団長ですが我々の味方です。」


「えっ!?」


「そーゆーことだ。でっかい組織があったらスパイの一人や二人くらいいるもんだろ。」


「えぇ……」


 仮にも神と名乗った者たちが人間のような尺度で話していることが幸にとってはとても新鮮だった。


「それ以前にここまで追い込んでおいて止めを刺さない時点で気づいてほしかったけどな。」


「た、確かに……」


「混乱するのも無理はありませんよ。相当疲労がたまっていたでしょうし。この辺りに他の師団長はいますか?」


「近くにはまだ来てねぇ……と思う。ただゴアとの戦闘で気づいた奴がここに向かってきてる可能性はある。つーかそれよりお前は俺と話して大丈夫なのかよ。もまだ解けてないんだろ?」


「……一旦その話は後にしましょう。それに、ここまで効果が表れてないならおそらく成功しているはずです。」


「そりゃそうか。ひとまず英雄サマに色々説明してやらないとな。」


「はい。お願いしてもいいですか?」


「あたぼうよ。」


「あた……ぼ……?」


「……当たり前って意味だ。覚えなくていい。」


 会話についていけず、呆然としている幸に男はしゃがみこんで話しかける。


「とりあえず自己紹介からだ。俺の名前はレイ。姓は無い。この姫サマの命令で血生臭い騎士団ナイツにぶち込まれたかわいそうな男さ。」


「そっ……そんな無理やりにやらせたわけじゃないでしょう!!」


「冗談だよ。それはさておき、俺様はこの類稀なる知能とコイツを駆使してものの見事に師団長まで上り詰めたってわけだ。」


『コイツ』と言ってレイは背負っていた銃を指さした。


「元々は普通に内部から騎士団ナイツを瓦解させる予定だったんだけどよ。お前の存在が発覚してこの大規模侵攻に絡めた作戦に変更されたんだ。」


「俺……?」


「……やっぱなんも知らねぇか。ただ悪いが、昔話に花を咲かせてる余裕はねぇ。まずお前には騎士団をぶっ潰す方に専念してもらう。」


「言われなくても、始めっからそうするつもりですよ……!」


「あー……距離感掴みづらいよな。俺とはタメでいい。ま、そんだけ意気込んでりゃ十分だ。」


「はい!」


「だからタメでいいって。」


「あっ……はい。」


「……まぁいいや。初対面ならそっちの方が正常だわ。つーかお前、警戒心無さ過ぎねぇか?」


「えっ?」


「自分で言うのもあれだけど、俺かなり怪しいだろ。お前を生かしておいて何か企んでる可能性だって全然あるし。」


「でも……シーマさんが信頼してるならそれで充分です。」


「「……!!」」


 レイとシーマは幸の言葉にとても驚いた様子だった。


(あぁ……やはり、あの方の意思はここに……)


(正直恐怖すら覚えるな。半信半疑だったが、やっぱこいつは本物だ。俄然こいつに賭けてみたくなった……!)


「どうかしたんですか……?」


「……いや、何でもない。それならいいんだ。そんじゃとりあえず俺の知りうる限りの騎士団ナイツの情報をお前に教える。戦闘中にいちいち説明する暇なんてねーから出来るだけ早めに覚えろよ。」


「はい!」


「……だからタメでいいって。」



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