第43話 風穴
ゴアは弾丸を放った瞬間、勝利を確信した。
幸の視線から弾丸に気づいていないことは明らかであり、事実幸は全くゴアの口元を警戒していなかった。
(長かったが、これで終わっ……た……?)
しかしゴアの脳は目の前の事実についていくことが出来なかった。その事実を信じたくなかった、という表現の方が適切かもしれない。
幸は一瞥もすることなく、弾丸に全く気付いていなかったにもかかわらず、先ほどと一転して下方へ加速してその危機を脱したのだ。
無論、幸には躱したという意識もあと1秒動き出しが遅ければあっけなく死んでいたという自覚さえもない。幸の視線はただひたすらにゴアの脇腹に注がれており、集中していた幸は相手の出方もうかがうことなく一直線に傷跡へと急降下していた。
(ばっ……馬鹿、な……!)
普通、戦闘において相手への注意を外すことなどありえない。今の一連の行動は幸自身の戦闘経験の浅さが招いた酷く非合理的で常識はずれなものと言えるだろう。
だが、欠点とされるほどの粗雑さがあったからこそ、幸は徹底的に相手を分析して策を練り上げるゴアの虚を突くことが出来た。
(読み負け……だがもう一度逆風で吹き飛ばせばっ……!?)
直後、ゴアの全身に焼けつくような鋭い痛みが走る。
「ガハッ……!!」
先刻の接近戦の時とは明らかに質の違う内部まで響く一撃。
動揺、焦燥、困惑、そして恐怖。その一撃が己の命にも届きうることを身をもって実感したゴアは生まれてこの方ほとんど感じたことのないあらゆる負の感情に襲われる。
(ふざけるな……なぜだ、なぜここまで表皮が……ッ!!!)
思考がまとまらないまま二発目の打撃を食らってしまう。一発目と同じくその打撃はゴアの内部まで重く深く響く。
(やっぱり……効いてる!)
二発の打撃に対するゴアの反応からその傷跡がゴアの弱点であることを幸は確信した。
「まだまだ……!!」
痛みの余韻で動きが鈍くなったゴアに何発も拳を叩き込む。
(ぐっ……ここはっ……)
危機感を感じたゴアは痛みで魔力の制御がままならない中、半ば生存本能で幸に向かって逆風を吹かせ、一瞬幸が離れた隙に高く飛び上がって空中へ退避した。
「くっそ……またやりやがって……!」
ゴアが飛ぶ瞬間には地面に多大な負荷がかかるため、付近のいくつかのビルはそれに耐えきれず倒壊してしまう。
幸は落下時の衝撃を考慮してその場から離れようとした。
(いや、待てよ……?)
しかしここで幸にあるひらめきが生まれる。
(この状況ってもしかするとチャンスなんじゃ……)
ゴアは自身の肉体を風で動かすことは出来ない。
(そうだ……もしそんなことが出来るんなら俺なんか潰すくらいの風だって出せるはずなんだ。つまりあいつは今、空中に逃げたことで身動きが制限されてる……!)
次の瞬間、幸はゴアへ向かって勢いよく飛び出していた。
(決めるなら今しかない!)
その様子を飛びながら空中で眺めていたゴアは不審に思った。
(なぜ向かってくる? 下にいればむしろ危険なのは貴様だろう。ということは着地前……空中で仕掛けるつもりか!)
空中での追撃を危惧したゴアはとっさに下にいる幸に向き直る。
(傷跡が下に来た! これなら……!)
ゴアの肉体は跳躍の頂点に達し、やがて自由落下を始める。そのタイミングを見計らって、幸はゴアに向かって加速する。
(やはり来たか! おそらく狙いは執拗に攻撃してきた脇腹……視認は出来ないが大体の位置は分かっている。ギリギリまで引き付け……反撃で仕留めるッ!!)
真夜中の闇を切り裂くように蒼い炎が天へと上っていく。
(ビビるなビビるなビビるなビビるなビビるな!!)
幸は内心落下してくるゴアに対して尋常ならざる恐怖を感じていた。
幸の作戦はゴア自身の落下の勢いを利用した、貫通想定の傷跡への特攻。ゆえに恐怖で少しでも速度を弱めれば幸がゴアの体を貫通することはなく、そのまま押しつぶされてしまうだろう。幸自身がそれを一番理解していた。
対するゴアは幸の作戦を概ね読み切っていた。自身の弱点については認知していなかったが、先刻の幸の打撃によってその事実を受け止め、冷静に防御策を組み立てる。
(逆風か……!!)
加速して向かってくる幸に対し、ゴアは下方向の逆風で応戦する。だが、最高出力の幸の前では気休め程度にしかならない。
(まぁいい。ここまでは予想通り……!)
両者が引き合う方向に加速しあっていることにより、その時はすぐに訪れた。
初めに異変に気付いたのは幸だった。
(ぐっ……あいつ……!!)
ゴアは片手で傷跡のほとんどを覆っていた。
弱点である脇腹への攻撃を試みていた幸は動揺する。
(腕はくれてやろう。表皮で覆いさえすれば勢いは弱められる。あとは肉で受け止められる!)
(俺の勝ち筋はあいつの体を貫通すること……今のままじゃ……)
落下の加速度を加味しても出力が足りていないことを幸は確信していた。
その時、幸の生存本能と闘争本能が体内の魔力を極限まで活性化させた。
ほとばしる魔力はすぐさま形となって表れた。
「はっ……!?」
意図せぬ加速。体が跳ね上がるような感触だった。
下へ目をやると軍靴を撃ち抜いて両足から一際高火力の炎が放出されていた。
(すごいけど、これでも多分ギリ…………なら、全部でぶち抜く!!)
もう目標を変更する時間はなかった。覚悟を決め、幸は両手両足で加速し、ゴアの脇腹へと向かっていく。
(なんだ……?)
当然のように拳を向けてくると想定していたゴアはその様子を見て困惑した。
(手足で加速……? そのタイミングでは拳を出すのが間に合わな……!!!)
右肩を突き出して丸まっている幸の姿勢を見て、初めてゴアは幸の意図を理解した。
「
幸の変化に気を取られたゴアは技の発動が一瞬遅れた。
直後、両者の肉体がぶつかる。
「ガアァァァァァァッ!!」
町中に響くゴアの苦悶の声。
体内を焼き裂かれていく激痛。痛みで朦朧とする意識の中でゴアは自身の刹那の遅れを呪った。
(見立てが甘かった……まさか、全身から発火させられるとは……!)
両手両足による加速に加え、右肩と頭部を中心に発火させたことで幸の特攻は想定よりも突貫力が跳ね上がり、ゴアの表皮も難なく貫くことが出来た。
反作用によって幸の頭と肩にも相応の衝撃が返って来ていたが、興奮状態に入っていた幸は痛みをほとんど感じていなかったが、怪獣の肉を貫く際の不快な感触と鼻を突くアンモニア臭に襲われ、一刻でも早く抜け出したいとだけ願っていた。
「…………っ!!」
全身にかかっていた負荷が途端に消える。
眼を開けると雲一つない秋の夜空が広がっていた。ゴアの体内にいた時の不快感の反動からか、幸の目にはいつもよりも美しく写った。
「あいつは……」
下に移した視線の先には傷口から血を吹き出しながら遠ざかる怪獣がいた。その目はすでに焦点があっておらず、生気が失われていた。
やがて周辺のビルを巻き込みながらゴアは街へと落下した。
落下の際の破壊規模を見て再び幸はため息をつく。幸も緩やかに滑空しながら瓦礫の上に着地すると、既に舞い上がった土煙と共にゴアは消滅していた。
「飛ぶ鳥の癖に跡濁しすぎだろ、クソッたれ……」
復旧活動が大変になるだろうなと少し幸は心を痛めた。
(一旦本部に行って治療してもらうか。せっかくもらった服もボロボロだし。靴に至っては穴開けちゃったからなぁ……初戦からこんなので大丈ぶっ……!?)
考えていた矢先、腹部に衝撃が走る。
(なん……だ……?)
一瞬の混乱、直後にもう一撃肩に撃ち込まれる。
「なっ……」
肩に受けたことで体がのけぞらされる。続けざまに再び腹部に衝撃が走った。
(ぐっ……間違いない。これは相手の攻撃……!!)
その攻撃はおよそ幸の前方2キロメートル先から放たれていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「はぁ~……
ダイヤルや複数のグリップがつけられた風変わりな狙撃銃を持った若い男がビルの屋上でそう呟いた。
「さーてと……簡単に死んでもらっちゃ困るぜ、英雄サマ。」
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