第42話 暴風域の攻防
ゴアの最も優れている点は、圧倒的な重量を生かしたパワーでも、硬く分厚い表皮に裏付けされたタフネスでもなく、卓越した知能を活かした技の多彩さにある。技の数だけで言えば騎士団随一の技巧派であるロウにも比肩するほどで、シンプルかつ応用性の高い風の魔法は並外れた頭脳をもつゴアと暴力的なまでに相性が良かった。
また、ゴアは既存の技との相性を重視しながら技を開発するため、単体で攻略されたとしても組み合わせながら複数同時に技を発動することで手札を温存したまま効率的に相手を葬ることが出来る。
特に現在使用している
(もう温存とかしてる場合じゃない……!!)
荒れ狂う暴風の中、危機感を感じた幸は最大出力の
だが、瞬間風速200メートル毎秒を超える猛烈な風によってあたりの建物や捲れあがったアスファルトが瓦礫と土埃となって舞い上がったことにより、幸はほぼ反射的に目をつぶっていた。
目も耳もほとんど機能しない状態によって方向感覚を失った幸は不運にもゴアへ向かって真っすぐに加速してしまった。
(やはり……接近戦に持ち込むか。望むところだ!!)
逃げようとしている幸の意志など知る由もなく、ゴアは向かってくる幸に対して迎撃する構えを取る。
この時点でゴアは既に二つの対策を済ませていた。
キイィィィィィ……
(……この音は!!)
風の音が絶え間なく聞こえるにもかかわらず、鋭く甲高いそれの音はいともたやすく幸の耳を突き刺した。その音が何を意味するのかを完全に理解していた幸は総毛立つほどの恐怖を感じ、とっさに目を開いた。
(…………!?)
眼前に漆黒の怪物が現れる。幸は瞬時に自分が逃げる方向を間違えたことを悟った。
(目を開けたか……だがもう遅い!!)
次の瞬間、先ほどよりも明らかに溜めが短いにもかかわらずゴアは両手を開いた。
ゴアの
だが、ゴアは初撃の
実際、ゴアの作戦は成功していた。多少の理由の差異はあれど、幸が溜め時間を勘違いしたままゴアに接近してきたことでその一撃は完全に幸の意表をついていた。
だがそれでも、
「くっ……!!!」
(…………!?)
音によって大体の射出方向が分かっていたこと、また奇しくも
(馬鹿……な……)
少なからずゴアは動揺する。それほどまでに幸の回避は神がかり的なものだった。
しかし、その動揺が戦場においてどれだけ致命的なものであるかを理解していたゴアは瞬時に思考を切り替え、冷静に次の一手を考え始める。
(まだだ……まだ、手札はある……!!)
ゴアは一つの疑念を抱いていた。それは幸が真っすぐに突っ込んできたことへの疑念。無論、それは意図したものではなく偶然の産物としか言いようがないが、先刻の回避によって幸は無策に突っ込んできたのではなく、こちらの手をある程度警戒したうえで何かしらの策を講じて仕掛けてきたのではないかとゴアは疑った。
(考えてみればおかしい。奴はなぜ上方へ躱した?
窮地に陥った状況でのゴアの頭の回転は恐ろしく速く、常人では到底たどり着けないであろう領域まで瞬時に思考を巡らせることが出来る。
(加えて余力があったにもかかわらず脱出しなかったことを加味すれば、奴が短期決戦を望んでいることは明白。おそらくは援軍を警戒したのだろう。)
だが、今回に限ってはその明晰な頭脳が仇となり、幸への過大評価によって誤った方向へ推察してしまった。
幸が上方へ加速したことに特に理由はなかった。強いて言うならば後半の訓練で飛行能力の検証を何度も行っていたことで、最も慣れていた上昇の動作が咄嗟に出てしまったということが挙げられる。
(短期決戦……先刻の戦闘で胴体への攻撃では不十分と判断したならば、今度は急所を狙いに来るはずだ。上方の急所、最も警戒するべきは……首!!)
幸が急所を狙いに来ると読んだゴアは素早く両腕で首を防御する。
(まずは首への斬撃を警戒、接近してきたところで撃ち抜く!!)
ゴアのもう一つの対策、それは彼の口腔内に収めてあった。
ゴアは
その威力は絶大だが、当てる難易度が
「うっ!?」
加速し終わった幸に再び暴風が襲い掛かる。その風は幸の背中を押し、無理やりゴアへと接近させた。
その機会をゴアは見逃さなかった。
(何たる僥倖……! ここだ、この瞬間しかない!!)
満を持してゴアはその口を開き、口腔内の空気を解き放った。
(これで……終わりだ!)
風の凶弾はほとんど音もたてず、幸へと真っすぐに襲い掛かっていった。
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