第2章 鮮血の騎士団

第15話 新たなるスタート

 幸が静岡県警から警視庁に引き渡された後、大里とともに幸は東京へと戻り、警視庁にて再び事件についての簡単な取り調べを受けた。だが、当然その取り調べは先のような幸を疑ったために行ったものではなく、現状をできるだけ把握するために行われたものだった。


 幸は自分の持つ情報を包み隠さず話した。自分の正体、能力を得ることになった経緯、事件の詳細、知っている限りそのすべてを。何が何でもこれ以上の被害を食い止めるため、幸は積極的に警察に協力を求めた。幸い、双方の利害は寸分の狂いもないほどに一致していたため、協力体制に関する否定的な見解や意見などが取り調べ中にあげられることはなかった。


 だが取り調べの間、ずっと問題に上がっていたのはシーマについてである。身元は不明、幸以外には認識できない、そして何より敵方の情報をある程度持っていると考えられる、いうまでもなく一連の騒動の重要人物であるシーマが。それを証明することが最も困難だった。


 実はシーマと幸は事件後、東京の幸の自宅で再会を果たしていた。怪獣の事件の翌日にいざというときの集合場所として事前にそこを指定していたのだ。

 その際に自分が警視庁に向かうことになった旨をシーマにも共有し、警視庁での事情聴取はシーマも同席することとなった。


 そこまではよかった。問題はそのあとである。シーマは基本的に人間などの生物には干渉できないが、物に触れたりすることは出来る。事実、家の倒壊の際にも家とともに吹っ飛ばされていた。その性質を利用し、シーマは警察と筆談を試みた。だがペンを持とうとすると、体が硬直してしまう例の現象が起きてしまい、無理やり持たせようとしてもペンは無情にシーマの体をすり抜けるのだった。

 この時点で大方の予想はついていたが、シーマが自分の存在を人間たちに伝えようとする行為をしようとすると、たとえそれがどんなに些細な行為だったとしても途端に体を硬直させるか、もしくは物体に干渉させないことによって阻止されてしまうことが分かった。どうやら黒幕は頑なにシーマの存在が証明されることを止めようとしているようだった。


「どうして…どうして…」


 何一つとして人間たちにしてあげられる事のない自分自身をシーマは呪った。


 悲しむシーマの姿は幸の目にも深く焼き付き、より一層幸の中の黒幕に対する怒りの感情が強くなっていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ここからはまた少し時間が経過する。


 幸が正体を明かして警察の協力を仰いだことにより、二つの事件が大々的に報道され幸の存在が一気に全国に知れ渡ることとなった。直接インタビューをしたいという報道関係者が警察や幸が暮らしていたマンションへ押しかけていたが、警察の助力もあって幸の親戚や幸自身の情報がそれ以上漏れることはなかった。


 現在、幸は警察の保護のもと、都内のホテルを転々としていた。同じホテルに滞在し続けることは機密保持の観点からあまり得策ではないということからこのような形態に落ち着いた。


 ストラの襲撃から一週間ほどたった日の午後。

 警視総監からの招集がかかり、幸は警視庁へ出向くことになった。ホテルのロビーを出ると、そこにはごく普通の白色の車と大里刑事が待っていた。


「こんにちは。調子はどうかな?」


「おかげさまで元気です。何から何までありがとうございます。」


「僕たちにはこれくらいしかできないからね。ささ、乗って乗って。」


 促されるまま幸は助手席に乗って扉を閉める。

 大里は運転席に座ってエンジンをかけ、車を発進させる。


「そういえば…警察の車なのにパトカーじゃないんですね。」


「まぁ目立ってしょうがないからねー。マスコミはほんっとに目ざといから細心の注意を払ってるんだ。」


「あー…なるほど。」


 大里の口ぶりからは報道関係者への恨みのようなものが感じられた。警察の人間はマスコミに苦労させられることも多いのだろう。


「いざというときにはそういう人たちも役に立つけどね。人生初パトカーじゃなくて残念だった?」


「むしろそれを誇りに思う人はいるんですか…」


「そういうマニアもいるんじゃない? 僕としては勘弁してほしいけど。」


 "勘弁してほしい"で済む問題ではないだろうと幸は思った。


「そういえば…この前君が言ってた君にしか見えない…えーと、なんて言ったかな…」


「シーマさんですか?」


「あぁそうそう、その人。今日は一緒に来てないの?」


「そうですね。ただ、できる限り情報共有はしたいと言っていたので今回の会合には出席するそうです。」


「えっ!? あぁそっか、瞬間移動できるんだっけ。便利だよね。」


「でもあまり話すことはできないかもしれないとも言ってました。」


「……やっぱり、そうだよね。」


 そう言って少し口ごもりながら大里は話し始める。


「実はね、そのシーマさんっていう人が本当に存在するのかどうかを上層部は疑ってる。」


「…………」


 やっぱり。


 幸の心の第一声はそれだった。


 警視庁での情報共有から既に2日経過しており、その間警察の上層部では幾度となく幸の証言の信憑性や現状するべき対策について検討が行われていた。


 その結果、『立花幸の証言を全面的に信頼し、協力関係を結ぶ』という結論に至った。理由としては一つ目の事件で怪獣を食い止めた功績や自分自身も被害にあっていることなどが挙げられた。

 ただ、シーマのことについては双方向に干渉が不可能な以上、考慮したとしても特段無意味であると結論付けた。そのため、警察の上層部は幸自身に瞬間移動と炎の能力が備わっていると仮定し、情報源も公的な資料では立花幸とすることとなった。


 確かに第三者からすれば、自分たちの利益にはなり得ない無駄な情報は省いて、自分たちの目に映る情報のみを信じて動くことが最善に思える。いや、事実それが最善だと言えるだろう。


 だが、本気で自分たちを思いやって涙を流しているシーマをいないものとして扱うことに幸はどうしても納得できなかった。


 その気持ちが顔に出てしまったのか、大里はそれを察したように続ける。


「しょうがないことなんだ。提供できる情報には限界があるし、加えて君以外には触れることも話すことも見ることもできない。超常的なことも受け入れるしかないと決心した現状でもすべてを信じ切ることは危うい。それに、もしそのシーマさんが本当にいたとしても、敵でないという証明はどこにもない。」


「それは…そうですけど…」


「君の話を聞くと、シーマという女性は確かに味方なのかもしれない。でも敵の目的が全く見えてない今はまず疑うことから始めるべきだ。」


「…はい。」


「大丈夫。もし本当に味方ならいずれみんなから認められるようになるさ。」


 そう話しているうちに車は警視庁へ到着した。


 庁内へ入り、手続きをした後二人はエレベーターに乗って会合が開かれる会議室まで向かった。


 会議室では長方形に並べられた机に大人たちが静かなまま着席しており、二人が部屋に入って来るやいなや、幸に向かって一斉に視線を集めた。


 疑念や恐怖の入り混じった眼差しが幸の緊張感をさらに高めた。一呼吸おいて見渡してみると部屋の奥にはシーマの姿が見えた。見知った顔がいるとわかっただけでほんの少し幸は気が楽になった。


「幸君の席は…あっちだね。」


 大里に誘導されシーマの前の席に幸は着席する。開始時刻まではあと15分ほど余裕があった。だが、まとわりつく視線がどうにも心地が悪く、その余裕がかえって幸にとっては苦痛だった。それをくみ取ったのか、警視総監はおもむろに話し始める。


「少し早いですが、全員そろったようなので始めさせていただきます。これより、"第一回超常災害及び超人襲撃に際した特別対策会議"の開会を宣言します。」

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