第16話 10月26日① 対策会議

 警視総監は軽く自己紹介を始める。


「主な進行は私、蛯名えびな ひとしが務めさせていただきます。今回の会議はあらゆる側面から未曽有の災害への対策を講じるべく、直接関わると思われる防衛庁や消防庁のみならず、様々な分野から権威である皆様を集めて開かせていただきました。まずは名前と所属、もしくは専門分野を一人ずつ紹介していただけると助かります。」


 そうして蛯名の右隣から順番に一人ずつ自己紹介が始まった。その中には自衛隊や警察関係者はもちろん、医療関係者や化学・物理専攻の研究者などもいた。


 "日本○○"や"○○省・○○庁"といった大々的な肩書を持つ大人たちに対して幸は自分の番が来たとき何を話せばよいのだろうと真剣に考えていた。


「(○○大学…? いやでも俺が必要とされてる分野はそっちじゃないよな…。でも炎が出せる大学生、なんて自己紹介恥ずかしすぎてできるわけ…)」


「……君。どうかしたのかね?」


 蛯名の呼ぶ声ではっと我に返る。いつの間にか幸の順番まで回ってきてしまっていた。


「あっ…はい! すみません!」


「いや…こんな場所に招かれたの初めてだろうからね。緊張するのは無理もない。配慮が足りていなかった。申し訳ない。」


「いえ…そんな…」


「君についての大まかな説明は召集の際にもう既にしてあるから君は大丈夫だ。」


 それを聞いて幸はほっとしたと同時に、懸命に考えていた(冷静に考えればとても痛々しいと思える)自己紹介文に関しては墓場まで持っていこうと決心した。


「一通り自己紹介も終わったことですので、本題に入ろうと思います。まず最初の事件についてです。お手元の資料の3ページを開いてください。」


 そこから怪獣とストラの襲撃の二つの事件についての説明が行われた。怪獣もストラも消えてしまっていたがあたりの住民の目撃証言や被害状況からそれらの存在は認める、という前提で話は進められていった。

 一通り説明し終わったところで蛯名は幸に問いかける。


「……以上が事件の全容です。立花君、何か補足はあるかね?」


「いえ、特にはありません。僕にも敵の正体や目的については見当もつかないので…」


「了解した。何か質問のある方は挙手を。」


 蛯名がそういうと一斉に手が挙がった。手を挙げたのは主に化学・物理分野の研究者たちだった。


「それでは…後藤さん、どうぞ。」


 メガネをかけたやせ型の後藤という男が指名された。後藤は起立して幸の方に体を向ける。


「○○大学科学研究所所長の後藤です。立花君に質問なのですが、君が持っているという炎の力はどのような経緯で発現することになったのでしょうか?」


「はい。えーと…説明が難しいのですが、その…花のようなものをある女性に渡されて、それを胸のあたりに近づけたら体の中に吸い込まれていって…その状態で戦ったらいつの間にか炎が出せるようになってました。」


「…その女性というのは何という方でしょうか。」


 一層詰め寄る勢いで男は質問を続ける。


「シーマさんというんですが、僕以外の人には干渉できないみたいで…現状僕にしか認識することができない方です。」


 ここまで話すと会議室全体が少しざわついた。やはり信じられない人間が多数いるということなのだろう。


「ちなみにですが、その方は今どこに…?」


「えっと…ここにいますね。その…僕のすぐ近くに。」


「一応検証してみてもよろしいでしょうか?」


「はい…どうぞ。」


 そう言って幸はシーマの場所を示す。よりざわつきが大きくなり、研究者たちは席を立ってそこに何か手掛かりがないかカメラなどを用いて検証した。一通り検証を終えた後、現時点で証明は不可能と判断して研究者たちは席へ戻った。その後、改めて幸に質問する。


「会話は今もできるんですか?」


「はい。ただ、緊急じゃない限りは出来るだけ二人きりの時だけ話すようにしてます。周囲の人たちが混乱してしまう恐れがあるので。」


「ふむ…」


 疑念があるような表情で後藤は考え込んだ。確かにいきなり受け入れるには少々突飛すぎる内容だろう。


「それでは、仮にシーマさんが実在するという仮定の下で話させていただきますが、シーマさんはほかに有益な情報を提供してくれましたか?」


「いえ…今僕が言ったこと以外には特に…」


「そうですか…。それなら現状シーマさんについては一旦無視するべきかもしれませんね。干渉できない以上直接的に我々を助けることも不可能だと考えられるので。」


「そうですね…」


 覚悟はしていたが、しっかりと言葉にされるとなおさらにシーマに対する申し訳ない気持ちが強まった。心配そうな顔をしている幸にシーマは「大丈夫です。」とだけ告げた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 質問時間が終わった後少しの休憩をはさんで会議は再開した。


「それでは次に今までの事件の情報を踏まえて具体的な対策案を考えようと思いま…」


 蛯名がそこまで話した直後、"コンコンコン"と少し強めのノックが会議室の扉から聞こえた。


「すまない。急を要する会議なんだ。要件なら後で…」


 そう返答したところで今度は扉が"バンッ!"と勢いよくあけられた。廊下からは筋肉質でとてもガタイのいい二十代後半くらいの男が入ってきた。


「こっちも急を要するからノックしたに決まってるじゃないですか。伯父さん。」


「ここでは警視総監、だ。それで…要件は何だ。」


「たった今、警視庁に怪文書が送られてきました。」


「…内容は?」


「もちろんこの会議に関連する内容ですよ。しかも、これを書いた奴はおそらく一連の事件の首謀者かもしくはそれに近い存在だ。」


 男がそう言うと部屋のざわつきが殊更に大きくなった。蛯名が一度全員に落ち着くよう促して話の続きを聞く。


「なぜそう思った。」


「多分いたずらだと思われないようにするためでしょうね。今回の一連の事件について警察の上層部や当人くらいしか知らない情報まで事細かに書いてある。最大レベルまで情報規制を行っているにもかかわらず、ね。」


「…その怪文書、読み上げてくれるか?」


「いいですよ。ただ証明のために事件の情報を書いてる部分は飛ばしますよ。ほとんど皆さん知ってるでしょうからね。」


「わかった。頼む。」


「本編はとても短いです。"11月8日 開始"とだけ書いてあります。」


「"開始"…か。なんとも不気味だな。11月8日というと今が10月26日だから…およそ2週間後といったところか。」


「何が始まるかは見当がつきませんね。まぁ十中八九よくないことなんでしょうけど。」


「…了解した。ご苦労だった。その件についてはまた後で検討しよう。」


「あぁ、あと言い忘れてました。この怪文書律儀に差出人まで書いてるんですよ。しかも結構面白い名前。どっかの中学生みたいなセンスだ。」


「なんて書いてあるんだ?」


「英語で"Crimson Knights"。クリムゾンナイツ…って書いてますね。いやー読むのもキツいね。こりゃ。」


 その名前を聞き、むしろいたずらなのではないかと幸は疑った。


「(いやでも…情報は本物らしいしなぁ…)」


「あの…すみません。幸さん?」


 突然シーマが小声で幸に話しかけてきた。


「なんですか?」


「私…英語は勉強不足で…。日本語では何という意味なんでしょうか?」


「あぁ、えっと…正確にはわかりませんが、たぶん"紅蓮の騎士団"みたいな感じじゃないですか?」


「…!!」


 それを聞いてシーマはとてもショックを受けたような表情をした。


「…シーマさん?」


「…幸さん、一応聞いておきたいのですが"紅蓮"とは何のことでしょうか。」


「赤っぽい色のことですよ。鮮やかな感じの。」


「やはり…そうですか…」


 少し考え込んだ後シーマは再び口を開いた。


「幸さん、今すぐ皆さんに伝えてください。」


 そして尋常じゃなく焦った様子でこう続けた。


「あの文書は本物です。間違いなく。もしこの文書を無視して何の対策も練らなければ、今までの事件とは比べ物にならないほど大量の犠牲が生まれることになります……!」


「えっ……」


 その言葉は先の戦いで父を失った幸の心に深く突き刺さった。


 新たなる戦いの幕開けはすぐそこまで近づいてきていた。




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