第17話 10月26日② 出会い
今までの事件とは比べ物にならない。尋常ではない面持ちでシーマはそう言った。
「何か…心当たりがあるんですね? あれを送ってきたやつらの正体について。」
「心当たり、というよりは確信です。」
「…わかりました。」
とりあえず怪文書についてはまた後で議論しようという雰囲気に会場全体が包まれようとしていた。だが、シーマの必死さを見るにこれは最優先で検討するべきだと判断した幸は真っ先に発言しようとした。
「待っ…」
「待ってください。」
だが、それよりも早く声を上げた人物がいた。先ほど入ってきた、警視総監である蛯名仁の甥にあたると思われる男だ。
「私は最優先事項としてこの怪文書についての検討を提案します。」
一斉に会場がざわつく。混乱の最中、蛯名仁が返答する。
「そう考える根拠は何だ。」
「…まず第一にこの怪文書は敵の手掛かりが全くない今の状況で唯一現れた有力な手掛かりです。いたずらにしては凝り過ぎていますしね。敵についての情報が足りてない今、具体的な策を練るならこれを起点に進めていくことがベストだと考えました。」
「フム…」
「それにもう一つ。」
そこまで言うと男は幸へと視線を向けた。
「君が立花幸くんだね?」
「はい、そうですけど…」
「君さ、差出人の名前を聞いたときぎょっとしたような顔したよね。少し間は空いてたけど。」
「えっ!?」
確かにシーマの話を聞いて驚いた表情はしていたかもしれない。だが、その一瞬のうちに表情の変化に気づく男の洞察力と観察力に幸は驚かされた。幸が顔に出やすい性分なだけなのかもしれないが。
「何か思い当たる節があったんじゃないのかな?」
「本当か! 立花君!」
「えっ…いや、まぁ…」
会議室中の視線が幸に集まる。幸は隠してもしょうがないと思い、正直に打ち明ける。
「先ほど僕にしか見えない、シーマさんという女性についての話はしましたよね?」
「あぁ。」
「たった今、その…シーマさんは英語の意味が分からなかったみたいなので"クリムゾンナイツ"がどういう意味なのかを教えたら、今すぐ皆さんに"早急にこれについての対策を練るべきだ"、と伝えてくれと言われまして…」
「ほう…それで、君自身は何に驚いていたのかな?」
「その…そうしなければ今までの事件とは比べ物にならないほどの犠牲が出てしまうと言われて…」
「…なるほど。」
しばらくの間、蛯名仁は考え込んでいたがやがて結論を出した。
「…一旦、この文書の件は保留にしておく。」
「なっ…そんな…」
「立花君、許してほしい。君のことは信じているが、その判断の根拠があまりに薄すぎる。それにまだ我々はシーマという女性の存在自体は信じ切れていない。多くの命を預かる立場上、そのようなあやふやな判断材料で決定することは非常に危険だ。」
「た、確かにそうかもしれないですけど…」
「加えて文書の内容も短すぎて真意を読み取るにはそれなりの時間を要すると考えた。そこで議論を停滞させるよりまずは先日に起こった二つの事件を踏まえた対策を練って備える方が被害の減少につながるだろうと私は判断する。」
「………」
ぐうの音も出ない正論。理路整然としておりけちのつけようがなかった。検討は保留ということだったため、いつかは議論されるかもしれないがシーマの慌て様を考えるとそこまで時間が残されているとは思えなかった。
(もし文書の"開始"が開戦を表しているとしたら…もう襲撃まで2週間を切っていることになる。しかもこれまでの奴らよりはるかに強い敵が来るかもしれないっていうのに…!)
想像するだけで背筋が凍る。だが、今ここで異議を申し立てても即座に却下されてしまうと考えた幸は何も発言することができなかった。
その後、蛯名はこう付け加えた。
「以上の理由から"一旦"、"ここでは"…保留とさせていただく。」
文書を持ち込んできたあの男を静かに見据えながら、一部分妙に強調して蛯名は保留の意を改めて表明した。
それが何を意味するのか、その時の幸には全くわからなかった。
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午後二時ごろから始まった会議は最終的に午後七時半まで続いた。結局会議で決まったことは法整備関連や魔法についての臨時の研究機関を設立することなど、間接的な内容ばかりだった。
会議が終わった後、幸は大里に呼びかけられた。
「お疲れ。幸くん。」
「あっ、お疲れ様です。」
「今日は結構退屈だったでしょ。」
「いえ、いろいろ勉強になりました。僕は戦うことしかできないので…」
「…いやいや。それじゃあホテルまで送るよ。」
「ありがとうございます。すぐ準備しますね。」
「ちょーっと待った!!!」
大里の背後から大声で二人を呼び止める声が聞こえた。
声の主は文書を持ってきたあの男だった。
「蛯名…警部。」
「もー、何回も言ってるじゃないですか。警部はいらないですって。」
「そういうわけにはいかないですよ。やっぱりうちも縦社会ですのでね。」
「わっざとらしい敬語ですこと。まぁいいや。大里さん、この後時間空いてます?」
「あぁ幸くんを送り届けたらそのあとは暇だけど…」
「それじゃあ君は? この後暇?」
「えっ…僕…ですか?」
唐突に幸に質問が投げかけられる。
「暇…ですけど。」
「おっけ! じゃあ三人で飯行こう。ちょっと話したいことがあるんだ。おっと、シーマさんとやらも来るのなら四人かな。」
「…話したい事っていうのは?」
「ちゃんと真面目な話だよ。とりあえず君とは一回話したかったんだ。会議では言いたいことも言えなかったみたいだしね。」
「うっ…」
幸は図星だった。
(なんか心を読まれてるみたいだ…)
「まぁそう悪いようにはしないよ。飯もおごるから。大里さん、車お願いします。」
「了解しましたよ、警部。」
「…もはや嫌味ですよね、それ。」
「まぁね。すぐに回してくるから早めに降りてきてくださいよ。」
「おっけーです。」
そう言って大里は会議室を出て行った。幸が支度をしている間、男はおもむろに話し始める。
「そういえば、まだ名乗ってなかったよね?」
「あっ…はい。そう、ですね。」
「僕の名前は
「えっと、僕は立花…」
「あぁ大丈夫、君はもう有名人だから。」
「あっ…そうですか…」
一方的な自己紹介と幸のコミュニケーション能力不足による少しいびつな会話。
これがのちに師匠となる蛯名誠人との出会いだった。
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