第24話 前へ前へ

「うっ…」


 幸が次に目を覚ましたのは病院だった。ロウとの戦いの後、運び込まれたらしい。

 窓の外を見ると沈みかけている夕日が見えた。


「そうか…俺…」


 傷ついた体を眺め、改めて幸は自分の敗北を実感する。


「……………」


 当然悔しさはあった。だがそれ以上にロウのような化け物じみた強さをもつ者たちにどうやったら勝てるのか、とにかくそのことばかりを考えていた。


(あいつと同等の奴らが少なくとも八人…それに加えて騎士団長もいる。どうしたもんかな…)


 不思議と絶望感は感じていなかった。感じている余裕もない、といった方が正しいかもしれない。すでに襲撃の日までは十日余りとなっているため、絶望して立ち止まっていればただ何もできずに侵略されるのが関の山だろう。追い込まれていることでむしろ幸は前を向くことが出来た。


 一人、幸が病室で悩んでいるとおもむろに病室の扉があいた。

 廊下からは誠人と番が入ってきた。


「幸くん! もう大丈夫なのかい?」


「はい。すみません、いろいろ心配かけちゃったみたいで…」


「いやいや、君はよく戦ったよ。」


「相手は敵方の幹部クラスの存在だったし、能力を授かって一週間くらいだったら相手に傷を負わせただけでも上出来だわ。」


「でも…」


 確かに、戦いの初心者である幸が歴戦の猛者であると思われるロウに手傷を負わせたということだけでも出来すぎだと考えられるだろう。実際、両者の間にあった圧倒的な実力差がそれを物語っている。

 しかし、当の幸本人はそう思っていなかった。


「今度の勝負は…なんですよ。どんなに善戦したとしても…」


「…ごめんなさい。そうよね、少し甘かったわ。」


「…うん、何としても勝たないとね。」


「とりあえず僕は早く復帰しないと…」


「無理しちゃだめだよ! ひどい凍傷だったんだから。」


「いえ、もうほとんど治ってます。」


 そう言って幸は手先を見せた。倒れた時には少し変色する程度にはダメージを受けていたが、現在はほとんど傷跡も見分けられないほどに回復していた。


「うわ、ホントだ。すっご。」


「回復力も人並外れてるみたいね…」


「前の事件の時もそうだったんです。一晩眠ったら大体の傷は治ってて…」


「その感じなら明日にはもう動けそうかな?」


「なんなら今からでも動けます。」


「さすがにそれはね。それに今日は身体能力を把握するところまでが目標だったから。」


「明日以降は何をやるつもりなんですか?」


「もちろん特訓だよ。ロウみたいな奴らにも勝つために、明日からはかなり根詰めていかないとね。」


「…誠人さんは、どうやったら僕が勝てるようになると思います?」


「うーん…相手の底が分かんないから何とも、って感じだけどひとまず発火能力には磨きをかけたほうがいいだろうね。消費も激しいみたいだから魔力を節約して戦えるすべも身に付けるべきだと思う。」


「…なるほど。」


「その辺は僕も考えておくよ。それじゃ、とりあえず今日はこんなところで。ゆっくり休んでね。」


「はい。ありがとうございます。」


 そう告げて誠人と番は病室を後にした。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「勝てる見込みはあるの?」


「…厳しいとは思うよ。Xデーまでに幸くんがどれだけ伸びるか、そこに賭けるしかないね。」


「もし銃火器も全く効かないとなったらいよいよまずいわね。」


「今日の戦闘を見る限り、ピストルくらいなら難なく跳ね返すだろうね。ライフルでも厳しいかも。でもだけが倒し方じゃないから。」


「…また悪いこと考えてるでしょ。」


「まぁね。敵さんに同情するレベルには。」


「……その辺は任せるわ。」


「あっそうそう、明日の訓練で幸くんに教えてもらいたいんだけど…いいかな?」


「アレって…?」


「アレだよアレ!」


「分からないわよ、それだけじゃ。」


「俺と君の仲だろぉ!?」


「私とアンタの仲だからよ。」


「ひでぇ!!」


「で? 結局何なのよ、アレって。」


「いやいや、これこれ。」


「……カンフー?」


「惜しいけど違う!!」


「何であんたとジェスチャーゲームしなきゃいけないのよ…」


「もっとよく見てよ! これだよ!!」


「……なるほどね。でも十日やそこらで使い物になるとは思えないわよ?」


「…可能性はあると思うよ。見たでしょ、今日の戦闘。」


「…確かに驚かされたわ。格闘…というより戦闘のセンスって感じかしら。」


「そうなんだよ。幸くん結構才能あると思うけどなぁ…」


「とりあえず基礎からね。呑み込みが悪かったら普通に空手を教えるわ。」


「頼んだわ。明日はちょっと報告やら会議やらで合流するの遅くなりそうなんだ。」


「…私は厳しいわよ?」


「うん、知ってる。だから弟子が…」


「玉を潰されたいのかしら。」


「いえ、何でもないっス。すんませんでした。」


「…この後はどうするつもり?」


「伯父さんに今日のこととりあえず報告してくるよ。動画もばっちり撮れたし。これでお偉いさんたちの重たい腰も上がるだろ。だからと言って好き勝手なことはさせないけど。」


「襲撃場所関連の情報は早めに共有しないとね。でも…襲撃場所が東京って、少し広い気もするわね。」


「そうなんだよ。相手が千人の兵士をどう配置してくるのか、ちゃんと考えておかないと。」


「普通に考えれば包囲する感じなのかしら。」


「それが妥当だろうね。まぁそれ以外もいくつか考えておくよ。備えあれば嬉しいな、ってやつだ。」


「…あんまりおもしろくないからやめた方がいいわよ、それ。」


「…自信作だったんだけどな。」


「それじゃあ私はこの辺で。あなたは警視庁行くんでしょ。」


「うん、それじゃまた。明日は頼んだよ。」


「…そういえばだけど場所は? あそこの道場はもう使えないでしょう。」


「あっそうか…それなら君のところは?」


「…どうせ空いてるからね。」


「根に持つなよ。有効活用しようぜ?」


「…いいわよ。使わせてあげる。ただ、私の家も兼ねてるから炎関連は室内では禁止ってことでもいいわね?」


「うん、俺から幸くんに連絡しておくよ。」


「頼んだわ、それじゃ。」


「じゃあね~」


 そこまで話した後、番と誠人は別れた。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 翌日、朝9時55分。

 幸は誠人から指定された場所に既に到着していた。


「ここって…」


 そこは中国武術の道場だった。

 住宅街の端にポツンと位置しているそれなりに大きめの道場で、周りの一軒家とは対照的な派手な看板がとても印象的だった。

 恐る恐る中をのぞいてみようと幸が思ったとき、ちょうど運動用の軽装に着替えた番が道場から出てきた。


「あら、もう着いていたの。入って。とりあえず今日やることを説明するわ。」


「はい、よろしくお願いします!」


「…道場だからってかしこまらなくていいわよ。肩の力抜いて。」


「はい…すみません…」


 番の後をついていって幸も道場へと入る。


 ここから、幸にとって一生忘れられない12日間の修行生活が始まる。



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