第23話 10月27日⑤ 立花幸 VS ロウ・アクト
(さっきは左手の攻撃に集中しすぎた。内部から解かすことが出来るんなら…)
幸は冷気によるダメージで痙攣する拳を強く握りしめ、先刻の攻撃時よりさらに火力を上げて炎を拳にまとわせた。
「確かに、現時点ではそれが最適解だろうな。」
その様子を見ながらロウはつぶやく。
「だが、果たしていつまで維持していられるかな?」
当然火力を上げれば消費する魔力も上がっていく。怒りによって魔力出力が著しく上昇していても、魔力の総量がそれに伴って増加しているとは限らない。
「…その前に倒す。」
時間との勝負でもあることを幸は確信していた。
「…まぁいい。お手並み拝見と行こうか。」
そう言ってロウは歩いて静かに近づいていく。
およそ3mほどまでロウが近づいてきたとき、幸は拳を振り上げて前方へ飛び出した。
「くらえ!!」
そう叫んで幸は大振りの拳をロウの胸のあたりへ突き出した。
…ように見えた。
「…?」
一瞬幸が何をしたのかがわからずロウは困惑した。
なんと幸は渾身の拳を思いっきり空振りしていたのだ。
(この男は…いったい何をしているんだ?)
ロウが躱したわけではない。ただ、幸のパンチを振り下ろすタイミングが明らかに早すぎた。まるで距離感を全くつかめていないかのように。
(なんと初歩的な…)
心底ロウはがっかりした。経験を工夫で補う幸の戦法を少なからず評価していたからだ。それでも経験不足はやはり戦闘においては致命的なのだと考えていた次の瞬間、
「なっ…!?」
ロウの眼前には炎をまとった幸の肘が迫って来ていた。またもや完全に意表を突かれたロウは対応できず、飛んでくる肘鉄を右頬に食らってしまった。
「ぐふっ…!」
「まだだ…!!」
ロウの視線が外れているうちに二度三度と幸の胴体にパンチを繰り出す。
だが、ロウもいつまでも殴らせているわけではなく、幸に向き直った後右手で幸を払おうとした。
幸はそれをかがんで避け、ロウの左腿部に蹴りを入れて再度距離をとった。
ロウは自分の身に何が起こったのかをやっと理解し、プッ、と血を吐き捨てて話し始めた。
「ふぅ…参ったな。これほどとは…」
「…少しは目が覚めたかよ。」
「あぁ、恥ずかしながら口内を切ってしまった。全く無様なものだ。」
自嘲気味に笑いながらロウは話し続ける。
「…炎の推進力を使ったのだろう?」
「……だったらなんだ。」
「そう邪険にするな。感心しているのだ。貴殿の戦闘の才に。」
「……………」
「最初の空振りの後、肘を向けたまま両手の炎で私の顔目がけて加速した…といったところだろう。さすがに左手にまで注意はしていなかった。見事と言わざるを得ない。」
「そりゃどうも。」
「……私は己が許せない。」
そこまで話したところで空気が変わった。
「これは…!」
最初は悪寒かと幸は思ったが、あたりに漂う冷気は明らかに雰囲気から醸し出されているものではなく、物理的に冷やされた紛れもない冷気であることに気づいた。
その元凶は言うまでもなく明白だった。
「侮り、おごり、挙句の果てには手傷まで負う始末。」
(くっ…こいつ…!)
話しながらあたりの冷気が段々と強くなっていっていることが感じ取れた。
「はぁ…はぁ…」
冷気によって幸の体温が急速に奪われていく。そして幸だけではなく、戦いを見ていた三人にも被害が及んでいた。
「ぐっ…なんだこれ…」
「いくらなんでも異常な冷気よ…ここにいたら危ないわ…」
「でも…幸くんが…!」
「あいつは殺すことが目的じゃないと言っていたでしょう。忘れたの?」
「あぁ…そういやそうだった…」
「幸くんは置いて行ってもおそらく殺されることはないわ。でも残念ながら私たちのことは考えてくれていないみたいね…」
すでにあたりの温度は氷点下を大きく下回っており、寒帯のような状態となっていた。
「…一旦離れるか。シーマさんは…まぁ大丈夫か。移動できるんだもんね。」
「さっさと行くわよ!」
二人は連れ合って道場の外へ避難した。シーマも幸のことが心配であったが、二人の会話を聞いて幸の心配は必要ないと判断し、二人についていく形で避難した。
「くっそがぁぁぁ!!!」
極度の低温空間にあらがうため、幸は全身から熱気を放出する。
先刻よりもさらに魔力の消費が激しく、体への負担も大きかったが、冷気によって体力が奪われ続けていく現状ではこうするほかなかった。
「あの人間たちは賢明だ。今の時点で逃げていなければ、皆もれなく死んでいただろう。」
「うおおおぉぉ!!」
ロウの言葉を聞くことなく、再び幸は突っ込んでいく。
しかし、すでに本気となっているロウにはどこにも隙が見つからない。
(どこか…どこかに…付け入るスキが…!)
そう思った幸は、ロウの正面から突っ込むように見せかけて今度は上方向に加速することで上方から攻撃を叩き込もうとした。
だが、ロウに近づくにつれて気温が大幅に下降し、間合いに入る前に冷気によって幸の動きは完全に止められてしまった。
「くっ…そ……」
「貴殿はよく戦った。この私に傷をつけたのだから。」
惜しみない称賛の言葉。それが本心から出てきていることはあきらかであり、その事実が幸自身にロウとの実力差をさらに思い知らせることとなった。
「ぐっ、あぁ……」
魔力の限界が来たことで両手の炎も消え、段々と体温が奪われていく。
手先や首元など、露出している部分から凍傷が起こり始めた。
「あっ…がっ…」
口内の水分が息を吸い込むたびに凝結するため、呼吸すればするほど体温が奪われていくという状況だった。
どうしようもなくなり、幸は床に倒れ伏す。
その様子を見てロウは冷気の放出を停止させた。
誰が見ても勝負の結果は明らかだった。
「少しばかり本気を出してしまった。貴殿への敬意として受け取ってくれ。」
「………………………」
その言葉は確かに幸に届いていた。だが、幸にはそれに反応する気力も体力も残っていなかった。今はただ、生き残るために酸素を取り込もうと必死に呼吸をするのが精いっぱいであった。
「さて、私はそろそろ戻るとするか。なかなか楽しかったぞ、立花幸。」
「………………………」
「もう聞こえてはいないか。11月8日を楽しみにしている。貴殿がどこまで強くなるのか…見せてもらいたいものだな。」
そう言い残してロウは服の中から光るキューブを取り出し、白い光に包まれてその場から消えていった。
朦朧とする意識の中で幸は遠くの方から誠人や番の叫んでいる声を聞いた。
しかし、それに応答することは出来ず、聞いて間もなく幸は意識を手放した。
これが幸にとって人生で初めての『完全敗北』であった。
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