第21話 10月27日③ 宣言
「安心しろ。今日はそのような用件で来たわけではない。」
身構えている四人に対して静かに男は言い放つ。
「はっ、今日は…ね。」
男の発言に対して即座に誠人は言い返す。その言動と身なりからして男がクリムゾンナイツに属することは明白だった。
誠人の発言ににやりと笑って返した後、男は話をつづけた。
「まずは名乗らせてもらおう。私は…おっと、こちらの言葉に合わせる必要があるんだったな。クリムゾンナイツの第3師団長を務めているロウ・アクトと申す。」
軽く自己紹介をしてロウは深々と礼をする。臨戦態勢に入っている幸、誠人、番が目の前にいるにもかかわらず、完全に三人から視線を外すというその行為は、温和な態度をとっている自分に問答無用で攻撃はしてこないだろうという三人に対する信頼からきたものか、もしくは攻撃されても関係ないという余裕からきたものか、不気味にほほ笑むロウからは読み取ることができなかった。
「……さっきシーマさんが言っていた九人の師団長の一人ってことか?」
情報の整理のために幸が質問する。
「その認識で間違いはない。まぁ…師団長というのもある種の飾りみたいなものだが…」
「…?」
普通なら幹部に位置するであろう師団長という役職ですら飾りと言い放つロウの言動がいまいち幸には理解できなかった。
「まぁいい。今回このような形で参上したのは謝罪と伝達のためだ。」
「…どういうことだ?」
「先刻まで貴殿らが話していた文書があっただろう。」
「あの『開始』って書いてあったやつか。」
「そうだ…それに関しては本当に申し訳ないことをした。そこまで難しい作業ではないからと確認を怠ってしまった。」
「確認?」
「あぁ。その文書を書いた奴が稀にみる阿呆でな。貴殿らの会合が開かれる日程や場所については間違っていなかったのだが、肝心の文書の内容を一部書き忘れるという失態を犯してくれた。」
「えぇ…」
こちらの世界の一般的な会社でも起こりそうな程度の低いミスであったため、それまで道場全体を包んでいた緊迫感が一気に緩んでしまった。
「本当に済まないことをしたと思っている。おかげで余計に貴殿らを惑わせてしまった。」
再びロウは深々と頭を下げる。その点をこれ以上突いても無意味だと考えたため、幸はもう一つの目的について質問した。
「それで…伝達って言うのは?」
「もちろんその欠けていた部分の伝達だ。主に場所についてだが…」
「ちょいまち!!」
ロウがそこまで話したところで、誠人が止めに入った。
「どうしたんですか? 誠人さん。」
「一旦動画撮らせてくれ。内容を記録しときたいんだ。」
「あ、あぁ…」
抜けた緊張感をさらに弛緩させる誠人の発言に幸は呆れや諦めのような感情が芽生える。
「構わないっすよね? ロウさん。」
「好きにするといい。もとより我々の方に非があるのだからな。」
「あ~よかったよかった。じゃあ撮っちゃいますね。番ももう構え解いときな。」
「……本当に大丈夫なの?」
「武力制圧する気ならとっくにしてるって話。ここまで長々と話すメリットはないと思うよ。」
「…………」
少し心配そうな顔をしつつも番は握っていた拳を解いた。
「そろそろいいか?」
「あーすみません。もう大丈夫ですよ~」
「そうか、それでは襲撃場所を伝えよう。最初の襲撃場所は…『トウキョウ』だ。」
「…!」
東京。国内の数々の重要機関が集中して位置する日本の中心地。ロウは間違いなくそこを襲撃すると宣言した。
「発音はあっているか? それなりに鍛錬はしたのだがそのあたりは難しくてな。」
「……………」
自分の発言の重要度がわかっていないともとれる、どうでもいい発言に心底幸は腹が立っていた。
人口は1000万人を優に超え、国全体の経済・政治の中心である東京が侵略されてしまった場合、日本という国の存続自体が危うくなることも十分に考えられる。
「…絶対にそんなことはさせない!」
「発音について聞いたのだがな。伝わっているのならば問題はないか。」
「……ッ!」
幸の渾身の意思表示を意にも介さないといった感じでロウは軽く流した。それが幸の怒りをさらに煽ることとなった。
(誠人さんはあぁ言ってたけど、こいつは…別に紳士的なわけじゃない。ただ、人の痛みに疎いだけなんだ…! だから平然とこんなことが言えるんだ…!!)
ロウの発言に悪意が含まれていないことは態度から容易に読み取れる。だが、むしろそこにこそ紛れもない純粋な『悪』があると幸は感じた。
怒りに震える幸に向かってロウは何かに気づいたような様子で告げる。
「ふむ…やはり感情の昂ぶりが出力にも関係するようだな。」
「なんだと…?」
「無意識なのか。お前の魔力出力は今この瞬間にも上昇しているぞ。おそらくは怒りによって。」
「あぁ…おかげさまで…」
「やはり特別なのだろうな。その炎以外でこんな現象は見たことがない。実に面白い。」
「なめやがって…」
現在進行形で成長している敵を目の前にして余裕そうに分析するロウが幸からはひどく傲慢に見えた。
「…待つんだ、幸くん。」
怒りで固く拳を握った幸を誠人は静止する。誠人は幸がロウに向かって攻撃を仕掛けることを危惧していた。
「誠人さん…」
「…大丈夫、僕たちも同じ気持ちだよ。でもこいつの手の内もわからない以上うかつに手を出しても勝ちの目は薄い。」
「………はい。」
「『こいつ』…か。貴殿は少しくらい礼儀をわきまえていると思ったのだが…残念ながら見当違いだったようだ。」
「侵略宣言してきた奴に払う礼儀なんて知らないんでね。」
「なるほど。理にはかなっているな。」
「…そういや、もう一つ気になったことがあったんで聞いてもいいかい、ロウさん。」
「なんだ?」
「さっき襲撃場所を言ったとき、確かに『最初の襲撃場所』って言ったよな?」
「あぁ、そのことか。」
ロウは誠人の質問の意図を理解し適切な返答をする。
「我々の目的は立花幸だ。」
「…なんだって?」
「詳しく話すことは禁じられているが…この程度なら問題はなさそうだな。」
「俺が…目的…?」
「そうだ。我々は貴殿を追って襲撃を行う。そのため今回は立花幸が滞在するトウキョウに襲撃場所を設定した。」
「なんで…そんなの他の人には関係ないだろ! 俺だけ狙えばいいじゃないか!!」
「これ以上は話せない。だが一つだけ言っておこう。もし犠牲者を出したくないというのであれば逃げないことだ。もしも逃げれば…まぁわかっているか。」
「なっ…!」
狙いは自分であるにもかかわらず、周りを巻き込む形でしか自分を襲ってこない敵の軍団。今までとは比べ物にならないほどの理不尽が幸を取り囲み、蝕み続けることとなるだろう。
怒りで打ち震えながらより一層幸は固く拳を握り締める。
その様子を見たロウはぽつりとつぶやく。
「…やはり、これも
「…何の話だ。」
「いやいやこちらの話だ。それにしても貴殿の魔力上昇は目を見張るものがある。どうだ、一つ手合わせをしてみないか?」
「…は?」
予想だにしない提案に一瞬幸の頭が真っ白になる。
「ちょっとした余興のようなものだ。私も戦いの中で生きてきた戦士だからな。貴殿ほどの怒りや魔力の昂ぶりを見せられると体がうずいて仕方ないのだ。」
「戦闘狂め…!」
「おや、それは貴殿も似たような部分があるのではないかな?」
「俺は戦いを好きなんてならない!!」
「どうかな。戦いに身を投じていれば、どんな者も血の温度を忘れていくものだ。いずれ貴殿もわかる時が来るだろう。」
「黙れ!!」
幸はそう叫び両手から勢いよく炎を発現させた。炎は幸の憤怒によって猛々しく燃え上がっており、ストラへのとどめの一撃の時と同じかそれ以上にまで火力が上昇していた。
「幸くん!!」
誠人はその様子を見てまずいと思い、必死に叫んで幸を止めようとする。
「止めるな。面白いではないか。怒りによってどこまで火力が上がるのか。せいぜい楽しませてほしいものだ。」
さらにロウは火勢を煽っていく。幸自身にも誠人の叫び声は届いていなかった。
「ふぅー…」
体内に異常なまでにため込まれた熱を感じた幸は即座に口から排熱する。そうでもしないと怒りで気が狂ってしまいそうだった。
「いい…いいぞ。存分にかかってこい。安心しろ、殺しても構わん。全力で来い。」
「なめるな!!」
轟音とともに床板が砕けるほど強く踏み込んで幸は一直線にロウへと突っ込んでいった。
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