第20話 10月27日② 邂逅

「んぎ…!」


「…オッケー、そのくらいで大丈夫よ。ありがとう。」


「はぁ…はぁ…」


「お疲れ様、それじゃあ今までの測定結果を数値でまとめて…と。」


 幸は一通りの筋力測定を終えた。特に最後の背筋測定は今までの人生でやった経験がなかったため、測定後は想像以上に疲労を感じた。


「ざっとこんな感じね。」


 そう言って番は測定結果を記入したパソコンの画面を幸に見せる。


「左の欄は二十から二十五歳までの男性の平均、真ん中の欄はその中の最大値、右の欄が君の測定結果ね。」


「……やっぱり、平均はともかく最大値を超えている種目が大半ですね。」


「うん…ちなみにこの最大値っていうのはほとんどオリンピックのアスリートたちの記録だから、あなたもしっかり訓練すれば金メダルの一つや二つ、簡単に取れるでしょうね。改めて驚異的だわ…」


「ははは…」


 自分の化け物っぷりに幸は引いていた。


「でもさー、ちょっと不思議だよな。」


 まじまじと測定結果を見て誠人が話し始める。


「この結果を見るとさ、確かにものすごい記録なんだけど…なんというか、超常的とまでは言えないような気もするんだよね。」


「そうね…実際、握力やハンドボール投げの記録は最大値を下回っているし。」


「シーマさんの話ではおそらく敵勢力に対抗できるのは幸くんだけ、という話だったよね?」


「はい、そう話していたと思います。」


「でもオリンピックのアスリートだって銃で撃たれれば無事じゃすまないし、当たり所が悪ければ死んでしまう。もしかすると現代兵器も敵に通用する可能性があるんじゃないかな。」


「ありえなくはないわね。シーマさんとやらの見立てが甘かった可能性も大いにあるし。なんにせよ、少し希望は見えてきたわね。」


「そうだな。あっ! そういや幸くん、今日ってシーマさんは?」


「来るって言ってたんですが…今のところ見えないです…」


「あれま、どうしたんだろ。」


 確かに昨日、ホテルに帰った際にそういった旨の話をしたはずだ。


 一応シーマはプライバシーの重要性を理解(し過ぎているきらいはあるが)しており、基本的にずっと幸の傍にいることはない。そのため会議の時や今日のようなどこかで集合する形の時は瞬間移動の力を使っている。


 朝の時にホテルでは姿を見ていなかったため、すでに警察学校に移動しているものだと幸は勝手に思い込んでいた。


「時間の指定がなかったのでもう少ししたら来るかもしれないです。」


「あー…それはすまないことをしたな。走りで来させちゃったからね…」


 そんな話をしているといきなり幸の後ろから"バシュンッ!"という音が聞こえた。幸には聞き馴染みのある、シーマの瞬間移動の際にいつも聞く音だった。振り向くとそこには少し泣きそうな顔になっているシーマが立っていた。


「シーマさん!?」


「ごめんなさい…私…私…」


「おっ! ついにご到着かな?」


「えーっと…なぜかすでに泣きそうになってます…」


「えぇ!?」


 訳が分からずシーマに落ち着いて話すよう幸は促す。


「シーマさん。何があったんですか…?」


「あの…その…私、この場所に来ることは出来ていたのですが…どの建物かわからず…」


「あっ…」


 昨晩、幸は疲れもあったためどこに集合するのかだけを伝えてそのまま眠りについてしまった。その際どの建物に集合するかまで言っていなかったためシーマはずっと迷子のような状態で幸を探し回っていた。探し始めたすぐ後に校門に幸が到着していたことにも気づかずに。


「ご、ごめんなさい! ここだって言うのをすっかり忘れてました…」


「い、いえ…大丈夫です。」


 シーマは恐怖というよりは幸が道すがら敵に襲われてしまったのではないか、もしくは幸に裏切られたのではないか、などの不安を強く感じていた。そのため、やっと幸を武道場で見つけた時には張り詰めた不安が一気に弛緩し、その安堵から涙がこぼれそうになっていた。


 幸はその後(誠人と番に女子の扱い方について弄られつつ)シーマに平謝りし、なんとかシーマは平静を取り戻していた。


「さてと、役者もそろったことだしそろそろ本格的に作戦会議を始めようか!」


「最初は何から始めるの? がむしゃらにやってても効率が悪いだけよ。」


「わかってるって。とりあえずシーマさんから敵の詳細を聞きたいかな。幸くん、今シーマさんってしゃべれる状態?」


 うなずくシーマを見て幸は返答する。


「はい。大丈夫みたいです。」


「おっけ。じゃあまず初めに敵勢力、えーと…クリムゾンナイツっていうのはどのくらいの規模の集団なのかな?」


「……!!」


 シーマから敵の数を知らされた瞬間、幸は絶句した。


「……ざっと、千人弱はいるそうです。」


「…マジですか。」


 千人、数だけ聞けばそこまで多いとは感じないかもしれない。

 だが、魔力の心得がある幸やストラのような異世界の戦士が千人も来るとなれば、ストラ一人でも家の倒壊が起こせるレベルだったことを加味すると未曾有の大きさの被害が発生するだろうということは容易に想像できる。


「…その規模なら確かにすぐさま警告しようとするのもうなずけるわ。」


 続けてシーマは敵の情報を三人に伝える。


「あと…相手の騎士団はそれぞれ九つの師団に分かれてて、えーと…それらの長である師団長と団全体を取りまとめる騎士団長がいるようです。そのほかは…普通の兵士みたいですね。」


「今の幸くんはそのなかのどのあたりの強さになるのかな?」


「……強さ、という言葉では…定義できない?」


 シーマの言っている意味が分からず、幸はつい反射的に聞き返す。


「シーマさんがそう言ってるの?」


「はい…それってどういう意味なんですか? シーマさ……!!」


 幸がそう質問しようとするとシーマの口はまたもや真一文字に閉ざされた。


「何? どうかした?」


「…これ以上、この話題は話せないみたいです。」


「前から言ってた口封じってやつか。くそっ、一番重要なとこで…!」


 一瞬誠人は苛立ちを見せたが、落ち着いて深呼吸し怒りを帯びながらも再び冷静さを取り戻した。


「…まぁいろいろ情報は得られたね。二つ目の事件のストラとかいう男がどのくらいの位置づけになるのかは聞いておきたかったな。」


「シーマさん的には今回の敵の方がはるかに脅威だって言ってたので少なくとも師団長とか騎士団長より強いってことはないと思います。」


「昨日誠人から大雑把に事件のことについては聞いたんだけど、そのストラって男と幸くんはほぼ互角と考えていいのかしら?」


「…結果的には僕が勝ちましたが、普通に戦ったら10回に7回以上は負けていると思います。」


「そうなると、仮定ではあるけど幸くんより強い敵が少なくとも10人はいることになるね。」


「厳しいわね…。一斉に襲い掛かられたら正直勝ちの目はないと思った方がいいわ。」


「そうなると方針はばらけさせて一人ずつ処理する、って感じかな。出来るかどうかは別として。」


「…そういえばもう一つシーマさんに聞きたいのだけれど、人間の兵器はどの程度敵に通用するのかしら?」


 その質問を聞いてシーマは幸に伝える。


「…敵の鎧で銃火器のほとんどは防がれると考えたほうがいいそうです。生身でもあまり大きなダメージは期待できない…ですか。」


のね。ありがとう。それならいろいろと対策も練れそうだわ。」


「?」


 かなり絶望的な情報だと幸は話していて思っていたが、それとは対照的に番は勝ち筋を見出しているようだった。

 それを見て怪訝そうにしていた幸に笑いながら誠人は話しかける。


「ふっふっふ、この手のことは『』に任せちゃいな。」


「…プ、プロ?」


「ま、あんまり誇れるもんでもないけどね。」


「まさか今になって役に立つとは思わなかったわ。」


「……そうだね。」


 おそらく二人とも過去に戦闘や殺し合いなどの暗い経験をしてきたのだろう。

 憂いをまとった二人の瞳を見てそれ以上の詮索をしないように幸は押し黙った。


「それ以外にシーマさんから聞けた敵さんの情報ってあるかな?」


 一段落した後に改めて誠人は幸へ質問した。

 幸はシーマの方を向いてみるがシーマも首を横に振るだけだった。口止めの関係上これ以上踏み込んだ情報は提供できないと判断したらしい。


「これ以上は特にないそうです。」


「うーん…それじゃあさ、魔力のことについてはどう?」


「えっと…」


 魔力のことについてはシーマから怪獣と戦った日の翌日、みっちりと教えてもらった。幸は必死にそのときの会話をを思い出していた。何か攻略の糸口になるものはないか、一つ一つシーマとの会話を脳内で再生していく。

 そのとき、ふとシーマが気になることを言っていたを幸は思い出した。


「再現…」


「再現?」


「いえ…そういえばなんですが、シーマさんと二回目にあった時僕の力とかについていろいろと話してもらってたんですけど、その時にあっちの世界から来たものは魔力以外こっちの世界のもので再現されるって言ってたような…」


「マジ!?」


「えっ…言ってましたよね?」


 シーマに確認をとるとまた静かにシーマはうなずいた。その様子を伝えると誠人の表情が先ほどよりも明るくなった


「それが本当なら…いけるかもしれない…!」


「えっ? どういうことですか?」


 幸の疑問にすぐさま番が答える。


「再現の情報が本当なら敵の武具や敵自身の組成も魔力以外は私たちの知っている物質で構成されることになるでしょ?」


「……あっ!!」


「そう、相手はただの人や金属になるだろうってこと。そうなってしまえば物資も人員も多い私たちの方が断然有利になるわ。シーマさんの兵器が通じないっていうのも魔力込みでの予想じゃないかしら。」


 幸が確認のためシーマの方を向くとシーマは大きくうなずいていた。

 その様子を二人に伝えると二人の予想は確信に変わっていった。


「まったくさー! そういうのは早く言っておくれよ幸くん! もったいぶってる場合じゃないんだぜ?」


「ハハ…」


 初めてその情報を聞いたとき、幸は自分だけで戦う想定だったため、再現の法則についてはそういうものなのかという認識しかしていなかった。

 だが、普通の人間が戦う上ではこれ以上ないほどに有益な情報だったということにいまさらながら気づき、自分の愚かさに苦笑いしてごまかすしかなかった。


「なんにせよ、そうなったら方針は変更よ。」


「ガン守りの持久戦ってわけだ。まぁそれも楽じゃないけど。」


「…そういえばだけど、敵はどこに攻めてくるの?」


「…………幸くん、何か聞いてる?」


「いえ、特には…」


 いかに有効な作戦をたてられたとしても敵の狙いがどこにあるのかを見極めなければ意味がない。ましてや襲撃場所のわからない状態では手の打ちようがない。


「うーん…文書の方にも日付と『開始』っていう文字しかなかったからなぁ…」


「不確定要素が多すぎるわね。」


「そうなんだよねぇ……」


「いやはや、これはすまないことをした。」


「ん? すまないこ…!?」


 四人は異変に気付く。急に会話に混ざってきた聞きなれない男の声。その声は幸の背後から聞こえてきていた。

 慌てて幸が振り返るとそこには紅蓮の鎧をまとった大柄の男が立っていた。

 瞬時に幸はの人間だということを理解し、誠人が立っているあたりまで下がって男から距離を取った。番と誠人は臨戦態勢に入り、片時も目を離さぬように男を注視した。

 場にとてつもない緊張感が走る中、「ふぅ」と一呼吸おいてゆったりと鎧の男は話し始める。





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