第14話 ヒーロー誕生

「父さん……!」


 父が息絶えた後もしばらく幸は動けずにいた。ストラとの激戦による疲労もあったが、何より父を失ったことによる精神的なダメージが大きかった。

 呆然としていると瓦礫の方から呻き声が聞こえた。


「……!!」


 幸の母はまだ瓦礫の山の上で倒れたままだった。先刻の遺言を思い出し、父の遺体をその場に丁寧に寝かせ、母の救助に向かった。幸い、流血はしているがそこまで激しいものではなく、命に別状はないようだった。


 母も瓦礫の山から降ろしたところでサイレンが聞こえた。

 家の倒壊に気づいた近隣の住民が消防と警察にすでに連絡を入れていたのだ。


「今回は、もうごまかしようがないな。」


 シーマを起こせば転移して逃げることは簡単にできるだろう。だが、自分の正体を隠すために両親を置いていくことは幸には出来なかった。


 段々とサイレンが近づいてくる。近隣の住宅からは倒壊した家を見ようとする住民たちの姿がうかがえた。


「父さん……俺、もう逃げないから……」


 正体を明かすことは己の人生を犠牲にする決断とも言える。

 もういつもの生活に戻ることは出来なくなる。実験や戦いのみに一生を費やすことになるかもしれない。それでも幸は、父の言葉を受け止め、力あるものの責任を果たすためにこの道を選んだ。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 ストラの襲撃から二日が経過した。


 幸の母は多少の骨折などはあったものの、致命傷になるような傷はなく、無事治療を受けて入院している。


 シーマは事件の当日、幸が母親を救急車に受け渡している際には既に意識を取り戻していたが、幸自身の一人になりたいという希望によりその後幸に同行はしなかった。


 現在、幸は警察に事情徴収を受けていた。初めて入った取調室は幸が思っている以上に狭く、そんな場所に幸と2人の刑事らしき男たちが入っていたためより一層窮屈に感じた。窮屈に感じたのは雰囲気の問題かもしれないが。


「家の倒壊は君が起こしたものではないと?」


「はい。」


「でもねぇ、実際そんなことができるような人は……」


 幸は一連の騒動の重要参考人となっていた。

 身体能力については昨日実演を交えて説明したところ、警察官たちはひどく驚いている様子だったが、何とか納得してもらった。

 しかしながら、家の倒壊が消えた男によって行われたという証言を信じる者はほとんどいなかった。そうなると当然、超人的な力を持つ幸に疑いの目が向くこととなる


「いやぁ、君は協力的だし、あんまり疑いたくはないんだけどこんな状況だとね……」


「…………」


 父殺しの犯人として扱われることには多少苛立ちがあったが、疑われていることについては想定の範疇だったため、特に幸は驚かなかった。。

 それよりもどうやって疑いを解いてもらうかについて思考を巡らせていた。


「うーん、何か証拠があればよかったんだけどなぁ……」


 取り調べをしているこの警察官もどちらかと言えば幸の主張を支持する派閥であったが、決定的な証拠が出ないためどちらにも振り切れないという様子だった。


「男の目撃証言とかはなかったんですか?」


「それがはっきりしないんだよね。あたりはすっかり暗かったし、ほとんどの人は家が倒壊する音を聞いて騒動に気づいたみたいだし。」


「そうですか……」


「でも、その男が消えたとするとやっぱり……」


「?」


 取り調べをしている刑事は時折ブツブツとよくわからないことをつぶやいていた。何か思い当たる節があるような、そんな様子だった。

 先ほどまで質問していた男と別の男が話し始める。


「まぁこの子は本気になればここを抜け出すくらい余裕でしょう。」


「……確かにね。」


 警戒のため、幸の取り調べ中は取調室の中だけでなく外にも何人か警官が配置されているが、幸の身体能力を知っている警察官たちはそんな警備は無意味であることを重々理解していた。


「一緒に見てたじゃないですか。車を楽々持ち上げるところ。」


「あぁ、あれは正直ビビったな。」


「…………」


 手っ取り早く力を証明するためとはいえ、少々やり過ぎたと内心思っている幸だった。


 そんな談笑を挟みながら取り調べは続けられたが、新事実のようなものは特に見つからず、結局二時間ほどたったところで事情徴収は終わった。


「今日はありがとう。何か思い出したこととかがあったらまた教えてください。」


「はい。それで、やっぱり今日も帰れないんですか?」


「……うん。事情が事情だからね。申し訳ないけど。」


 重要参考人であり、異常に高い身体能力を持っている幸は当然ながら警察の監視下に置かれて生活することになっていた。昨日は身体能力の説明と入院する母親の見舞いのために外に出ることを許可されたが、基本的には警察署内で過ごすことを強いられていた。


(結局……あれからシーマさんとは会えてない。それにもしほかの場所で敵が現れたら……)


 自分が目の当たりにした惨劇をまたほかの人間にも味わわせてしまうのか、そう考えるだけでも背筋が凍る。


(やっと覚悟が決まったのに……!)


 心も体も準備は整っている。だがストラが遺した見えない枷が幸を縛っていた。

 そんな状況を非常にもどかしく感じていた。

 とにかく現状を打破できる何かが欲しかった。


 取り調べを受け、重要参考人から晴れて容疑者となった幸はそんなことを考えながら警官に連れられ、留置所へ戻ろうとしていた。

 取調室のある廊下を抜けた時、前方にいた男に


「ちょっとすみません。」


 と呼び止められ、警官と幸は止まった。続けて男は話し始める。


「その子が立花幸くん……ですね?」


「はい。もしかしてあなたは……」


「昨夜連絡をもらった警視庁の大里です。早速ですみませんが、手続きが終わったので移動の準備をお願いしてもよろしいでしょうか。」


「了解しました。」


「…………?」


 突然のことに幸の頭はついていけなかった。文脈からすると移動するのは自分らしいことは把握できたが、いまいち現状が呑み込めない。

 思い切って幸は大里と名乗った男に説明を求める。


「あの……」


「ん? どうしたのかな?」


「僕はどこへ連れていかれるんでしょうか……?」


「……あれ? ほかの人たちから何も聞かされてない?」


「はい。特に思い当たることは……」


「すみません。報告が昨晩のことだったもので伝えきれていなかったようです。」


「なるほど。あぁごめんね。少し心配にさせちゃったかもしれないな。」


 大里という男は30代前半くらいで少し強面な風貌だったが、物腰や口調の端々に思いやりや優しさのようなものが感じられた。

 "移動"という単語だけ聞かされ、どこかの研究機関にでも移送されるのではないか、と戦々恐々としていた幸だったが、大里との会話でほんの少しだけ恐怖が和らいでいた。


「結論から言うと、立花くんはこれから東京、細かく言うと警視庁に移動してもらうことになってる。」


「……それは何でですか?」


 警視庁と聞き、再び幸は身構える。


「君に関連する事件の管轄がこっちになったんだ。3日前の怪獣騒動も今回の事件の報告を聞いて君が関連している可能性が高い、という結論になってね。」


「なんでそんなことまで……」


「手がかりはSNSにあげられた動画にあったよ。どうにも出来が良すぎると感じていたし、実際に建物は壊されてた。炎をまとった男の子なんていう少年漫画でしか見たことないようなものを、血眼になってまで探す羽目になるとは思わなかったけど。」


「それは……すみません。」


「いやいや、別にいいんだよ。君のおかげで助かりました、っていう証言もあったし。それに今回の二つの事件はいずれも超常的と言わざるを得ない未曾有のものだったから、念のためってことで警視庁が担当することになったんだ。」


 確かに怪獣が暴れまわったり、一軒家が丸ごと引き寄せられて倒壊するなど今までの常識では絶対にありえない事件である。加えてその2つの事件は連日、立て続けに起こっているため、そこに関連性を見出すのはあまり難しくはなかった。

 なにも判明していない状況からここまでたどり着く警察の手の早さには幸も舌を巻いた。


「それじゃあ、私は正面玄関で待ってますんで。一通り準備が終わったら連れてきてください。」


「了解しました。」


「あ、あの!」


「うん?」


 唯一まだ不安な部分があり、幸はつい大里に質問を投げかけてしまう。


「僕は今のところ、どんな扱いになるんですか……?」


「……やっぱり気にするよね。大丈夫、心配しなくていいよ。少なくとも現時点では、君が元凶であるという結論を下してはいない。」


「そう、ですか。」


「気落ちしないでいいよ。"現時点では"ってつけたのは保険みたいなものだ。おそらく君が疑われる、ということはないだろう。」


「……なんでそう言えるんですか?」


 再び幸は疑問に思う。自分が疑われたいというわけではないが、現時点で犯行が可能な身体能力を唯一持つ幸を疑わない理由が思いつかなかった。


「いや…れは、だって……証拠があるからね。」


「えっ?」


「さっき言ったSNSの動画だよ。投稿者に連絡を取って既に映像を証拠として手に入れてる。加工していないことも確認済み。これで十分だと思うけど……」


 至極単純な理由でむしろ幸は肩透かしを食らった気分になった。

 だが確かに論理的でけちのつけようがない。


「確かに静岡の方の事件は証明が難しいけど、動機とかの側面を考えると君が犯行をすることは考えにくい。君がやったという証拠もないからね。おそらくは大丈夫だと思うよ。」


 それを聞いて今までの緊張が一気にほぐれた幸は、肩の力が抜け、つきものが取れたような顔つきになっていった。


「……すみません。ありがとうございます。」


「礼はいいよ。君にはこれからいっぱい働いてもらうことになるかもしれないし。」


「はい……! 覚悟はできてます。」


「……うん、いい顔つきになったね。それじゃあ、またあとで。」


 そう言って大里はその場を後にした。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 留置所についた幸は荷造りを始めた。


 その途中、先刻の大里との会話を思い出していた。


 幸は力を持たない人々を救うために戦う決心をしたが、結局のところ怪獣の事件では力を持たない誰かが動画を撮っていてくれたからこそ、幸の無実を証明することにつながった。


(俺の方が助けられちゃったな……)


 そう思って自嘲気味に笑いながら、幸は身支度を整えて正面玄関に向かった。





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