第13話 当たり前で、有り難いもの

 腹部を貫かれるという、映画や漫画などのフィクションでしか見たことがないような構図。


 幸には目の前の光景が現実だという実感がどうしても持つことが出来ず、『これはすべて悪い夢で、目が覚めれば忘れるような他愛もない妄想の世界なんだ』と現実から逃避しようとした。


「ぐっ……おぉぉぉぉ!!!」


「こいつ、まだ……!」


 だが、血を吐きながら突き刺さったストラの腕を押さえつけている父の叫び声で幸の思考は現実へと引き戻される。


(何やってんだ、父さんは……まだ戦ってるんだぞ!!)


 止めかけていた足を再び動かす。

 文字通り死に物狂いでストラを止めている父のために全速力で幸は走る。


「なんとしつこい種族だ……!」


「ぐっ、ゴホッ……」


 父は一際大量の血反吐を吐いた。その惨状を見れば今の状態がそう長くは続かないことは目に見えていた。他でもないストラがそれを一番確信していた。


「まぁただの人間にしてはよくやった。だが無駄だ。"転移石"さえあれば逃げることはそう難しくは無い。母親は惜しいが一時撤退としよう……」


 そう言いながらストラは懐に手を入れる。そうはさせまいと父は抵抗するが、もうほとんど体に力が入っておらず、ストラ自身は意にも介していないといった様子だった。


「がはっ……」


「想像を絶する痛みだろう。本当によくやった。さらばだ…………!?」


 突然ストラの動きが止まる。これ以上ないほどにストラは目を開け広げて驚いていた。だが、ストラには何かしらの心あたりがあるようだった。


「なっ...まさかっ!」


「喰らいやがれぇぇぇっ!!」


 謎の現象にストラが戸惑っているうちに幸は目前まで迫っていた。依然として体の硬直が解けないストラは必死に幸を止めようとする。


「まっ、待てっ……!」


 だがその言葉はもう幸には届いていなかった。父を失った悲しみとその元凶に対する怒りによってその拳は今までとは桁違いの業火を纏ってストラの胸を貫いた。

 肉を貫き、骨を砕いた感触が幸の手に伝わる。今まで体験したことのない不快感あふれる感触だったが、不思議と幸には全く抵抗がなかった。


「がはっ……」


 多量の吐血。幸の父と同様、致命傷であることは明白だった。体の力が急速に抜けていくストラに対し、幸は


「死んで詫びろ……!」


 と言い放つ。しかしストラは幸の存在を忘れたかのように夜空を仰ぎ、虚ろな目で


「これが……あなたの、答えなのですね……」


 とだけ言い残してストラは息絶え、やがて怪獣と同じように消滅した。最後の言葉は少し意味ありげに聞こえたが、幸にはそれを考えている暇はなかった。


「父さん!」


 幸は炎を収め、力なく横たわった父を抱き寄せる。出血によって異常なほどに軽くなっている父の肉体が幸の悲しみをさらに煽る。


「幸……」


「ごめん……!」


 傷口からの多量の出血、死相の浮かぶ顔。誰がどう見ても手遅れだと分かる状態。二人ともここが"最後"であることを理解していた。幸は慰めや励ましより先にまずはとにかく父の言葉を聞こうと押し黙った。


「体が……勝手に動いちまうっていうのは、よく言ったもんだなぁ……」


「………………」


「母さんもきっとそうしてたさ……家族っていうのはそういうもんだ……」


「………………」


「ゴホッ……色々聞きたいことはあったが……どうも無理そうだな……」


「本当に……ごめんなさい……!」


「いいんだ……でも……これだけは言わせてくれ……」


「……うん。」


「今回の事の……全部が全部……お前のせいってわけじゃないんだろうが……もしまたああいう奴らが来たら……お前みたいに……力のある人間が立ち向かわなきゃいけなくなっちまう……」


「………………」


 聞くことに徹している幸の意図を読み取り、精一杯の笑顔で父は続ける。


「お前は強くなった……少なくとも体の方はな。」


「……うん。」


「だから……出来るだけ多くの人を助けろ……手の……届く限り……これは……力を持つお前にしか……出来ないことだ...」


「うん…………!」


「大いなる力には……ってやつだ。一緒に見た……よな……」


「……懐かしいね。」


 子供のころに父と見たヒーロー映画の有名なセリフ。

 映画自体が傑作だったこともあり、幸は鮮明に覚えていた。

 瞬間、幸の脳裏には父との幸せな日々が走馬灯のように蘇る。運動音痴だった自分に自転車の乗り方を教えてくれたこと。休日に近所の公園でやったキャッチボールのこと。忙しくても体育祭には必ずきて、何枚も何枚も写真を撮ってくれたこと。父が勧めてくれた往年の名作映画を家で一緒に見漁ったこと。幼いころから今に至るまで、幸のことを見守り、支え続け、育ててくれた。


「泣くな……」


「…………」


 当たり前のようでかけがえのない幸せだった今までの日々に対する愁い、自分が力を得たばかりに巻き込んでしまった罪悪感、この状況を楽しんでいるであろう黒幕への怒り、様々な感情が入り乱れ、涙となって流れ出る。


「もういいんだ……でも母さんは……俺みたいに死なすんじゃねぇぞ……」


「……絶対に、死んでも守るよ!」


「ハッ……それじゃあ意味ねぇだろうが……」


 幸が父を見るとすでにどこか遠くを見ているような目で虚ろな顔をしていた。


「そろそろ……だな。それじゃあ、頼んだぞ……母さんには……謝っといてくれ……いろいろ……迷惑かけたからな……それと………い……ま……ま……で………あ……」


 そこまで言い残して幸の父は目を閉じた。

 少しずつ腕の中で失われていく父の温もりが幸の心に死の感触を深く刻みつけた。




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