第11話 口は災いの元

「あの子、笑ってる……」


「手の炎も、もう何が何やら……」


 玄関先から二人の先頭を見て幸の両親は困惑していた。格闘技経験もさせたこともない息子が笑いながら相手を攻撃しており、加えて手からは炎も出ている。当然困惑せざるを得なかった。


「ここにいたら危なそうだ。ひとまず幸に任せて俺たちは中に居よう。」


「そ、そうね……」


 そう言って幸の両親は家の中へ戻っていく。シーマは出来る限り二人に事情を説明したかったが、この世界の人間は幸以外シーマを認識出来ないため語ろうにも語れなかった。


(あぁ、私は……私は何てことを……)


 自分が敗北すれば多くの犠牲が生まれてしまうかもしれないという重圧、それを一介の大学生に背負わせてしまったことがどれほどの人を不幸にするのかを両親の心配そうな顔を見て改めてシーマは実感する。だが残酷なことに今のシーマにはただ傍観することしか出来ない。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ぐっ……!」


 先刻与えた傷が非常に効いており、ダメージを受けている今の幸でも肉弾戦は何とかついていくことができた。


 だが、


「クソっ、またこれかよ……!」


 ストラが持つ謎の能力によって苦戦させられていた。


 ストラの攻撃を受ける度に攻撃を受けた箇所に周辺のブロック塀のコンクリートや屋根の瓦が時間差で飛んできて追加で打撃を加えられる。勢いがついているとはいえ、飛んでくるもの自体に魔力が込められているわけではないため、それ自体は大したダメージでは無いが姿勢やテンポを崩されることでストラに優位な形で戦闘を進めさせられていた。


「私の力を見せてやる、って言った割にはしょぼい能力じゃんか。」


「調節が難しいのだ。まぁ、そのしょぼい能力に翻弄されているのがお前の現状な訳だが。」


「……言ってくれるわ。」


 精一杯余裕そうに振る舞うが、実の所幸にはほとんど体力が残っていなかった。


(こいつの能力がどんなものかは大体分かってる。でも、攻略出来なければ意味が無い……!)


 単純なフィジカルでストラより勝っていれば、幸には十分に勝機はあっただろう。しかしストラに傷を負わせて相当に弱体化させた今でも殴り合いは互角である。加えて相手の油断を突く奇策も今のストラには通用しそうにない。


(いよいよヤバいな……)


 何か手立ては無いかと間合いを取りながら思考を巡らせる。


(……! そういえば……)


 ここで幸は今までの戦闘やストラの言動からある推測を立てる。


(もしかすると……)


 その推測が正しいものか、確かめるためにもう一度ストラへ向かっていく。


「愚かだな。何度やっても同じだと分からないのか!」


 再び2人は肉弾戦を始める。だが幸はそれなりに攻撃を仕掛けるものの、今回はあえて攻撃を受けることを意識した。


「動きが鈍くなっているぞ!」


 ストラは隙を見逃さず的確に攻撃を入れてくる。肩への掌底や脇腹への蹴り、多様な攻撃で幸を追い詰める。能力による追撃もあって、相当数の攻撃を幸は受けてしまう。だがこれこそが幸の狙いだった。


「……あんた、本当に慣れてないんだな。」


「?」


 今の攻防によって幸は必要な情報を全て得ていた。再びストラに向かって突っ込んでいく。


「何度やっても同じだ!!」


 ストラは向かってくる幸の顔に向かって拳を叩き込もうとする。だがそれを見た幸は体を引いて攻撃をかわしつつもすかさず飛び蹴りを当て、その勢いで再び後ろへ下がった。


「……!?」


 次に瞬間、ストラは困惑した。それもそのはず、なぜか幸は後退した直後に上空に向かって高く飛び上がっていたのだ。


(上から仕掛けるつもりか? だがむしろ好都合……!)


 自由落下をするため、空中ではタイミングをずらすフェイントのような動作はできない。加えて踏み込んで間を詰めるようなことも出来ないため、完全にストラの間合いで攻撃を仕掛けることが出来る。


 ストラはそれを瞬時に理解し、数歩引いて助走のための距離をとる。


(着地の瞬間が好機、全力の一撃で沈める!)


 拳に魔力をめぐらせ、着地の瞬間に合わせてストラは走り始める。


「これで終わりだッ!!」


 そう言ってストラが拳を繰り出そうとした瞬間、幸は片足を折りたたんだ。その直後「トン」という軽い音が聞こえたかと思うとストラの視界から幸が消えた。


(なっ!? 一体どこへ……)


 想定外の状況を目の前にして、ストラの思考はひどく混乱した。頭で分かっていようとも体を止めることは出来ず、ストラの拳は空を切る。


 幸がどこへ消えたのか、その答えは衝撃とともにやってきた。後頭部から鈍い音が聞こえたと思った次の瞬間、ストラの頭はアスファルトへと叩きつけられていた。


「がはっ……!」


 完全な意識外からの攻撃。また、後頭部への一撃だったためストラは軽い脳震盪も起こしていた。


「一体、なんっ……」


 どういうカラクリで幸が消えたのか。その答えはストラの目の前の割れた瓦が示していた。


「まさか、俺の拳をっ……蹴りで受けたのはっ……」


「足裏に追撃させるため。あんたの力を利用させてもらった。」


「押し上げさせたというのか……! こんな……瓦一枚でっ!」


「勢い自体はついてたからな。大体の威力は食らっていたから知ってたし、足場には十分だったよ。」


 足裏への追撃によってはじめて可能となる一時的な二段跳躍。そこからの踵落としを初見で防ぐことはいかに戦闘の心得があるストラであっても困難だった。


「ぐっ……一体なぜ、ここまで……」


「『なんでここまで上手く利用できたか』、かな? あんたさ、正直過ぎたんだよ。」


「なに……?」


「『力の調節が難しい』って言ってただろ。あれは出力だけじゃなくて発動までの時間とか条件とかの調節も含んでの発言だったって、ボコボコにされている時に気づいたんだ。」


「………………」


 黙ったところを見るとストラはどうやら図星のようだった。


「あんたが追撃出来たのは拳で殴った箇所だけだった。しかも飛んでくるコンクリとか瓦の速度はほぼ一定。それが変えられるのかどうか分からなかったけど、あんたの発言で慣れとか加減の問題なんだって気づいた。大方、こっちの世界に来て能力の勝手が変わったか俺を殺せない理由があるか、もしくはそのどっちもだろ。」


「……随分と……察しがいいな……」


「最初から俺のことは管理するって言ってたしな。あんたの敗因を挙げるなら喋り過ぎ、だな。(俺の勝因は"ただただ運がよかったこと"だけど。)」


 実際、今回の作戦が上手くいったことは運の要素も大きかった。

 重力加速度の計算を空気抵抗の概念も取り入れて計算するためにはそれなりの時間を要する。ましてや戦闘中に計算しながら戦うなど人間業ではない。細かな計算は省き、幸の体感でジャンプしたところ、運よく絶妙なタイミングで瓦が飛んできたにすぎない。もちろん多少タイミングがずれたとしてもフェイントとしては十分に効果を発揮できるため、無謀な作戦というわけではなかったが。


「敗因、か……」


「?」


 ストラは不敵な笑みを浮かべる。それを見て幸の心にはわずかな不安が芽生える。


「いい加減に認めろよ。これで終わりだ。」


「確かに……私がお前に武力で敗北したことは想定外だった。しかし……私の目的は交渉を成立させること……」


「だから、それが出来なかったんだろうが!」


「置き土産に教えてやる……私の力は……『引き寄せる』力だ……」


「今更何を……」


「私が触れた部分か私の手に……ものを引き寄せることが出来る。無生物なら……」


 その時幸は軽い揺れのようなものを感じた。最初は地震かと思ったがどうやら違う。背後から「ゴゴゴ……」という音と共に地響きが来ていた。


「家……?」


 どうやら幸の実家の辺りから揺れが来ているようだった。


「おい! お前、何をしたんだ!」


「お前は十分強い……もう加減はいらないだろう……」


 揺れが更に強くなる。


「まさか……!」


「我々は生き残るだろうが……はたしてあの人間たちに耐えられるかな……?」


 そう言ったところで揺れが一層強くなる。再び背後を見るとアスファルトと周りの家のブロック塀を削りながら2人に向かって幸の家が突進してきていた。


「クソったれが!!!」


「最後の悪あがきというやつだ……!」


 木造二階建て、およそ30トンの砲弾を今の幸に受け止めることは出来ず、轟音とともに2人は家に飲み込まれてしまった。




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