第10話 地獄のスペアリブ戦法
男が完全に起き上がる前に追撃しようと幸は全速力で男に向かっていく。
パンチの射程距離内に入り、幸が拳を振り上げた瞬間、目の前から男は消えた。惜しくも幸の拳は空を掻いた。
「改めて聞くが……」
「!」
いつの間にか、男は幸の背後へ移動していた。
「交渉は決裂、ということでいいのだな?」
「当たり前だ!」
「お前の両親が死ぬことになろうとも、か?」
「殺させねぇよ……!」
それを聞き、少し間を空けて男は再び話し始める。
「最初の一撃は見事だった。不意をつかれた。やはり人間の体というのは不便だな。鳩尾を突かれた程度で動くことが困難になってしまう。」
男はそう話しながら拳を何度も握りなおしたり、手足を動かしてみたりと何かを確認するようなしぐさをしていた。
「……その割にはピンピンしてんじゃねぇか。」
「魔力による身体能力の向上を知らないわけではあるまい。当然回復力も向上している。」
それは"力の蕾"と同化した際、みるみるうちに体の痛みが引いていった経験から幸も理解していた。
「……最初のパンチは効いてたのにか?」
「魔力は体内で活発化させる事で初めて効果を発揮するからな。我ながら不用心であったと反省している。」
「それで"不意をつかれた"、か。なるほどな。」
利用できるものは利用する。幸はつい先日まで戦ったことすらないただの人間だったため、当然魔力の知識などあるはずもない。敵であってもとにかく話すことで情報は引き出せるだけ引き出そうと幸は考えていた。
「だがやはり惜しい。」
「?」
「その炎を得ようともこれしきの力しか出せないとは。まだまだ時間がかかりそうだ。」
「なんだと?」
「猫に小判、豚に真珠……この国には良い言葉があるな。今のお前にピッタリだ。」
「てめぇ……!」
「"井の中の蛙大海を知らず"も足しておこう。お前は力の差も分からずにただ愚直に突っ込むことしか出来ない。実に滑稽だ。」
分かりやすい挑発。だが親の命がかかっているこの場面で冷静でいることは幸には困難だった。
「消し炭にしてやる……!!」
怒りに任せ、拳に炎を纏わせて男へ突っ込む。
「フッ、怖い言葉を使うのだな。」
ただの直線的な攻撃が当たるほどその男は鈍くない。
余裕そうに躱してまたもや幸の背後へ移動する。
「闘争本能の顕在化……やはり間違いないようだ。」
「ゴチャゴチャと……!」
その後も攻撃を続けるが、一向に当たる気配がない。
「くっそ、なんで!」
「戦うことに抵抗は無くなっているな。」
「おかげさまでな……!」
「だが経験がない。戦う意思に体がついてきていない。型もない、複雑さもない、ただ振り回すだけの拳に私を捉えられると思うか?」
(それなら……!)
付け焼き刃ではあるが、拳にフェイントを織りまぜてみる。
「食らえっ……!」
「そんな鈍い拳が当たると思って……」
(かかった!)
すると男の見切りが早すぎたこともあり、フェイントで拳を引いたことで男の回避先にパンチを入れる余裕が生まれた。すかさず拳を叩き込もうとするが、これでも男に紙一重で躱されてしまう。
「くっそ……もう少しだったのに!」
だが先刻までの戦いで唯一光明が見えた一撃だった。事実、男も少し動揺している様子だった。
「これ以上は危険か……」
「?」
男はボソッと呟くと今までとは一転して幸に向かって攻撃を仕掛けてきた。幸の拳よりも遥かに速くキレがあり、初撃の顔への肘鉄はなんとか防げたものの、その防御で動作がワンテンポ遅れ逆側の脇腹への蹴りをまともに食らってしまう。
「がはっ……ぐっ……」
あばらに重く響く蹴り。すでに息をすることも困難になっており、視界もぐらついていた。それでも男の攻撃は止まらない。顔に右フックを入れられ、幸の意識が遠のき倒れそうになったところをすかさず肩を掴んで無理矢理立たせ、二度三度と鳩尾に蹴りを入れる。
「うっ……」
怒りによって幸の体内の魔力は活性化していたが、魔力のコントロールも拙い今の状況で全身全霊の拳を何度も振るっていたことで魔力の総量自体が少なくなっていた。そのため、ほとんど万全な男のスピードについていけず滅多打ちにされてしまった。
(何か付け入るスキは……!)
防御に集中しながら幸はひたすらに自分の勝ち筋を探っていた。だがいつまでも耐えることは出来ず、やがて力尽き道路に倒れこんでしまった。
「こんなものか。やはり能力を使うまでもなかったな。」
倒れ伏した幸に男は言い放つ。
「今からでも考え直す気は無いか?」
「………………」
幸からの返答は無い。
「……我々からすればたかが人間二人を殺すことに特に意味は無いのだ。だがここまでやっても"開花"しないのなら、遠慮なく殺させてもらう。」
「………………」
依然幸からの反応は無かった。
「仕方がないな。不本意ではあるが……」
そう言いながら倒れた幸を通り過ぎて幸の両親のもとへ向かおうとする。
そのとき、突然男の足が止まった。男が自分で止めたわけではない。足元に目をやると両手でがっしりと幸が男の右足をとらえていた。
「待ってたぞ……!」
「こいつ……! ぐあぁっ!!」
男が気づいた次の瞬間にはすでに足が焼かれていた。
「くそっ、離せっ……!」
男はもう一方の足で踏みつけようとするが、幸が軸足を引っ張ったことでバランスを崩し、倒れてしまう。
「これしか思いつかなかったんでね!」
幸の自宅、倒れた幸、そして襲撃者の男がこの順で並んだことで初めて成立した不意打ち。幸は攻撃を受けつつもこの一撃のため密かに誘導していた。
「機動力さえ奪えば……俺にも勝機はあるよな!」
そう言いながら更に火力を上げる。発火させるためにはそれなりの魔力が必要となるが、炎を手にまとわせるだけで十分に威力を発揮するこの状況では魔力の総量が少なくなった幸でも確実に男にダメージを負わせることができた。
「があぁぁぁ!!!」
ゼロ距離からの炎による加熱は如何に魔力の心得がある男と言えど完全に防ぎ切る事は出来なかった。
「いい加減に……しろっ!!」
男もさすがにいつまでもやられるばかりではなく、手で振り払って何とか炎の拘束から逃れた。
「ぐっ……」
「ハハッ! こんがり焼けちまったな!!」
足首を焼いた効果は絶大で、その傷の痛みは男の機動力と体力を着実に奪っていた。
あたりには肉の焦げたむせかえるような匂いが充満していた。
「お前のことを、少々……侮っていたようだ。」
「それは光栄だね。まだボコボコにされた借りを返しきれて無いから、もう何回か苦しんでもらうけどね……!」
「なかなか気分がよさそうに見えるな。こういう状態を"ハイになる"とでも言うのか?」
「ハハッ……そうかもな!」
「やはり、駆り立てるか……」
男は身構える。その目は真っ直ぐ幸を捉え、その面持ちには一片の侮りも感じられなかった。
「健闘に敬意を表して名をお教えしよう。我が名はストラ。一人の戦士として正々堂々お前を叩き潰す。」
「……こっからが本番ってことかな。」
「そういう事だ。」
幸は間合いを詰めようとするが、隙がなく近づこうにも近づけない。それを見て余裕の表情でストラは話し始める。
「もう手加減はなしだ。見せてやろう。私の能力を……!」
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