第8話 遠のく影と迫る影

 昼下がり、怪獣の一件で買い出しが出来なかったこともあり、幸はスーパーへ出かけた。自転車も怪獣に吹っ飛ばされた際に壊れてしまったため、歩きで行かざるを得なかった。


「うーん、やっぱ酷いな。」


 行く途中にやはり気になって幸は現場付近まで立ち寄っていた。破壊されたビルや剥がれたアスファルトが嫌でも目に付き、路地の辺りでは捜査官が必死になって怪獣の正体に繋がる証拠を探している様子がうかがえた。幸は自分の痕跡が残っていないかと心配になったが、さすがに怪獣自体が消えている上に唯一証拠になりそうな壊れた自転車も自宅に運んでいたため、おそらく大丈夫だろうと思い直した。


(むしろこうやって近くをうろついてる方が危ないかもな)


 幸はその場を後にし、スーパーへと向かった。

 その後、幸が買い物を終えてアパートへ帰ると、時計は15時21分を指していた。外出回数を減らすためにいつもより重くなったエコバッグをリビングに置き、買った商品の整理をする。要冷蔵のものを冷蔵庫に詰め込み終わった辺りでチャイムが鳴った。


「ん? なんか配達あったっけ?」


 不審に思い、覗き穴を見てみるとそこには昨晩出会った銀髪蒼眼の女性が立っていた。


「シーマさん!」


 慌てて幸はドアを開ける。勢いが良かったためシーマは少し驚いている様子だった。


「お久しぶり、では無いですよね。」


「本当にすぐ戻ってきましたね。」


「……はい。すぐ済む用事だったので。」


 少し物憂げにシーマは言った。幸も気にはなったが今は聞かないでおいた。


「そういえば、なんでここが分かったんですか?」


「基本的に私たちはこの世界の全ての場所を見ることが出来ますので。」


「わ〜」


 改めて幸はシーマが神(誇張無し)なんだろうなと思い知らされる。


「転移する場所も指定出来るのでこの扉の前に転移させていただきました。玄関も通らずに部屋の中へ入るのは無礼、だと思ったので。」


「やっぱり礼儀正しい方なんですね。出来る限り丁寧語で話そうとしてましたし。(間違ってはいたけど。)」


「いえ、そんな事はありませんよ。ただ嫌われるのが怖いだけです。」


 またもシーマの表情が曇る。何か少し話題を変えようと思い、幸は


「とりあえず、中に入りませんか?」


 と提案する。シーマも何か腰を据えて話したかったことがあるらしく、


「では、お言葉に甘えて。」


 と言って、2人は部屋の中へ入っていった。


 幸は整理整頓が得意な方だったため、あまり部屋は散らかっておらず二人分座るスペースは簡単に確保できた。


 2人は部屋の真ん中の低いテーブルの両側にそれぞれ腰かけ話を始めた。


「まず1つ、私は幸さんに謝らなければいけません。」


「どういうことですか?」


「昨晩私はあなたに戦ってもらわねばならない理由を話すとお約束しました。」


「はい。」


「申し訳ありませんがその話は出来なくなりました。」


「えぇ!?」


「……すみません。おそらく話そうとした段階で昨日能力の説明が出来なかったように、私の口が閉ざされてしまうと思います。」


「筆談とかはダメなんですか?」


「多分無理だと思います。私の体自体に制限がかけられているようなので……」


「そんな……」


 また訳も分からず怪獣たちと戦わねばならないのかと幸は落胆した。


(せめて、納得のいく理由が欲しかったな……)


 理由がわからずとも戦うことは出来るだろう。だが問題は精神の疲弊だ。何のためかも分からない怪獣討伐のために幸は人生を犠牲にすることになるかもしれない。そんな状態でモチベーションを保つことは不可能に近い。幸は何とか情報を得ようと質問する。


「なぜ、僕に伝えることが出来ないんですか。」


「私にはその権利がないからです。」


「権利? シーマさんより上の存在に止められてるってことですか?」


 シーマは無言で頷く。


(これには答えられるのか。そいつは一体何がしたいんだ?)


 悩んでいる幸を見て再びシーマは口を開く。


「……あまり深く考えるべきではないかもしれません。」


「!?」


 シーマの言葉に怒りにも似た感情が幸の中に芽生える。


「お、俺死ぬかもしれない思いで戦ったんですよ!? その理由を考えるなって……」


「ごめんなさい、そういう意味で言ったのではありません。ただ、その……私を制限している者、すなわちあなたに戦いを強いている者には特に深い意図は無いだろう、ということです。」


「特に深い意味もないのにこんなことをさせてるんですか?」


「……おそらくはあなたの姿を見て楽しんでいるだけだと思われます。」


「そんな……」


「そう……理不尽で、悪辣な者なのです。」


 シーマもその者に対して強い嫌悪感を抱いていることを幸は感じていた。


「どうすれば俺たちは解放されますか。」


「分かりません。解放する気があるのかどうかも。」


「……………」


 まとわりつくような深い絶望感が二人の間に漂う。

 人間の上位存在であるはずのシーマでさえ抗えない存在。雰囲気も気分も落ち込むばかりだった。これ以上の情報は望めないと思い、幸はシーマへ現状どうするべきかの相談を持ちかける。


「一応今のところは誰にも話さずに怪獣が出たら処理するという方式にしようと思ってます。」


「賢明です。あれらには特に破壊衝動がある訳では無いので放っておけば甚大な被害が出るということは無いでしょう。ただ、闘争本能には満ちているため一度攻撃を与えて敵だと認識されると周りの状況に関係なく襲ってきますのでご注意ください。」


「……やっぱり一人で戦った方が良さそうですね。」


「はい。加えて警察や自衛隊などが先に現場に到着し、攻撃を開始してしまうと相当数の被害者が出てしまうと思われるので最初に現場へ到着することが肝要です。」


「うーん、でも何処に出るか分からないんじゃ……」


「SNSやニュースを使いましょう。場所さえ分かれば私の力でその付近まであなたを連れていくことが出来ます。」


「へぇ〜、でもそんな回りくどいことしなくてもこの世界ならどの場所も見ることが出来るんじゃないんですか? その力で見つければ……」


「それはこの世界の外側、つまりは私の世界でしか使えない力なんです。内側にいる時には全体を見ることは出来ません。」


「なるほど。一旦外に行って見てから帰ってくるっていうのは……」


「二つの世界の行き来はせめて日を跨がないと私の体力に限界が来てしまうのです。我々の力と言えどやはり限度は存在します。」


「……そううまくはいかないもんですね。」


「災害時の情報伝播速度はSNSの普及によって飛躍的に上昇しました。SNSによる情報収集をきちんとしていれば、被害が大きくなる前に襲撃を食い止めることは十分可能だと思いますのでそこまで心配しすぎなくてもいいと思います。」


「了解です。まめに確認するようにします。」


「あぁ、それと……」


 なにかに気づいたようにシーマは付け加える。


「先程、敵に破壊衝動がなく攻撃したものに対してだけ襲いかかると言いましたよね?」


「はい。そうですけど……」


「例外もあります。もしも何者かから命令を受けていた場合は定かではありません。」


「命令?」


「薄々気づいていると思いますが、私たちの世界にも上下関係があります。そして今最も権力を持っ……」


「……シーマさん?」


 そこまで言った所で再びシーマの口は真一文字に結ばれてしまった。必死に話そうとしているが口は全く開かない。


「無理しなくていいですよ! 話さなくて大丈夫ですから!」


 そう言うとシーマの口の拘束が解けた。


「うっ……」


 やはり慣れないようでシーマの息は荒くなっていた。

 少し咳き込んでいたシーマに水を飲ませ、落ち着いたところでまた話に戻る。


「何となく分かりました。要するに決めつけてかからない方がいい、ということですよね?」


「はい、どんな命令を受けているかは判別出来ませんので……」


(……結局後手に回るしかないか。)


 もし被害が出るような命令を受けた怪獣があらわれたとしてもそれを見越して対策出来ないことを幸はもどかしく感じた。だがシーマと相談したことによりひとまず対策案が立てられたため、その分少し心が軽くなったように感じた。


「とりあえず現状やるべき事は整理出来ましたね。」


「あ、言い忘れていたんですが……」


 おもむろにシーマが口を開く。


「今日からここに住まわせて貰うことは出来ますか?」


「え、えぇ!?」


「その、一緒にいないといざと言う時に出動出来ないので……」


「な、なるほど……」


「嫌なら私は野宿でも大丈夫ですよ?」


「いやいやいやいやいや! それはさせられないですから! というか全然嫌じゃないので大丈夫ですよ!」


 立花幸は女性と付き合った経験がなかった。そのため、初めての同棲(と似て非なるもの)に戸惑いを隠せなかった。


「神の体なら水や食べ物は必要ないんですが...その点でもご迷惑をかけてしまいそうですね……」


「それって?」


「えっと……実は私たちの世界の事物がこの世界に転移した際には、世界を超えて干渉しつつ、同時に存在を維持するためにこの世界の適切な物質で組成が置き換えられるのです。」


「えーっと……」


「難しかったですかね。簡単に言えば我々の世界の物質が転移すると人間世界の物質によって再現されるという感じです。」


「へぇ〜なるほど(よく分からんけど)。ということはシーマさんは……」


「ほとんど人間と同じ構造になっています。ただ1つ、魔力を除いては。」


「魔力?」


 小説や漫画の中では何度も見聞きしたことがあり、幸には何となく意味が分かっていたが、現実の会話ではまず出てこない単語であったため、やはり聞き返してしまった。


「幸さんも炎を使えましたよね。あの炎は体の内部の魔力によって発現したんです。」


「力を使うために必要なエネルギー、みたいなものですか?」


「そうとってもらって結構です。」


「でもなんで俺に魔力が……」


「力の蕾です。あれによって体内に魔力を生成する器官が作られたのです。無理矢理だったので少し痛かったと思いますが。」


「あ〜そういう事だったんですね。でもなんで魔力だけはそのままなんでしょう?」


「魔力は私たちの世界のみに存在している訳ではなく、もっと上位の次元、ことわりに属する物だからではないかと考えられています。」


「なるほど。(よく分からんけど。)」


 その後、魔力は一度使うと時間をかけて回復させなければいけないことや、力の使い方をシーマから教えてもらうことで幸は自分の能力についてより深く理解することが出来た。時計を見ると午後六時半になっており、そろそろ夕食の支度をしようかと幸が考えていたとき、


「そういえばSNSは確認しましたか?」


 と言われ、はっとして携帯を覗いた。怪獣、ビル倒壊、災害など思い当たるあらゆるワードを検索してみたが特にそれらしい情報は見つからなかった。幸がほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間、今度は電話がかかってきた。今朝と同じ番号。どうやらまた母親からの電話のようだった。


(なんか言い忘れたことでもあったのかな?)


 幸は怪訝に思うもひとまず幸は電話に出る。


「もしもし?」


「もしもし、幸?」


「うん、そうだけど?」


「今家の前にね黒ずくめの男の人がいるんだけど、その人が幸を呼べってうるさいのよ。あんたもしかして闇金とかに手出したんじゃないでしょうね?」


「いやいやしてないって。でも俺を呼んでるってのは……」


 嫌な予感がした。怪獣の襲撃の翌日というタイミングで来る正体不明の男。どう考えても関わるべきでは無いと感じた。


「母さん、いいよ。追い返そうそいつ。セールスの一種かもしれないし。」


「ほう、本当にいいのか? それで。」


「!?」


 電話口からは母とは似ても似つかない、ドスの効いた低い男の声がした。何が起こったのかが理解出来ず幸の心は一気に不安と焦燥に包まれる。


「誰だよお前……!」


「誰でもいいだろう、今のところは。安心しろ、貴様の母親は"まだ"生きている。携帯電話を少々拝借しただけだ。」


 電話口の向こうで返してと騒ぐ母の声が辛うじて聞こえる。


(こいつ、一体何をした……?)


「そこにシーマもいるのだろう?」


「!!」


 幸は確信した。電話口のこの男は"あっち側"の人間なのだと。


「急いで来た方がいい。後悔したくないのならな。」


 そう言い残して電話が切られる。


「シーマさん!! 俺の実家分かります!?」


「はい、事前に見ておいたので……」


「今すぐ飛んでください! 黒ずくめの変な男が来てます!!」


 尋常ではない表情で焦っている幸を見て、すぐさまシーマは転移の力を発動させる。


(間に合ってくれ……!)


 日が完全に沈み、美しい秋月が夜空に浮かぶ頃。

 遠く静岡の地で悲劇の幕が上がろうとしていた。




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