第6話 発現③
(どうする!?)
背後には嘔吐する中年男性、前方には迫り来る怪獣。既に怪獣は腕を振りかぶっている。もしもここで攻撃を躱せば背後の男性は確実に死ぬだろう。
「クソッ……!」
迷わず幸は前方へ走り出していた。勝てる自信があった訳では無い。ただ自分の目の前で人に死んで欲しくはない、という多くの人間が持つ当たり前とも言える善性が強く働いた結果、幸の体を前方へ走らせるに至った。
単純なパワーでは到底敵わない。だが止めるためには正面から怪獣の太い腕を受ける必要がある。幸は全身に力を込めて重々しい怪獣の右腕に突っ込んだ。
「ぎっ……!」
肉と肉がぶつかり合う鈍い音が辺りに響く。
歯を食いしばり、何とか食い止めてはいるもののジリジリと徐々に後ろへ押される。加えて幸から見て斜め上方向からの攻撃だったことで、下への圧力が上乗せされ、油断すればすぐに潰されてしまう状況だった。
体中に激痛が走り、背骨の軋む音が聞こえ、いよいよ死を覚悟する。
(マジか、俺ゲロ吐いてるおっさん守って死ぬのか……!)
そう思った次の瞬間、異変に気づく。
音が聞こえた。"ジュウゥゥゥ…"という、何かが焼けるような音が。
「ギィアアアァァァッ!!!」
次の瞬間、何故か怪獣は手を引いた。怪獣の引いた拳を見てみると暗がりで分かりにくかったが確かに煙が出ていた。
「何だ……?」
どうやら怪獣は火傷をしたようだった。
「!」
幸は気づく。思い当たる節が一つだけある。熱、体の火照り、自分では気づかないうちにそれほどの温度に達していたのだろうか。幸が両の手のひらを見てみるとそこには疑いようのない答えがあった。
「は!?」
幸の両手は発火していた。一瞬目を疑ったが確かに手から炎が出ていた。
「まさか、これ……?」
そこでやっと自分の能力に気づく。
(火……! 火だ! 俺がもらった力はこれだったんだ!)
そして当然の疑問を抱く。
(……でも、何で今?)
そう、発動条件である。たまたま力を発現させただけでは使いこなすことは出来ない。幸はゆっくりと考える時間が欲しかった。
だがそれを許すほど怪獣も愚かでは無く、すぐさま有無を言わせず二撃目を叩き込む。発動条件について考えていたため虚をつかれた幸はほぼ反射的にそのパンチを打ち返す。すると、
「!?」
謎の女性に飛ばされて咄嗟に打った最初の一撃、その時に比べて怪獣の重量が乗っていて、飛ばされたことによる勢いがないにも関わらず、その時と同じかもしくはそれ以上に怪獣の拳は弾かれた。
(しかもこれ……!)
先程は手のひらからしか発火していなかったはずだが、パンチを打ち返した瞬間には拳全体から火が出ていた。
「やけどの追加ダメージってことか...!」
形勢は明らかに逆転していた。幸がどの部分を打とうとも力の発現によるパワーの向上と発火による火傷により怪獣はみるみるうちに疲弊していった。
(熱……やっぱりそうだ!)
発火したい部分に熱を集めるという発動条件も戦ううちに理解し、その感覚を掴んで加速度的に使いこなしていった。それも不自然なほどスムーズに。
「それなら、こういうことも出来るよな……!!」
幸は怪獣のパンチを避けて飛び上がったと思うと、怪獣の顔面に向けて炎をまとった飛び膝蹴りを食らわせた。
「ギィィィィ……」
「まだまだ!」
続けて顎を殴って意識を混濁させ、そのうちに両足をとにかく攻撃し続けた。度重なるダメージによって立つことすら出来なくなった怪獣はその場にうつ伏せに倒れ込んだ。最後に後頭部に渾身のかかと落としを食らわせたところ、少しうめき声を発したのちに怪獣は動かなくなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お疲れ様でした。」
「まぁ疲れたどころではないんですが……」
またもや言葉のチョイスを間違えたかと女性は俯く。戦いを終えて数分後、怪獣の死骸の横で幸と女性は再会した。
幸はずっと溜まっていた一言を女性にぶつける。
「……1個だけ言わせて貰ってもいいですか。」
「はい、構いません。」
「なんかその……色々と見立てが甘くないですか?」
「ど、どの部分が甘かったですか?」
女性の方は特に思い当たる節がなかったらしい。
「いや、ほんとに色々あるんですけど……まず実力差半端なかったですよ! 普通に死にかけましたからね!?」
「すみません。ですが、あなたの力があればあの程度の敵なら死ぬことはないと思ったのです。」
(あの程度、ですか……)
続けて幸は質問する。
「ということは、やっぱりあれより上の奴がいるんですか……?」
「はい。というよりほとんどの敵はあれより強いと考えてください。」
「……もしかしてですけどまたあんな感じで敵が攻めてきたりします?」
「はい。おそらく不定期に……」
「うへぇ……」
やっと一難去ったところだったが、それを聞いたことで幸はどっと疲労感を感じた。
「その、さっき言ってた俺が戦う理由にも関わってきます?」
女性は無言で頷く。
「長くはなりますがお話させていただきます。何故こんなことになったのかを……」
「い、今は勘弁してください! もうほんとにへとへとなんで!」
「そうですか。それならまた会う時に。」
たしかに気になる部分ではあったが、さすがに死闘を終えた今の状態で長話を聞く気にはなれなかった。
ふと耳を澄ますと遠くからサイレンの音が聞こえてきていた。おそらく消防か警察あたりのものだろう。
「今の戦いのことって警察とかに話しておいた方がいいですか?」
「良いですが……おすすめはできません。おそらく与太話と処分されるだけだと思います。」
「でも現に怪獣が……」
「よく見てください。」
女性は怪獣の死骸を指さす。改めて見てみると怪獣の体が段々と透けていっていることがわかった。
「あれらはすべて神の世界の生物です。そのため、死ねばその肉体は神の世界へ送られます。」
そういうものだろうか、と幸は疑問に思ったが考えることも面倒くさかったため、現に消えている以上そういうものなのだと結論付けた。
「放火犯と間違えられたら嫌なんで俺もとりあえず家に帰ります。あなたは?」
「私はシーマと申します。」
「「…………………」」
一瞬二人の間に沈黙が流れる。
「……ごめんなさい。名前じゃなくてこれからどうするのかを聞いたんですが……」
それを聞いてシーマはまた赤面する。
「ごめんなさい。そうですよね、文脈の概念を忘れてましたね。」
(早口になってる、可愛い。)
怪獣を倒した後ということもあり、幸にはそんなくだらないことを考える余裕も出来ていた。
「私は一度私の世界へ戻ります。一旦役目は終えたので。」
「役目っていうのは?」
「あなたに力の蕾を渡すことです。」
「あぁなるほど。」
「とはいえすぐに戻ってくるとは思います。また役を付けられると思いますので……」
そういったシーマは少し憂鬱そうな面持ちだった。
「それじゃあ次に会った時にキチンと説明お願いしますよ。シーマさん。」
「はい、私たちにはあなたを巻き込んだ責任もありますので。」
(私たち……か。)
「それではさようなら、えー……」
「幸です。立花幸。」
「すみません、ありがとうございます。それではさようなら、立花幸さん。」
別れを告げると、次の瞬間シーマは跡形もなく消えた。相変わらず理解は追いつかなかったが、先刻の発言通り神の世界とやらに帰ったのだろうと幸はそれ以上深く考えないことにした。サイレンの音が近づいてきたため、幸もその場を後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「がぁー!! つっかれたーー!!!!」
家に帰るやいなや幸はベッドに倒れ込む。
(腹減った。でも飯作る気力起きねぇ……)
その晩、夕食はレトルトカレーにした。食べなれた、しかもお世辞にも美味とはいいがたい量産的なレトルトカレーだったが極度に疲弊している今の幸には五臓六腑に染み渡るほどの上等な食事に思えた。空腹を満たし、今日あったことを幸は振り返った。
(夕方まではいつも通りの毎日だったのに...ほんとすっごいことに巻き込まれちゃったな……)
全身の痛みと所々破けた服が戦いの凄絶さを物語る。
(辛かった。死ぬかとも思った。でも……)
「すごい楽しかった……」
超人的な身体能力、超常的な発火能力、漫画や映画のヒーローのような力の数々に少なからず幸は興奮していた。
(普通に生きてたら一生かけても得られないような力。シーマさんの話が確かなら使う機会も沢山ある。戦いたいわけじゃないけど、そっちの方が今までの人生よりずっと生きがいを感じる気もする……)
そんなことを考えながらやがて幸は泥のように眠った。
"ヒーローになりたい"
幼い頃には多くの人が掲げていたであろう夢。
自分の限界を知る内に口にさえ出せなくなっていく夢。
この物語は、その夢に憧れるばかりだった青年が苦痛と困難を経て、真のヒーローへと成長していく物語である。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
読んでいただきありがとうございました!!
もし少しでも面白いと思っていただけたら応援や星、フォローをしていただけると大変励みになります!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます