第5話 発現②
「うぉっ!!」
飛んでくる瓦礫や怪獣の拳を避けながら幸は怪獣の隙を伺っていた。身体能力の向上が全身に及んでいたこともあり、避けることに集中することで幸は何とか戦えていた。
だが、幸は焦っていた。
(このままだとこの辺一帯更地にされる……!)
怪獣にはもう初撃の縛りは効いておらず、活発に動いていることもあり周辺の建物に被害が及んでいた。
倒すことを優先しようと間合いを詰めて拳を叩き込むも、怪獣の胴体はビクともしない。怪獣も鬱陶しそうに振り払いはするもののあまり効いている様子には見えない。
「痛って……」
むしろ幸の拳が叩き込んだ分だけダメージを受けるという状況だった。
(普通のパンチじゃ決定打にはならない。やっぱり何かしらの能力が必要なのか?)
それに加えて幸にはもうひとつ危惧している事があった。
(体がアホみたいに熱い……)
異常な体の熱さ。動く度に鼓動が速くなっていくような感覚。不思議と汗も出ず、秋の寒風でさえその熱を冷ますことは出来なかった。
(やっぱりこれをどうにかしないといけないのか?)
熱中症時、もしくはそれ以上の体温にも関わらず頭は冴え、体は軽い。
「悪い気分じゃないけど気味が悪いな……」
怪獣は建物を壊すことには特段興味が無いらしく、幸がインファイトに切り替えると幸に集中して攻撃を仕掛けるようになった。被害の拡大を防ぐという観点から見ればその判断はおおむね正しかったと言える。しかし、
「ぐっ……!!」
代償に避けることは数倍難しくなる。怪物の右フックが幸に直撃し、近くの居酒屋まで吹っ飛ばされた。身体能力が向上しているとはいえ、明らかに幸の体力は削られていた。
自分の何倍も大きい怪物からの打撃。食らった瞬間に幸は骨がきしむようなという活字でしか見たことのない感覚がどのようなものか身をもって思い知らされた。
「ジリ貧だよ、こんなの……」
呟きながらふと周りを見渡すとまだ避難できていない酔っぱらいの中年が飛んで来た幸を怪訝な様子で見ていた。
「オイ坊主、何やってんだおめぇ?」
「なっ……なんでまだこんなとこに人が!?」
怪獣の発生からもう数分は経過している。この居酒屋にも建物が破壊される音は届いていたはずだ。現にこの1人の酔っぱらいを除いて他の客は料理も食べかけのまま姿を消している。
「おじさん! あれ見える!?」
「んぉ〜なんかの撮影か~?」
(呑み過ぎだクソッ!!)
眼前に怪獣が迫っていても中年の酔いは全く覚めていなかった。
「一旦逃げるぞおっさん!」
「まだ卵焼き残って……」
「良いから来いって!!」
相当に酔いが深い。歩いて避難させるのは無理だと判断し、幸は背負って中年を運ぼうとする。だがその隙を怪獣は見逃さず、居酒屋から二人が出るやいなやすぐさま攻撃を仕掛けてくる。かろうじて幸は躱すことが出来た。
(こいつ、馬鹿じゃない。ちゃんと隙をついてくるし、視認して確実に攻撃を当てに来る!)
中年を背負っている今の状態がチャンスだと判断した怪獣は2度、3度と攻撃を続ける。幸は必死に躱しているが、男性がいることで動きが制限され段々と追い詰められていく。
「おぉ〜空飛んでらぁ」
「ちょっと黙ってて!」
現場の緊迫感と対照的に呑気でいる男性に対し、段々と幸の苛立ちが蓄積していく。だが、その苛立ちも吹っ飛ぶほどの衝撃的な発言が男性から飛び出す。
「なんかよぉ……いっぱい揺らされちまってよぉ……」
「は!? 今度は何!?」
「ちょ〜っと、うぷっ……気持ち悪いっていうかぁ……」
(おいまさか……)
上下左右、二人の命のために必死に飛び回って幸は攻撃を躱していた。そのツケが思わぬ形で払われることになってしまった。
「ちょっ、ちょっと待って! もうほんの少しでいいから!!」
「いやぁ〜こりゃ、やっ……べぇわ……ウッ……」
「マジで頼むって!! 後でならいくらでも吐いていいから!!」
もう幸の言葉は男性に届いていなかった。極度の酔いと吐き気によるグロッキー状態。無情にも男性の胃袋は既に限界だった。
もしも歴戦の勇士ならば優先順位を間違えることなく、その背に吐瀉物を受けることを選択しただろう。だが、覚悟と意志を持っているとはいえ幸はつい先日までただの冴えない大学生だった。根源的不快感が沸き上がるその選択肢を選ぶことは到底出来るはずもない。
とにかく吐瀉物を避けたい一心で全力で地面を蹴り怪獣から距離を置いたところで男性を地面に下ろす。
「おっ……オロロロロロロロ!!!!」
男性はそんな苦労もいざ知らず、思うがままに胃の内容物を無駄に勢いよく地面へぶち撒ける。
この絶好の機会を怪獣が見逃すはずもなく、男性を下ろしたタイミングで全速力で間合いを詰めてきた。
(やっぱりこいつ、賢い!)
怪獣、幸、嘔吐する中年男性。
一直線上に三者が並ぶ。
怪獣は既に拳を振りかぶっていた。
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