第4話 発現①

「うっ……」


 蕾が胸に吸い込まれた瞬間鋭い痛みが体に走る。だが、その痛みは本当に一瞬で過ぎ去り、代わりに体の奥底からほとばしるような熱が湧き上がっていた。


「これすごいです。体が熱い……」


「!」


 幸が体の状態を伝えると女性は驚いた様子で幸に問いかけた。


「すみません。"体が熱い"、と言いましたか?」


「……? はい、そうですけど……」


「もしかしたら……」


 女性はそれだけ呟くと再び黙った。幸の症状を聞いてなにか思い当たる節があったのか、少し考えているようだった。


 それが良い事か悪い事かは幸には分からなかったが、少なくとも先刻より女性の瞳が希望に満ち溢れているように感じた。


「よかった。あなたはとても幸運でした。」


「幸運?」


「そう、あなたの力は戦闘において非常に有用な力と言えるでしょう。」


「一体何の力なんですか?」


「それは……」


 そこまで言ったかと思うと突然女性の口が真一文字に結ばれた。突然の事で女性も驚いていた。どうやら強制的に口を閉ざされたようだった。


 路地の向こうから怪獣の叫び声が聞こえる中、二人の間に沈黙が流れる。数秒経ったのちに女性の口は解放され、いきなり呼吸が止まった苦しさもあってか女性はへたりこみ咳き込んでしまった。


「これすらも、ダメなのですか……」


「……?」


 女性の言葉に幸は疑問を感じる。だが続けて女性が話し始めたため、聞き返しはしなかった。


「すみません。どうやら私があなたに教えられるのはこれで精一杯のようです。」


「えぇ!?」


「本当に、ごめんなさい……」


 幸は再び強い不安感に襲われる。それもそのはず、まだ幸は怪獣退治を任されただけで自分がどんな武器を持っているのかもその武器をどう使うのかも分からない状況だった。


「それでも大丈夫だと思います!」


「大丈夫って……」


「それだけあなたに備わった力は強大なのです。」


「そんなこと言われても……」


「自信を持ってください! あなたなら出来ます!」


 だいぶ指示が雑になってきたな、と幸は思ったが路地の向こうに見える怪獣の動きが先程より大きくなっているのが目に入り迷っている暇がないことも同時に感じていた。


「とっ、とりあえずあの人を助けないと……」


「まず彼奴に向かっていきましょう。彼奴があの場にとどまっている以上、あの者の救助は困難と考えられます。一旦退かせ、その後に助けるのが賢明です。」


「でも突っ込むんですか!? 絶対死んじゃいますよ!?」


「大丈夫です。蕾の力で飛躍的に身体能力が向上しているはずですから簡単には死にません。」


(そういえば確かに……)


 幸は蕾を取り込んだ後から先刻自転車と共に吹っ飛ばされた際に強く打ったはずの肩からあまり痛みを感じなくなっていた。


「とはいえ、攻撃され続ければいつかは死んでしまいます。なのでその前にあなたの力を使って彼奴を倒してください!」


「でも肝心の力の使い方が分からないんじゃ……」


「あなたは先程"熱を感じる"と仰られましたね?」


「まぁ……はい。」


「その"熱"が鍵なのです。」


「えーっと、つまり"熱"が関係する力ってことなんですね?」


 女性は無言で頷く。おそらく伝えられるのはここが限界なのだろう。


「分かりました。とりあえずやってみま……」


 そこまで言ったところで幸の体が宙に浮き始めた。


「あ!? え!?」


「この世界は戦いがあまり普遍的なものではないと存じ上げます。」


 浮いた幸に女性は話し続ける。どうやら浮かせているのは女性のようだった。よく見ると女性の片手には弱く発光している水晶玉のようなものがあった。


「な、何を……」


「あなたはまだ戦い方を全く知らない。」


 幸の問いかけを遮りながら女性は続ける。


「おっかなびっくり戦っているだけでは力の発現は望めないでしょう。なので、」


 そこまで言ったところで浮遊が止まり、幸の体は空中で固定された。


「あえて私が"危険な状況"を作ろうと思います。こういうのを"すぱるた"と言うのでしょうか。」


「まず何をしようとしてるかだけ教えてくださいよ!!」


「簡単です。あなたの体を彼奴の体の中央に向けて飛ばすだけです。」


「絶対死にますよ!?」


「大丈夫です。彼奴は所詮なので。」


(それってどういう……?)


 幸にとっては色々と引っかかる部分が多かったが、女性はそれを聞き返す暇を与えず、


「ご武運を。」


 とだけ言って幸の体を吹っ飛ばした。


「うわああああああああぁぁぁぁぁっ!!!!」


 幸は叫ばずにはいられなかった。怯えと恐怖でぐちゃぐちゃになった、おおよそ人様には向けられない酷い形相で幸は怪獣に向かって飛ばされて行った。怪獣の縛りはもうほとんど解けており、幸に気づいた怪獣は最も自由に動かせる右腕を飛んでくる幸に合わせて振りかぶっていた。


(もうどうにでもなれ!!!)


 風を切る音ともに向かってくる怪獣の腕に対して幸はとにかく抗おうと必死に右腕でパンチを繰り出す。すると、鈍い音と共に怪獣の腕がものの見事に弾かれていた。


「!?」


 その事実に他でもない幸自身が最も驚いていた。幸はひとたび拳を繰り出した後、反作用で少し後ろへ飛ばされながら着地したが、数m上空から飛び降りたにもかかわらず足にもほとんどダメージがなかった。


「すっげぇ、けど……」


 同時に幸は自分の拳の痛みも感じていた。だがコンクリートさえも粉砕する怪獣の拳に殴りかかったのを考慮すれば、その程度で済んでいるのはむしろ幸運ともいえる。


(我慢出来ないほどじゃない。でも結構痛いな……)


 拳を吹っ飛ばされた怪獣は縛りが解けたことも相まってバランスを崩し、路地を抜けた大通りに仰向けに倒れた。


「きゃああああっ!!」


「!!」


 その際の振動で女性がしがみついていた床が崩れてしまった。

 ほとんど真下にいた幸は女性に衝撃を与えないよう、ジャンプして迎えに行く形で落下する女性を受け止め、そのまま着地した。女性は落下時のショックで気絶していた。


「あっぶな……」


 人一人を空中で受け止め、抱えたまま着地するなど普通の人間の身体能力では確実に不可能である。今一度人智を超えた蕾の力を実感し、怪獣が起き上がる前に怪獣とは逆側の路地前へと女性を運んで寝かせた。


 その時、再び大地が揺れた。


 路地の向こうを見ると舞い上がった土ぼこりをかき分けながら、怪獣が起き上がろうとしていた。


「そう簡単には行かないよね。人生初パンチにしては上手くいったと思ったけど。」


 すぐさま幸は怪獣を食い止めるため、路地を抜けて立ち上がった怪獣と対峙した。改めてその大きさに生唾を呑み、武者震いする。


「ふー、あっついな……」


 体の火照りは先刻より更に加速していた。




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