第4話「伯爵家の子どもたち」
馬車はブランデライン領ベンヘルツに到着する。
ベンヘルツに発つ前に伯爵にお願いして荷物を取りに一度砦に戻りました。
持っていくのは旅行カバンだけでしたが、新しくできた村のことで難民の間では噂いっぱいになっているみたいです。
少し話を聞いてみたかったものの、同行しているライリッヒさんに急かされて、すぐに馬車に詰め込まれて出立しました。
ベンヘルツの町──
領主が直に管理する町とあってこれまでの集落や村とは段違いの規模です。
私が知る地球の都市は、遺産相続のために降りた空港から移動する際に見た、天高く並ぶビル群と廃墟の鉄の街でした。
かつては宇宙経済の中心にいた痕跡をはっきり残していたわけですが、この地上世界の一般的であろう都市を見せられてしまっては、はっきりと違う文明の星にいるのではないかと思うのですよね。
少なくとも第二世代か、第三世代時代の遺物が資料ではなく現実に目の前にあるってことです。
歴史古物マニアならヴァーチャル映像ではない本物体験にすごく喜んじゃいそう。
馬車内は到着まではライリッヒさんと伯爵が言葉少なげに砦や人のことをやり取りしています。
火星から地上に降りたときから翻訳機能は起動させています。
こちらの言葉が伝わるのも、向こうの言葉がわかるのも魔導翻訳が一手に引き受けているからです。
一世紀以上前に作られて以降、バージョンアップはされておらず、火星を離れるまで使ったこともなかったんですが、まあまあ使えます。
お互いが聞こえる程度で、こうも馬車がうるさいと翻訳もバグって元の言語ままに聞こえたりするし、意識していないとうっかり火星インガリシュ語が飛び出したりするくらい。
一緒にいる女性の方は無言で伯爵の隣でじっとしていて、こちらを観察するような視線がちょっと辛かったのです。
アイベル、という名であることはわかりました。
伯爵もこちらを見ては何かを考えるようだけど直接話をせずにライリッヒさんに話しかける。
私も気安いのはライリッヒさんなので、彼がいなかったら窒息死していたところです。
ちょっと気まずい思いをしながらギュンター伯が住まう領主の館に到着しました。
緑に囲まれた閑静なお屋敷……
これが貴族のお屋敷なんですねえ。
失念してましたが、村の再建で作った建物はかなりシンプルで、このお屋敷や、町で見た建物にあった風情ある文化的雰囲気がありません。
それと防衛のための施設として壁もちゃんとしたものを造りたいものです。
土壁ドドーンだけでは今さらながら手抜き感がすごいですし。
うわさに聞く王都の城壁というのも見ておきたいですね。
それを参考にして次に建てるときはバージョンアップしたものにしたいです。
屋敷の扉が開くとメイド姿の使用人が数名出迎える。
「お帰りなさいませ、旦那様」
「うむ、今帰ったぞ」
「おじ様! お帰りなさいっ!」
幼い声が玄関に響いて、階段から駆け下りてきた足がジャンプする。
小さな子がライリッヒに抱き着いて、ライリッヒはその子を抱き上げる。
六歳くらい……だろうか?
私の年齢鑑定眼は当てにできませんが……
その姿を特に違和感あるでもなく伯爵とアイベルが見ている。
「エリーザ、また大きくなったな」
エリーザ……
おじ様?
「父様は重くなったっていうのよ。私、太ってないんだから」
「私は重いと言っただけだ。ブタのように丸まるなどとは言っておらん」
伯爵が応えますが、それは火に油を注いでるようにしか聞こえません。
「ほら、ひどいんだから!」
「エリーザ、今日はお客様が見えられているんだ。ご挨拶なさい」
「はーい。べーだ」
ライリッヒの手でエリーザは降ろされて、伯爵にあっかんべーと仕草をする。
「お客様、本日は遠いところからおこし頂き……歓迎いたします」
スカートをつまみ、淑女の手本のような礼をした。
「お招き、ありがとうございます」
つまめるほどスカートの裾の余裕はないのでお辞儀だけ真似することにする。
これが貴族の挨拶なのかしらん?
「エルフのお客様なんて初めて! 父様、お隣に席を用意して」
「これ、はしたないぞ。順序をわきまえなさい」
「はーい……」
エリーザがむくれる。
かわいい……
「申し訳ない。わがままな娘で」
「いえいえ、可愛らしいお嬢さんですね」
「部屋を用意させました。このアイベルが案内いたします。食事の時間にまたお会いしましょう」
「ありがとうございます」
「こちらへどうぞ……」
伯爵が玄関で他の使用人たちに指示を出している。
アイベルさんは奥さんじゃなかった……
でも使用人たちよりは立場は上ということですね。
赤毛の口数が少ないアイベルさんの後について行くと客用の部屋に通されました。
「こちらの部屋となっています。ご用の際はそこにあるベルで申しつけください」
「はい」
小さくてきれいなベルが入り口の脇の家具の上にある。
整理整頓され掃除が良くされていますね。
チリ一つ見当たりません。
「素敵な部屋ですね」
「では私はこれで……」
「あのアイベルさん」
「何か……」
振り返ってこちらを見たアイベルさんの目が少し怖い。
私何かしました?
「エリーザお嬢様がライリッヒさんのことをおじ様と呼んでいましたが……」
「ライリッヒ様はギュンター様の兄上にあたられます」
「ええ?」
兄?
砦の部隊長が伯爵のお兄さん。
貴族の血縁序列的に合ってるんでしょうか?
「失礼します」
それ以上の質問は受け付けないとばかりにアイベルが行ってしまう。
「ありがとうございました」
アイベルさんがいなくなってほっとしました。
あの人、ちょっと苦手かも……
ライリッヒさんには後で聞いてみよう。
「むー」
茶色い髪にその目元。
体型的にわかりにくいが、伯爵のたるんだ顔とライリッヒさんの引き締まった顔を重ねる。
遺伝形質的に……がっちり同じ一族の特徴ありですね。
「お腹減ったなぁ……どれくらいで呼ばれるんだろう? 匂わないかな……」
くんくんコートを嗅いだ。
うん、わからん。
シャツにスカートや下着は、魔法水洗いしながらの念動洗濯で洗った後に脱水しています。
生地が傷まないように八割ほど水を抜いて後は自然乾燥ですね。
ちゃんとした洗剤は使えなかったので匂いには自信がありません。
失礼がないようにしないとね……
「芳香よ、私を包みなさい」
魔法で作り出した匂いを体にまとわせる。
一時間くらいはこれで平気。
間に合わせだけどこれで何とか乗り切りましょう。
部屋でじっとしていてもなぁ、と廊下に出れば、突き当りに部屋の外に通じるドアがあった。
外を覗いてみればそこは小さな庭だった。
植生を調べてみよう。
「これ食べられるっぽい……うわぁ、虫ぃぃぃ!」
この世界……魔物よりも虫が圧倒的に多い!
生き残れるかな、私!
ふと、気配を感じて見上げると二階の窓辺のカーテンが揺れていた。
誰かに見られていた?
その後、しばらく庭を観察していたらメイドさんが呼びに来ました。
晩餐の席は贅を尽くした、というほど豪勢ではないけれど、砦では食べられないメニューが並びます。
食べられるものを豊富に選べるという意味では十分に贅沢でしょう。
それに領内の経済事情もライリッヒさんと話していて察しがついているので、領主として最大限のもてなしが饗されているのでしょう。
「レイリア殿。我が家の食卓へようこそ。改めて紹介を……私がこの家の主のギュンターです。娘のエリーザに我が兄のライリッヒ。そして……」
伯爵がふうと一息つく。
「我が息子ですが……」
へえ、息子さんがいるんですね。
「クライスのバカはどこにいる! お前たち、あれがどこにいるのかわからぬのか? お客様に失礼だろう!」
とばっちりの雷が使用人に飛んでいる。
クライス……砦と同じ名前ですね。
「息子さんがおられるんですね。お幾つなのですか?」
「アレももう十四です。物事の道理をわきまえる年頃だというのに、魔法だの遺跡だのにうつつを……あ、いやそのですな……」
エルフ。
魔法使い。
それを目の前にしていることを思い出したのか伯爵は視線を宙に泳がせる。
「おお、魔法に興味があるんですね。わかります。私もその年頃は魔法に夢中でしたから!」
そう、あれは十四のときです。
教官に宇宙の真空空間に放り出され、生き延びる魔法を使えと課題を出されました。
体を石化して凌いだら、それでどうやって帰ってくるのか、とCマイナスを付けられたんでした。
げっそりするくらい鬼でしたっけね。
魔法楽しい! を伯爵にアピールしながら地獄の訓練を思い出してしまいました……
「あのバカ息子は魔法など使えません。我が跡取りにして軟弱。家督を兄に譲りたいくらいだ」
「誰がバカ息子だ。バカ親父」
「来たか……」
ライリッヒさんがため息をつく。
食堂の入り口に茶色の髪を一部逆立たせた、貴族の身なりの若者が立っている。
ははぁ……あれがブランデライン伯の長男クライスに違いないでしょう。
十四ということですが、その背丈はもう大人に近いくらいで伯爵と同じくらいでしょうか。
背丈はライリッヒさんには劣り、筋肉や胸板の厚さでも彼には及びません。
軟弱というわけではないけれど、経験やらなにやらは確かに足りないかも。
顏はライリッヒさんを若くして髭をなくせばこうだろうなというハンサムな顔立ち。
「席に就けクライス。その頭、どうにかならんのか?」
「さあね」
反抗期ですね。
「お客様の隣に座るな、バカ者!」
「お兄様、私も!」
クライスが右に、エリーザが左に座った。
「これ、お前たち……まったく」
「私は平気ですよ。レイリアです、初めまして」
「クライスです。よろしくお願いします」
あはは、態度がお父さんとは全然違う……
子どもたちからいろいろ質問されますが、そのまま話すと火星のことを話さねばならないので、この世界の生活様式に脳内変換しながら、わかりやすくを心がけて説明する。
辺境ド田舎の森の中。
人が誰も知らないようなところで生まれ育ったことから始める。
魔法の目で俯瞰した地上は大半が森におおわれ、人がまったく住まない地域がかなりの部分を占めていることがわかっています。
なので森の田舎エルフが人の住む地域に迷子のように現れた、という話をでっちあげても砦の人たちは不思議に思わなかったようで、その話を繰り返しブランデライン家の人たちに聞かせました。
人間社会では一風変わった風習や火星の生活の話を子どもたちと大人が聞いている。
「レイリア殿、エルフの村とはどこもそうなのですかな?」
「いえ、私の村は他のエルフの村とはかなり習慣が異なりまして……外界にきてようやく無知を悟る次第です」
「しかし姓はエルヴァレスと仰られる……」
「はあ、そうですが……」
質問を投げる伯爵の顔は真面目である。
「旅の目的を教えてもらってもいいですかな?」
「祖父が亡くなりまして」
「ほう?」
「私に遺産を残すということでした。個人的に一度も会ったことがない人ですが、遺産は放棄するつもりで旅に出たのです」
「目的地の名前を伺っても?」
「ええ……エディンダールという地名はお聞き覚えありますか?」
私が遺産を託された地。
白い居城に美しい塔が並ぶ世界の宝石。
「エディンダール! まさに……やはりあなたは……」
「はい?」
伯爵の言いようは予測していた通り、みたいな印象を受ける。
知っているということは、この世界はやはり地球なのでしょうか?
レイリアも驚きで混乱する。
いろんなちぐはぐな情報が飛び交って頭の中で整理する。
エルヴァレスとエディンダール。
この世界に根差した言葉として存在するのだ。
「まあ、そういうわけで、旅はエディンダールまでということになりますが、何分そそっかしく、地図というものも知らないまま村を飛び出してしまったのです」
「この領を通ったのはその途中だったのですな……」
ライリッヒが顎を撫でる。
「ええ、そうですね……」
転移した先で彼と出会ったのは良い方向に動きました。
魔物を退治して、砦の人たちと関わらなかったらここにはいないでしょう。
この世界のことを何も知らないまま放浪していたかもしれない。
まだわからないことだらけです。
旅をしてそれを確かめなければ。
「大事な旅の途中に私たちに手を貸してくださったこと、何とお礼を申し上げればよいか言葉を尽くしても足りないくらいです。どうかしばらくは我が領に留まり下さり、客人として、友人としてお付き合いくだされば幸いです。もちろん、いつでも旅を再開してくださってもよろしいですが、その間は何卒、懇意にしたく──」
えらくへりくだった伯爵の態度には何かありそうだなと感じますが、今は言葉通りの意味に捉えておきましょう。
それに子どもたちに魔法を見せてとお願いされちゃいました。
「では、明日お見せしますね」
「やったっ! エルフの魔法楽しみにしています」
「楽しみー!」
クライスとエリーゼがニッコリ笑って、明日は魔法のお披露目と相成りました。
●特殊用語
「インガリシュ語」
火星公用語。
おそらく英語です。
エルフ、地球に還る mao_dombo_ru @tukiho
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