第3話「魔法エルフは一級建築士!」
「ついに生まれたな、俺たちの子が」
「それだけじゃない。この子が私たちの世代が送り出すこの世界の希望となるの」
「そのために俺たちで用意してあげないとな。旅立ちの場所を作るために」
ああ、これは……私が生まれた頃のデバイスに記録された両親の姿。
父は青い髪に緑の目を持つエルフだ。
母も同様のエルフで青い髪の持ち主だった。
目は深い藍色だったけれど。
二人が非常に近い一族同士だったことは確かだ。
遠親婚なのか近親婚だったのかはわからない。
宇宙船の事故で私の両親は命を失った。
生命維持装置に入れられ、座礁した宇宙船で一人孤独に……死を待っていた。
その命を救ったのは、奇跡的な確率で通りかかった商船だった。
座礁した船を発見し、生命維持装置の中にいる私を連れだした。
宇宙の孤児となった私は火星のとある夫婦の元へ預けられた。
唯一の両親の姿を残す映像はこのデバイスの中にだけ生きている──
揺れる。
不規則にガタガタと、重力下での振動がガンガンと体を揺らした。
これってどういう状況なのです?
旅行カバンが手に触れた。
良かった、荷物はありますね。
状況把握しましょう。
荷車を引いているのは屈強な男だ。
ああ、部隊の兵士さんですね……
あまり良くない道を降りているせいかいろいろ酷いですが、山中で意識のない人間を運ぶのは相当苦労でしょう。
でも、もういいです。
「すいません」
「おお、あんた大丈夫か? 隊長、エルフ殿が目を覚ましました!」
先頭を行く隊長が返事を返し目の前までやってくる。
「こんな仕儀で申し訳ない。現場の後始末をした後に別の魔物がやってこないうちに撤収したのです。何せ夜が近い」
「夜」
空は宵闇の気配が暗い藍色に広がっていて、日は沈む姿を見せている。
「なるほど、もう大丈夫なので私も歩きます。荷物だけ載せて貰っていいですか?」
「構いません。砦に向かいます」
「砦ですか?」
「快適とは言い難いですが歓迎いたします」
「ではお願いします」
ようやく私の体を打ち据えた車から降りて部隊の男たちと行軍を共にする。
私の足ならその砦にはすぐ着くだろう。
でも我慢だ。
また魔物が出現したら事だ。
魔法の明かりを飛ばして足元を確保することにします。
「やはり魔法はすごいですね」
兵士たちが感心している。
この程度……火星コロニーの人間なら誰でも扱えるものだった。
何だか鼻先がかゆくなる。
そして予感めいた想像でしかなかったものが、そうなのではないかという考えに変わる。
ここはもしかしたら地球ではないのかもしれない。
どこか別の星なのかもしれないと。
「これが砦……」
丸太を組み合わせて作られた建造物。
お世辞にも耐久性があるとは言い難い門構え。
櫓が周囲に配置され、焚火が赤々と燃えている。
警戒するのは、もちろん魔物だろう。
砦ということだが、ずいぶんと広いようにも感じた。
壁に囲っている範囲が予想していたよりも広い。
その丸太の壁は拡張された痕跡がある。
戻ってきた部隊に声をかける男たち。
すれ違いに今日は飲んでいきなよ、と声をかける女性。
木造りの小屋から顔を覗かせた子ども。
砦というより、一つの村……いや街を形成しているように見えた。
「子どもがいるのですね」
「ここにいる住民は元々は別の村々にいた人たちです。魔物の襲撃で住む場所を追われた者も多い。隣り領の領民もいくらかいます」
「そうなんですか」
「ここでは何ですからこちらへ」
通されたのは兵士たちが詰める宿舎だ。
ここは食堂なのだろうか?
勧められるままに椅子に座って隊長と向き合った。
「ブラデライン領のクライス砦。ブランデライン伯の麾下にあります」
「ブランデライン?」
名前からわかることはまったくない。
伯というのは称号的な呼び名だろう。
「改めて礼を申し上げる」
「礼だなんて……」
名前を名乗っていなかった。
「私はレイリア……レイリア・エルヴァレスです」
両親が受け継ぎ、与えられた名前。
そして祖父も背負っていた名前だ。
「レイリア・エルヴァレス様ですか……」
隊長がその名を反芻する。
「失礼、私はベルゲン。ライリッヒ・ベルゲンと申します。クライス砦の部隊長を任せられています。エルフ殿……いや、レイリア様にはご助力を頂いた。他の者たちを代表してお礼を申し上げる」
「え、そんな畏まられましても……」
あわあわ、いきなり様付けに呼ばれては……
「お疲れでありましょう。すぐに食事を運ばせます。男所帯の手料理ではありますが」
「お気遣いありがとうございます。正直、お腹はペコペコなのです……」
「私もご一緒するがよろしいですか?」
「あ、大丈夫です。お願いします」
運ばれてきた料理には興味津々です。
地上の料理とはどういうものなんでしょう?
火星では、かつて地球から持ち込まれた植物を水耕栽培で栽培し、その食材からレシピが生み出されました。
地球料理の再現をすることに命を懸けてると言っても過言ではありませんでしたね……
貴重品は塩でしたっけ。
味付けが薄いのが火星では玉に瑕でした。
「うんシチューですね。それにパン」
サラダもある。
素朴な感じのメニューだ。
「いただきます」
味は可もなく不可もなく、けれど、お腹を満たし、あたため、明日への糧にしてくれるものばかり。
煮込んだ大粒の豆に野菜も知っているものが多い。
玉ねぎの味がスープにしみ出していて美味しい。
塩分も十分だ。
食事をしながらベルゲンを観察する。
三十代ほどの人間の男性。
明るい茶色の髪に口ひげに少々無精ひげ。
身の丈は私の頭二つ分は上です。
幅広の剣を下げ、身につける鎧は錆びなく光っている。
部隊の指揮官としての威厳はあると思えた。
兵士たちにもベルゲンが慕われていることはここまでの道中で分かった。
「そのまま食事しながらお聞きください」
「ええ、どうぞ」
固いパンに苦戦しながら閃きを得てシチューに浸して攻略を開始する。
食べながら失礼かと思ったものの、空腹には勝てません。
ブランデライン領は三つの領と境界を接していて、魔物に対する協力盟約を結んでいる。
しかし、それぞれの領地で問題を抱えていて、いざというときに魔物が現れても即座の対応ができずに後れを取ることが多い。
数か月前に南の他領で魔物が暴れ回り、住む場所を失った難民が発生。
ブランデライン伯は協力盟約に応じてクライス砦に難民受け入れを行った。
そしてあの番犬を引き連れた巨人がブランデライン領を荒らしまわり、多大な損害を周辺地域に与えた。
巨人だけならまだしも、ヘルハウンドの番犬が十数頭とくれば手練れの冒険者でも二の足を踏む。
冒険者ギルドから依頼を受けてやってきた冒険者も、その難易度の高さに何もせずに撤退したらしい。
王都に難民の支援要請をするも、クライス砦への保留を求められた。
クライス砦はすでにこれ以上の人員は受け入れられず、今後は難民が生まれても余裕がない状態になっていること。
そこにきて巨人の襲撃である。
王都に再度討伐の申請をするも王軍は動かず、冒険者たちも動かないとくれば状況は切羽詰まった。
これ以上治安が悪化する前に自分たちで魔物をどうにかするしかない。
そしてあの魔物がまた再来した。
ということのようだ。
地方領主たちに丸投げして民を守ることをしない王様がいるということですね……
冒険者、というものがどういう役割を果たしているのかいまいちわかりませんが、誰だって命は惜しい。
この隊長に従って魔物討伐に出た兵士たちの勇気と責任感は本物だ。
そして巨人は倒した。
番犬も始末した。
死者はゼロ。
大腕を振って自慢していいでしょうね。
「レイリア様のおかげで我らは窮地を脱したのです」
「うん、そうだったんですね……魔物が退治されても再建までの道筋は遠いのではありませんか? 難民の皆様が元の生活に戻られるまでの時間もかかるでしょう。クライス砦で一時しのぎがどこまでできるのかはわかりませんが……」
子どもや女たちの姿を思い出す。
ようやく逃げ延びた砦から出て、また自分たちが暮らす場所を作るのは大きな困難を伴うはずだ。
「その通りです。そこで……恥を忍んでお願いしたいことがございます」
お願い事……
当てがある身ではないが、行く場所はある。
され、どうしたものでしょうか……
ベルゲンさんは誠実な方のようです。
初対面の私にあけすけにこの砦の現状を語りました。
そして魔法使いの力が必要なのだという状況も理解できます。
「私の力を借りたいということですね──」
まっすぐに彼の目を見てそう言いました。
◆
「さあ、行きますよっ!」
レイリアの弾んだ声が青空の下に響き渡った。
その指先が踊ると、一定の長さに寸断された板材が一斉に飛んで建物の枠組みを取り囲んだ。
そしてぴったりと壁を構築する一部となって収まる。
重力制御と固定の魔法で建材は落ちる気配はない。
「皆さん! お願いしますっ!」
レイリアが指示すると、男たちが走ってカンカンと釘を打ち始める。
板材はきっちり隙間なく固定されている。
はめ込み式のため、それだけでも十分なくらいだが、あっという間に作業が完了する。
「次! 屋根行きますよ」
壁が終わると、足元にある板材が次々に飛んで屋根に収まっていくのだ。
男たちが屋根に登って作業を開始する。
数日かけて行うような作業がわずかな時間で終了する。
異例の建築スピードであるが、レイリアがデバイスで計算しつくした配置で、寸分のもれないはめ込め式で固定化するため、すぐに作業は終了する。
後の細かい仕上げは建築に詳しい人がするはずです。
とにかく素早さと精緻さを重視し、より多くのことをするために時間を短縮しました。
最低限暮らすのに必要な部屋と間取りを教えてもらい、デバイスで十数棟の家を設計。
村の家族構成なども考慮に入れています。
「ライリッヒさん、この村の建物はこれでお終いですか?」
「風車小屋の修理がありますが、少し休まれては……」
「ではそれも行きましょう。井戸も掘りなおすのですよね?」
「え、ええ」
「道も凸凹だし整地した方がいいでしょうか」
「レイリア様にかかるとあっというまに出来上がりますね……」
「私、一度やると決めたら止まらないのですよ。工作は昔から得意でして」
「最高の大工ですね」
今のベルゲンは作業着用の服姿だ。
他の兵士たちも鎧から作業着となって金槌を握る。
砦近くの村の再建に彼らが駆り出されている。
部隊の人数をやりくりして一日十人ほどが働きに来る。
それを聞きつけて難民の中からも協力をする者も出てきた。
ベルゲンの要請でレイリアは村の再建事業に関わる事になった。
本来であれば準備だけで数か月。
再建に必要な人員も集めるのに資金がかかる。
木を切り出し、加工し、建材にするまでの時間もレイリアの手にかかればあっという間だった。
レイリアは山に入って木を切り倒すと、重力制御で飛び、大木を軽々と運んだ。
その様には皆が驚愕した。
それを板材として魔法で切り出し、精密無比に同じものを生産。
寸分たがわず同じ建物を量産していく姿は圧巻であった。
そして一か月足らずですべての家が完成したのだ。
完全無比な正確さを可能にしたのは魔導デバイスの併用があったからです。
演算計算は得意ですし、何せコロニー建造の知識が詰まっていますからね。
ほんのわずかなずれさえも致命的となる宇宙の建造物構築に比べたらザルも同然のこの世界の建物……
手抜きなどしようがありません。
これが通常運用です。
家一軒程度ならば資材さえあればあっという間に作り上げることが可能です。
付け加えると、地上は資材が豊富ですからすごくやりやすかったんですよね。
それに、魔導家具などを入れるわけでもないので導線を気にしなくて良かったこともあります。
次はもっと頑丈な家を作るのもいいですね。
ちゃんと照明とか、水回りとかも通っているものが作りたい。
「ふふふ完璧っ! 最後の仕上げをしましょう! 皆さん、下がってくださーい」
作業に関わった人たちを全員下がらせてレイリアが前に出る。
その足元に線が引かれていて再建した村を囲んでいる。
「土の壁よ! 盛り上がれっ!」
線の縁の外縁部の土が抉れ、消失したように見えた瞬間、土の壁が次々に盛り上がり線の内側に円形を描いていく。
轟音と共に出来上がっていく壁を前に人々が呆気にとられる。
円形状に盛り上がった土の壁が一周廻って、入り口の間のみを残して止まった。
ここに門を作れば自然の要塞簡易バージョンが完成です。
外縁部には盛り上がった土の分の堀が出現している。
ざっと高低差は四メートル程度。
土の壁は絶壁で完成後に高質化され、そう簡単には崩れないようにした。
「うーん、試作的に造ってみましたが、不格好なのはもう少しどうにかしたいですね……どうでしょうかライリッヒさん。ライリッヒさん?」
「あ、いや……」
「壁、低すぎました? ごめんなさい、造りなおします……」
「そんなことはありません」
次の瞬間にベルゲンは膝をついて頭を下げていた。
それにならうように彼の部下も同じようにして頭を下げる。
「ええ……あのぉ……」
何でしょう……すごく恥ずかしい。
そうしていると馬車が村を目指してやってくるのが見えた。
「あれ、何でしょう?」
「御領主様の馬車です。レイリア様にお会いに来られたのです。ぜひお会いしてほしい」
「お会いするって……」
心の準備ができてません!
する時間すらないじゃないですかー。
「レイリア・エルヴァレス殿っ! お初にお目にかかる。私はブランデライン領を預かる者。ギュンター・ブランデラインと申します。レイリア殿の度重なるご厚情に甘えながらも一度も挨拶に来なかった非礼をどうかお許しあれ……ことの仔細はすべてこのライリッヒより伺っております。どうぞ我らの屋敷にお出で頂きたい」
ブランデライン伯ギュンターが馬車から降りて開口一番にそう告げた。
その後ろにはご婦人がいて、ドレス姿だ。
奥さんだろうか?
「ええと……」
ライリッヒを見ると彼は頷いて見せました。
そうするからにはライリッヒが信頼を置いている人なのだろう。
「わかりました。お招きいただきありがとうございます」
そうして私は馬車の人となってブランデライン伯のお屋敷に行くこととなったのです。
●特殊用語
「魔導デバイス」
ナノテクノロジーの粋
組み込まれた術式を効率的に高速処理し、何重にも重ねて運用可能にする魔法演算システム
無詠唱魔法を可能とする
火星人、および宇宙進出した人類が厳しい世界で生き残るための必需品となっている
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