金の斧、銀の斧
「ごめんなさい」
十六の時、
「ごめんなさい」
誰も聞かない謝罪が、寧の上に降り積もっていく。肺腑は重たく、動悸がして、苦しい口で何度も息を吐いた。震える身体をきつく抱きしめて、襖の外に声が漏れていないことを思った。独り言が銀父に聞こえていないことを祈った。
近いうち、湖の内側から、水死体が上がるだろう。それは寧の殺した男の亡骸だ。
じゃあ、銀父は? そのとき銀父はどうなるんだろう? 彼は楊であって、楊でない、全く新しい寧の父親だけれど……。
「ごめんなさい……」
その晩、隣の部屋の明かりが消えることはなかった。いつしか寧は浅い眠りに落ちていた。
夢の中で姐さんに会った。姐さんは笑って湖の中央を指さした。見れば、桜花咲き乱れる湖の真ん中に男が浮いていて――。
はたと目覚めたときにはすでに銀父は出かけた後で、やはり一人分の朝食が用意されており、たどたどしい字で「ニン、けがをしないで」と書かれた紙が落ちていた。
それが銀父のやさしさだと知りながら、寧は、その紙をそっと握りつぶした。
※
「寧!」
勤めを終えた寧が帰ると、ほぼ同時に銀父も帰宅したところだった。
「見て!見て、これ!」
銀父は鉄の斧のほかに、金の斧と銀の斧をぶら下げていた。
寧は仰天した。
「なにこれ……」
「湖の女神さまがくれた」と銀父は揚々と告げる。「鉄の斧を勢いあまって湖に落としてしまったんだけど、それを女神さまが拾ってくださったんだ」
銀父はにこにことそれを掲げて見せる。しっかりとした質量を伴った、金と銀の斧……。
「そ、それでどうしたの、この金と銀の……」
「女神さまが金の斧か銀の斧かとお聞きになったから、ぼくが落としたのは鉄の斧ですと言ったんだ。そうしたら、もらった」
もらった。そう簡単に言うけれども。
「そうなの、ね」
信じがたい話だが、「銀の父親」をもらった寧としては信じざるを得ない。
「正直者が幸いしたよ。両方くれるだなんて、ありがたい話だ。これは飾っておこう。女神さまの恩寵があるかもしれないからね」
「飾って……おくのね、そうね」
換金して……などと考えた寧のほうが欲深いのだろう。寧はぐっとこらえて、銀父に尋ねる。
「ところで、その斧、金箔なの?」
「え?純金のようだけれど、なんで?」
「頭に金箔がついてる」
「ああ、湖に飛び込んで斧を探そうとしたからかな」
寧は銀父の白髪からそれをとる。確かに濡れていた。水に濡れた指の上で、金箔がばらばらに崩れていく。――なんだか強烈な既視感があった。
「……銀父?」
「うん?」
「あなた、銀父よね?」
「うん、そうだよ。
「……そうよね」
寧は指先で金箔をもみ消した。そして、不安や、煮凝っている嫌悪を塗り替えるように、腕まくりをした。
「今日は私が夕飯を作るからね」
「楽しみだな」
銀父は笑った。新しい父はいい人だ、と寧は思う。良い人だけれど、
良い人、なのに。
寧の心は晴れなかった。
澱んだものが溜まっていく。それは確実に寧を蝕んでいく。
良い人なのに、気持ち悪い。
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