「生活」

 ニンは銀の中から出てきた父親を連れて戻った。

 ヤンに手を差し出し、無言で「銀を出せ」と主張すれば、きょとんとした男の目が寧を見詰めた。

「どうしたんだい?」

「……銀を出して。あした、換金するから」

「ああ、うん。そうだね」


 こぎれいになった楊は、ひげも生えていないし、綺麗に体も洗っていて、何よりこざっぱりしているために家に似つかわしくなかった。

 楊はきょろきょろと家の中を見渡す。

「ところでここはどこ? 豚小屋?」

 悪気なく放たれる言葉が、寧の頭をがんと揺さぶる。

「――いいえ、私たちの家です」

 寧ははっきりと言った。「アレはクソ親父が捨てさせてくれなかった空き瓶の山」

「うーん、捨てたほうがきれいに見えるよね」

「そしてこれは、何度片付けても掃除しても蘇ってくる食べ物のかす」

「誰だろうね、こんなに汚くしたのは」

「それからあれは、クソ親父が連れ込んだ女の汚した布団。それからこっちは、クソ親父の撒きちらしたくそったれの種のこびりついた跡よ」

「汚いな」

「そしてここに散らかってるのは借用書。クソ親父が博打でってにしてしまった私のお給与の額そのまま。そのまんま」

「そのクソ親父って人はひどいな」

「あんたのことよ、クソ親父」


 寧はじっとりと銀の楊を見上げた。

「一体全体どうして銀を塗りたくられて生き返ってきたのよ」

 棘だらけの視線を楊はぽかんとした様子で受け止めた。寧は強い口調で、銀の楊に向けて何度も毒を放った。

「せっかく殺してやったのに。せっかく、私の新しい人生が始まると思ったのに」

「なんでそんなこというの?」

「そのくそったれの頭で考えて。飾りなの?」

「ええと、……ひょっとして、ぼくは邪魔なのか」

「そうよ。邪魔。女神さまがお返しにならなかったらそのまま捨て置いてきたのに」

 楊は露骨に傷ついたような顔をした。寧はそれを見てようやく、せいせいした。

 ずっと言ってやりたかったのだ。しかし言えば、暴力を振るわれる。望まないことを強いられる。だから、黙って耐えて働いて片付けて、その繰り返ししかやってこなかった。寧は極めつけに、低く太い声で言った。

「邪魔だから、どっかに行って適当なところで死んでよ」

「……」

「聞こえなかったの」

 楊は寧の言葉に突き動かされるようにびくんと身を震わせると、捨てられた犬か猫のように寧を見上げた。

「……そんな風に思ってたなんて、知らなかったんだ」

「そうなのね、一生知らなくていいから。じゃあね」

 寧は銀の楊を戸口から押しやって、乱暴に扉を閉めた。鍵を何重にもかけて、その上つっかえ棒をして、ようやく息をつく。

「つかれた」

 残されたのは豚小屋のように汚い部屋と、借用書の束と、疲れ切った寧だけだった。




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