弧男、中古住宅を買う(下流底辺老人のサバイバル生活術)

上松 煌(うえまつ あきら)

弧男、中古住宅を買う(下流底辺老人のサバイバル生活術)



          *   1   *


「ほら、いいでしょう? 土地26坪で築27年、畳・壁紙リフォーム済み。水周

りなんかハウスクリーニングでピッカピカだねぇ。軽乗用車1台分の駐車場つきで

税込み670万。市場に出たばっかの平屋物件だから、お客さん、運がいいっすワ

ぁ」

(うんうん)

小松田靖(こまつだやすし)はうなづく。

彼は初対面のヒトにはけっこうコミュ症なのだが、不動産屋は人馴れしていて、彼

の反応には頓着なく営業トークを続けてくれるのでかなり楽だ。

「ここはね、もとは別荘だったんです。駅のすぐ裏だけど海が見えたからね。でも

、つい先ごろ、南側の工場が社屋拡張してね、海が見えなくなっちゃった。で、売

っちゃおうってなったんですよね。だから、安い。ここ4年くらいは在宅ワークや

リモートワークでお手軽物件はすぐに売れちまうから、早めにお手つき(手付金を

入れる)しておいたほうがいいですよぉ」


(うんうんうん)

なんだか購入意欲を刺激されて、息が荒くなった気がする。

平屋の間取りは南に4畳半の洋間と和室、北側に5畳のキッチン・トイレ・風呂な

どの水周り、東の駐車場の奥に小玄関と廊下でこぢんまりしているけど、弧男が1

人で住むには充分すぎるくらいだ。

現に彼の東京都下の賃貸アパートは6畳の1kだったのだから。

狭くても、いちおう庭に面した0,75坪ウッドデッキとテラスのパーゴラがいか

にも別荘風で、ウフッとウインクするように見えた。


 不動産屋の後についてキョロキョロしながら敷地周りを見て回る。

「田舎は境界線がはっきりしない物件も多いんですけど、ここはほら、四隅のクイ

がしっかり打ってある。これでご近所との敷地トラブルはなしだ。ええと、う~ん

。南は工場がちょっとジャマかなぁ? 日当たりはイマイチかもだけど、東はでっ

かい農家だから、朝日と午前中はバッチリですよ。西側は2階建てのアパートで西

日を防げるし、い~いお姉ちゃんが住んでたりして。ねぇ、イヒェヒェヒェ」

と、彼と同じ60代の不動産屋は不確実な期待を持たせてくる。

まぁ、駅近のアパートだから、可能性は皆無ではないが・・・・・・。


 実はこのとき、小松田(こまつだ)の心は躍っていた。

いや、性欲ではない。

庭に面した目の前のテラスだ。

今は剥げちょろけではあるものの、白ペンキで塗装したパーゴラの部分に巻きつく

のはなんとキウイだ。

スーパーで購入すれば、1コ99円+消費税のシロモノが、けっこうたわわに実っ

ている。

隣の農家を隔てるブロック塀に目を移せば、伸び放題のビワとナツミカンがあって

、枝はこっちの敷地内にも伸びている。

越境してしまえは、元の持ち主はその部分の実の所有権を失うのだ。

と、いうことは・・・・・・。

「ヘッヘッヘ」

2人はまったく別の意味で笑い合ったのだった。


          *   2   *


 彼はこの物件をためらわず購入した。

もちろん、マイナス面もいくつかある。

千葉県外房のとある駅の真裏でホームは見えているのに、線路を渡る道がないから

、1つしかない南口に至るには200mほど迂回しなければならない。

それにこれは引越しのあいさつ回りで判明したことだが、西側のアパートは南側の

工場所有の社員寮で住人はガサツな♂しかいない。

極めつけは、東の農家と北側の4m道路の向こうの8軒だった。

押し並べて仲の良さそうなファミリーで、3世代同居の家庭もあって、東京にいた

時と同じように苦手意識と劣等感をかき立てられたのだ。

彼はたちまち、おれじん状態(他人の幸福を見て、おれの人生なんなのだろうと落

ち込む弧男特有の心理)におちいったが、それでも憧れの戸建てを手に入れた喜び

のほうが勝っていて、欝からは比較的早く脱却できていた。

境界線もそうだが、田舎にありがちな、隣の下水管が敷地内を通っていたり、赤道

が庭の真ん中を横断していたりということもなく、町内会入会は強制でなく自由と

あって彼にとっては世話無しの超優良物件だった。


 中でもうれしかったのは、

「ねぇ、この洗濯機と冷蔵庫と炊飯器ね。新しくしてからあんまり使ってないんだ

って。いりますぅ? いらなきゃ売主さんに処分してもらいますけど?」

と、内覧時に不動産屋が申し出てくれたことだった。

見てみると、どれも3~4年ほど前の型番で、炊飯器に至ってはまだ箱に入ったま

まだ。

小松田(こまつだ)愛用の10年近くもたった旧式とはワケが違う。

「い、いるぅ、いりますっ」

「ですよねぇ。人が使ったのなんかイヤって言う人もいるけど、おれたちの年代じ

ゃ、やっぱもったいないからねぇ」

同じ60代の彼らは家電で意気投合したのだった。


 彼は引越し屋を使わなかった。

自分の洗濯機・冷蔵庫・炊飯器を捨ててしまうと、それほど荷物がなかったからだ

小松田靖(こまつだやすし)はボロ軽自動車に乏しい衣類やフトン、パソコン、折

りたたみテーブルやイス、パイプハンガーなどを積み、住み慣れた東京都下を後に

したのだった。


 不動産屋に支払った売買価格×3%+6万円の仲介手数料はやはり痛かった。

その他にも不動産取得税は土地建物にそれぞれ3%づつの課税があり、登記に必要

な所有権移転や抵当権の設定登記+印紙代・そのすべてにかかる10%の消費税は

彼の貯蓄をグイグイと圧迫していた。

それでも多少の軽減措置のお陰で不動産取得税・印紙税はゼロになり、毎月の住民

税は別として、毎年の固定資産税+都市計画税も4万円程度で、今までの1kの家

賃1ヶ月分にも満たない。

彼は驚きのあまり口をポカンと開け、あやうく涎を垂らしそうになったのだ。


          *   3   *

 


 10月末の外房は暑くもなく寒くもなく、彼はフローリングにゴロッと転がると

、多少控えめな声で、

「やったぁ。オレも一国一城の主だぁ。ざま~みろ、リア充」

と、ワメいたのだった。

心ならずも小声になったのは、一国一城の主に付随する扶養家族がいないからで、

60越えの今では、取り返しのつかない痛恨事の1つだった。


(まぁ、仕方ない)

と、気分を変え、移動したキッチンには収穫しておいた自分の家のキウイが並んで

いる。

ちょっとつついてみると10月はちょうど旬で、しんなりと弾力があって食べごろ

だ。

10個ほどを古包丁でせっせと皮をむく。

99円+消費税×10個だ。

東京から大事に持ってきた使いかけの砂糖で、ジャムを作ろうというのだ。

これはレンジでチンすりゃOKだから、実にお手軽だ。

さっそく、

1)両ヘタを落として荒みじんに切り、あればレモンを加え、砂糖は好みで適当

2)フタつき耐熱食器に移して500wで6~7分ほどチン

3)エグみがでるので面倒でもアクを取り、耐熱器のフタをしないで5分チン

出来立てのホカホカジャムは、そのままでもスプーンが止まらないほど美味い。


 ご満悦の彼の脳裏に、隣の農家の越境ビワとナツミカンが浮かぶ。

ビワは旬が5~6月だから、そのころになれば名物ビワゼリー(高級市販品は6個2

,800円+消費税)やビワジャム・果汁ドリンクだって、タダで作れる。

いやいや、ナツミカンだって4月ごろから夏までが食べごろで、上記のレシピにく

わえて、風呂に入れればさわやかな柑橘の香りを楽しむことが出来るのだ。

弧男の寂しい入浴タイムに、新たな彩が加わる。

「うひょ~ほっほ」

なんだか人生に希望がわいてくる気がして元気が出る。

小松田靖(こまつだやすし)はその勢いを借りてスーパーに買出しに出ることにし

た。


 そう、いまさらながらだが、ここは観光地ながら田舎だ。

目の前の駅の南口には、(200mの迂回になるが)一応、定食屋・ラーメン屋・コ

ンビニと弧男御用達施設があり、バス停・タクシー乗り場もそろい、高級海鮮処・

日本料理・蕎麦・ウナギ・中華・フランス、イタリア料理とグルメにはことかかない

それでも、この町にたった1軒の個人スーパーは1,8キロも先なのだ。

東京なら庶民は自家用車・バス・電車、金持ちは高級外車かタクシー・ハイヤーで

行く距離だ。


彼が渋ったワケの1つはこの町は人気観光地で、シーズンには地元民が引きこもり

になるくらい観光客がひしめく。

そのくせ、道路が狭く複雑に入り組んだ古くからの漁師町で、特にスーパーのあた

りは旧市街で、坂や起伏も多く見通しが悪い。

ジジババどころか、意外にファミリーが多いからガキは走り回り、親たちはアプリ

とおしゃべりに夢中、車の野郎どもは観光の女の子に気を取られて前方不注意とい

う、まさに地獄の無法地帯なのだ。

小松田(こまつだ)はそれが鼻水が出るくらい怖かった。


 いちおう、Gマップでアクセスを検索する。

スーパー「赤字屋」は国道に面してはいるものの、その道は海側から内陸にやって

きて「赤字屋」あたりでカーブして再び海側にもどってしまう。

つまり、彼の家からでは恐怖のラビリンスを踏破するしかないのだ。

小松田靖(こまつだやすし)はグジグジと悩んだ末、遠回りするという結論を出し

た。

そう、目的地に至るには車で100m先の踏切を渡り、県道を通って南下し、海の

手前で国道に合流してそのまま北東に進み、スーパーの駐車場というコース取りも

アリなのだ。

ただし、1,5倍以上遠い。

ガソリンの消費量が気になるが、しょっちゅうでなければ許容範囲だろう。

1,8キロを歩くなどという選択肢は最初からない彼は、愛用のボロ軽に乗り込ん

だのである。


          *   4   *



 目的地に着いた小松田(こまつだ)は年甲斐もなく心が躍った。

中古住宅を購入してから何度目のワクワクだろう。

鮮度、とにかく鮮度がいいのだ。

野菜果物はもちろん、海産物売り場が素晴らしい。

生簀に入って売られているイセエビ・アワビ・サザエ、海水を張ったトロ箱の中の

ホタテ・トコブシ・ハマグリ・ホンビノス貝・アサリ。

平凡な大衆魚のアジやサバですらキラッキラのピッチピチだ。

しかし、観光地だけに物価は高く、「赤字屋」の価格設定は強気のコンビニ設定だ


 実は彼の年金は6万に満たない。

都下八王子駅からバスで20分の築47年40坪の実家を相続で売り、兄弟2人で

分けて税金を払うと、彼の手元には半生をかけた自分の貯金も含めて800万ほど

しか残らなかった。

仕事を辞めたからにはもう、住み慣れたアパートにはいられない。

年金では家賃が払えないのだ。

おまけに後期高齢者になれば、大家が孤独死を恐れて貸し出しを渋るようになるの

は目に見えている。

そこで元手があるうちにと、一大決心でこの海辺の町に自宅を購入したのだった。

その彼にここの価格設定は痛い。


 小松田靖(こまつだやすし)は額にしわを寄せて売り場をグルグルと回転した。

(米と焼酎はまだある。ジャムも食後のフルーツも茶も調味料もある。となると、

買うのは副食の魚と肉だ)

心が決まると、彼の行動は早かった。

目の毒の高級食材には目もくれず、アジの開き100円×3、ブリ・むきガレイ切

り身120円×4、豚バラ肉685円×1、食パン210円×1、コマツ菜178

円×2を買い込んだ。

たかが干物に切り身というなかれ、さすが海辺の町だけあって肉厚でなかなかのシ

ロモノなのだ。

ただ、これらはすべて特売品だが、消費税は容赦なくかかる。


 彼は再び3キロ近い距離を帰り、途中、ソッと車を止め、畑の隅にあった数本の

柿ノ木から、放置されたままの渋柿を5つほどチョンボった。

これは干し柿にするつもりだ。

渋いので鳥にも敬遠され、やがて腐って落ちてしまうものだから廃物利用だ。

家にたどり着くと弧男の性で、初めてのスーパーでの買い物に必要以上に人疲れし

たが、都会と違って気分は爽快で、なんだか寿命まで伸びた気がした。


思いついて西側アパートの生垣を探る。

(あった、あった)

不動産屋と境界線の確認時に目に付いたアシタバが、萎れながらもまだまだ健気に

葉をつけている。

これは2月からの春先が旬だが、10月末でも炒め物にすれば食べられるし、1度煮

こぼして苦味を取れば味噌汁もOKだ。

とりあえず貴重な食用野草として、硬そうでないところを数枚収穫した。


 18時前からボチボチ、夕飯と晩酌の準備を始める。

この食材で丸4日間を生き延びるつもりだ。

彼の経済状態では食費は酒も入れて、1ヶ月2万ちょいがせいぜいだからだ。


 まず、今晩のメニューは、

1日目・夜)=ブリ醤油焼き・豚バラ1/4とキウイジャムの甘辛煮・アジ開き1/

2・コマツ菜とアシタバのおひたし・8枚切り食パン1・カットキウイ

で、焼酎のお湯割りをそえるとツマミとしてなかなか充実している気がする。

特に豚バラとキウイジャムの甘辛煮は、豚肉と相性のいいパイナップルを思わせて

けっこうおしゃれな味がした。


2日目・朝)=8枚切り食パンキウイジャムのせ2・茶

同じく・昼)=豚バラ1/4÷2とコマツ菜+アシタバいため・塩にぎり2・コマツ

菜味噌汁

同じく・夜)=むきガレイムニエル・豚バラ1/4とキウイジャムの甘辛煮・アジ開

き1/2・8枚切り食パン1・焼酎お湯割り


3 日目・朝)=8枚切り食パンキウイジャムのせ1・味噌にぎり1・茶

同じく・昼)=ほぐしアジ開き1/2入りチャーハン・コマツ菜味噌汁・カットキウ

同じく・夜)=アジ開き1・豚バラ1/4とアシタバいため・コマツ菜おひたし・8

枚切り食パン1・焼酎お湯割り


4日目・朝)=2日目に同じ

同じく・昼)=豚バラ1/4÷2とキウイジャムの甘辛煮入りおにぎり2・アシタバ

の味噌汁・カットキウイ

同じく・夜)=むきガレイ煮付け・アジ開き1/2・コマツ菜おひたし・味噌にぎり

1・焼酎お湯割り


5日目・朝)=アシタバ+ほぐしブリ入りチャーハン・カットキウイ・茶


 まぁ、多少変化に乏しい食卓だけれど、小松田靖(こまつだやすし)としては充

分満足できるレベルだった。

それにちょうどなくなってしまった高価なカツオダシ1,491円+消費税の代わ

りに、アジの干物の頭と骨を焦げないようにカラカラに焼いて味噌汁のダシをとる

というアイディアもえらく気に入っている。

(こうして毎日レシピに頭を使っていれば、弧男でもボケないかも知れない)

彼はそんなことまで考えて、密かにうれしくなったのだ。


          *   5   *


 

 小松田(こまつだ)は悩んでいた。

ここは町内会には入らなくていいものの、ゴミ処理代その他で毎月800円かかる

たかが800円、されど800円で、この金額は確実に家計を圧迫するのだ。

その埋め合わせをしなくてはならない。

しばし、沈思黙考していた彼はハタと気づいてにんまりした。

そう、ここには3キロちょっと先に広々した太平洋があるのだ。


 釣り??

と、読者は思うだろう。

だが、その発想は小松田靖(こまつだやすし)には当てはまらない。

お魚さんはお友達である。

スーパーや魚屋に恨めしそうに並んでいるアレは別格で、もう、死んじゃってるか

ら仕方がないのだが、自分で釣り上げて、ジタバタ命乞いをしているのを食うなん

て鬼畜非道は彼には出来ない。


 急いでこのあたりの干潮時間を検索する。

11月半ばの今日は15:30分~と出た。

(ちょうどいい)

彼は急遽、魚を釣らない漁師に変身したのである。


 順調に軽を運転して、海にやってくる。

右に海水浴場、左に磯が美しく広がるのだが、用があるのは磯だ。

11月も今頃になると磯遊びも完全にシーズン・オフで、あたりには人っ子1人い

ない。

(うむうむ、良いぞ。天晴れ)

人がいないとなると、弧男の心象は途端にビッグになる。

絶景の大海原を見渡して天下取りのNO,1太閤秀吉にでもなった気分だ。


 家でスリッパがわりに使っているデッキシューズのかかとを戻し、海水にぬれて

も丈夫なパラ・コードで足に縛った。

手はキッチン手袋を輪ゴムでしっかり手首にくくりつけ、マイナス・ドライバー1

本を握りしめる。

そして足元や手元に気をつけながら、潮溜まりの生物を物色したのだ。

主な得物はクロフジツボとカメノテだ。

これらの美味さはネットでけっこう有名だから、乱獲されているのでは?と危惧し

たが、そんなことはなく、とくにフジツボは岩場に豊富に張り付いている。

1,3cmほどの大きそうなところを石でガンガン、ドライバーの尻を引っぱたい

てひっぺがす。

カメノテの生息はそれよりはるかに少ないが、それでも2~3cmくらいのやつを

ひとつかみ手に入れる。

他にも旬ではないので小さめのアナアオサ(海草)を少し収穫し、ついでに新しそう

なカジメ(海草)を1本拾った。

カジメは食べられないが、風呂に入れるとお肌にいいのだそうだ。


 家に帰ると一連の手作業が待っている。

こんなこともあろうかと東京にいるうちから、磯の食べられる生物について研鑽を

積んでおいて本当に良かった。

鼻歌交じりでフジツボとカメノテを別々にもみ荒いし、塩気をやわらげるためにし

ばらくボウルに入れて弱い流水に当てた。

同時にプロパンガスがもったいないので、前もって作っておいた消し炭で金属七輪

に火を起こす。

焼き網にアルミフォイルを敷き、大き目のもので焼きフジツボを作るのだ。

残りは殻ごと軽くゆでてから冷凍保存し、順次、ダシに使うつもりだ。

味噌汁だけでなく、和・洋・中あらゆる食材に重宝しそうな予感がする。

焼酎お湯割を準備して、フジツボの焼き上がりを待つ。

なんだかドキドキしてきた。


 間もなく富士山の火口状の部分がジュクジュクと煮えて、豊かな磯の香りに包ま

れる。

さっそく棘抜き用の毛抜きで小さな爪のようなフタを挟んで中身を引っ張り出し、

フタと黒い食指は捨て、アツアツをパクリとやる。

「おほぉ~」

声が出る。

ネットのうわさはウソではなく、いくらか筋っぽさはあっても、アサリやホタテの

ようなグルタミン酸系の味がする。

海の塩分が染みとおっていてちょっとしょっぱいけれど、薄塩煮にすれば軽減でき

るだろう。

自分で採取したせいか、物珍しさもあってとにかくやたら美味い気がした。

身がほんの少しなのが残念でたまらない。

たちまち食べつくし、今度は小鍋に入れたカメノテをゆでる。


 水からゆでて沸騰するとアクが出るので、丹念にすくいながら4~5分だ。

待ち時間にホット焼酎をチビチビ飲(や)る。

「う~ん、シアワセぇ」

湧き上がる充足感に顔がほころびっぱなしだ。

これも爪の部分は食べられないので外し、その下の付け根の部分の皮をむく。

ツルンとした身はまさに貝で、味は確かにカニやエビに近いかも。

かも、というのは生涯において低所得者であった彼は、越前ガニや鱈場ガニ・伊勢

エビ・黒アワビなどの海の高級食材をあまり食べたことがなかったからだ。

ひとつかみのカメノテもあっと言う間になくなった。

(ああ、やっぱこっちのほうが旨味成分としては上かなぁ)

彼の評価はたちまちフジツボを裏切る。

 

 お次のメニューは、ワカメと刻み油アゲを少々投入しての潮汁(うしおじる)だ

これだけのダシ汁を無駄にしてしまう手はない。

一応、砂よけのために金網のザルで漉(こ)す。

ひと煮立ちさせてたった1つの椀に移し、近所の空き地から黙って頂戴してきたユ

ズの皮をそいで細切りにする。

パラパラと散らすと、たちまち料亭の味だ。

「うむ。良いぞ。余は満足じゃ」

見えない空気家来にのたもうて、今夜の晩酌を終了する。

消し炭も消えかけて、湯気を立てて煮詰まっている残りつゆは飯とアナアオサでリ

ゾットにした。


 腹も心もくちくなって、「う~ん」と伸びをする。

この食材で金を出したのは、ごく少量のワカメと1/4ほどの油アゲ、2合くらいの

米と焼酎だけだ。

それでこんなにも満たされる。

そういえばネットに『弧男は消費しない(サイレント・テロ)』というスレッドが

あったのを思い出す。

弧男はサバイバル生活に向いているのかも知れなかった。

小松田靖(こまつだやすし)はそんな自分自身に大いに満足して、風呂に入れるカ

ジメ(海草)を刻み始めた。


          *   6   *


 12月もクリスマス近くなると、海辺でカノとロマンテイックなひと時を過ごそ

うと企てる♂で、ホテルは満杯状態になる。

コロナもほぼ収束し、政府も規制解除した今年は例年以上ににぎやかだ。

この時期、観光地慣れしている地元民は、そんな旅行者たちに町を明け渡し、ひっ

そりと自宅で楽しむようになる。

小松田(こまつだ)もご他聞にもれず、5~6日に一度の買い物以外は海にも行か

ず、パソコン相手に一人遊びの日々だ。

昔は1人ボッチの疎外感に悩まされたり、♂を見る目のない♀たちに嫌悪の情を抱

いたものだが、性欲も落ち着いた今はむしろほほ笑ましく見守っている。


(ああ、キレイだな、でも、電気代が大変だろ~な。あ~税金かぁ)

駅舎越しに少し見える、南口広場のクリスマス・イルミネーションをボンヤリ見な

がら、そういえば、と思い出す。

(大人になってからろくにケーキも食ってないなぁ。生クリームの味、忘れちゃっ

た)

食欲がアタマを刺激して数字をはじき出す。

ここに移住してから2ヶ月半の現在、食費は6,000円ちょっとの黒字を計上し

ている。

知恵を絞ってタダのレシピに励んだ賜物だ。 

(クリスマスとお正月にはちょっとは贅沢していいよねぇ。年に1度だもん)

自分自身にお願いする。


 彼はとりあえず200mを歩いて、南口駅前の洋菓子屋に出かけた。

クリスマスが近いので予約の客でごった返している。

それだけ人気の店なのだろう。

だが、外に張り出してあるホールケーキの見本写真を見て仰天した。

(た、高いっ)

そう、一番小さな4号とかいうシロモノでさえ、3,000円を越え、スクエアタ

イプと呼ばれる四角くてでかいヤツは1万7,000円+消費税の高値だ。

低年金ジジイ存在など、最初から考慮に入れていないのだ。 

(うっひぇぇ。この町の店舗はど~してこんなに強気なんだろ)

ボヤいても現時点では、当然ながら値引きはされないからシオシオと帰るしかない

彼は自宅駐車場に駆け込むと、ケーキ屋よりかなり弱気の「赤字屋」を目指したの

だ。


 買い込んだのは、ロールケーキ5個切り250円×1・ホイップクリーム398

円×1・クリスマスケーキ用飾りヒイラギとロウソク詰め合わせ220円×1の3

品だ。

もちろん、これにもすべて消費税がかかるが、それでも1,000以下だ。

さっきの洋菓子屋の価格設定に比べてなんともうれしい数字ではないか。


 丸ごと冷凍しておいたキウイと保存ビンのキウイジャムを取り出す。

続いて実家から持ってきたディナーセットの洋皿を並べる。

ちょうど5枚あるのだが、大き目の肉皿なのでロールケーキ2個で一皿のバランス

だ。

手始めは、まだ半分凍った状態のキウイを4mmくらいにスライスし、それを1/2

の櫛型にカット。

優しい薄黄のケーキ1切れの中心から、少し上にずれた位置に、ホイップクリーム

を軽く渦巻いた形に5回盛り上げた。

そう、ソフトクリームの要領だ。

花びらのように形作った中に櫛型キウイを5枚、重なるように立てると、なんとな

くさわやかなユリの花に見えてくる。

その中から湧き出す形でキウイジャムを添え、一部をわざと皿にまでたらす。


 もう1個は、菊科の植物の白いデージーのイメージだ。

丸いスポンジの外側にホイップクリームをぐるりと2重に巻きつける。

この花びらの芯に薄緑のキウイジャムをたっぷり流し込み、中心部には秋の終わり

に作っておいた干し柿をナッツのように刻んで敷き詰め、さらにヒイラギとローソ

クを1本づつ飾った。

うん、ぐっとクリスマスっぽくなってイメージ通りだ。

これを軽く1個目にもたせ掛けて立体感を出すと、2つのデザインの異なるロール

ケーキが金縁皿に映えて実におしゃれだ。

やわらかなキウイ色のユリとデージーが、ほんわりと食欲を誘ってくる。

「おほっ、センスいい。ってか、これ、だれが作ったのよ。え~? おれぇ? ウ

ッソぉお~」

リアルで自分への感嘆の声が出てしまう。 


 彼は上機嫌で同じものをもう1組(25日用)をつくり、残りのひとつはバター

ナイフで全面にクリームを塗りつけて白くし、川の流れのイメージでホイップをし

ぼり出す。

よくある流水紋で、残りの刻み干し柿を部分的に散らすとなんとなく和風で、これ

は正月用の冷凍だ。


 小松田靖(こまつだやすし)は余ったクリームをしゃぶりながら、しばらく自分

の芸術作品にジッと目を落としていたが、突然、パソコンをかたずけるとデスクの

拭き掃除を始めた。

彼の家にはテーブルが1つだけ、つまり、コレしかないのだ。

表面がきれいに拭き上がると、整ったほうのユリとデージーの皿を運び、おもむろ

に表に飛び出して行く。

ほどなく東隣の農家の生垣のサザンカの花を持って戻って来た。

そして角度や構図を変え、バックのサザンカの位置を微妙に前後左右にずらしたり

しながら、セッセと写真を取り始めたのだ。


          *   7   *


 

 この時、彼の脳裏にはすでに完成した『ブログ』が浮かんでいた。

そう、孤独な低年金下流老人の彼はここに至って、自分のサバイバル食生活の実態

を世間に発信しようと企てたのだ。

華やかでにぎやかなリア充のグルメブログに混じれば、当然ながら見劣りするだろ

う。

それを赤裸々にバラしたレシートの金額や写真で補いながら、創意工夫を凝らした

レシピを発表すれば、興味を持つ人や賛同してマネをしてくれる老人たちもいるの

では?

彼は若いころ、印刷関係の仕事についていたことがあって、エクセルやワードより

フォトショップやイラストレーターのほうが得意なのだ。


 さっそく撮影した素材写真を加工する。

バックにさりげなく置いたサザンカを暗く落としてやんわりボカせば、まるで桃色

のバラのように化けてくれる。

強調したいキウイ色を少し濃くして、中心部だけ弱いハイライトで撥ねればグッと

奥行きが増して瑞々しく美味そうになる。

余計な皿の写りこみ部分をカットして、あっという間に完成だ。 

(う~ん。いいじゃない。腕落ちてねぇなぁ)

自分の若いころが思い出された。

彼はこの♂ばかりで♀は社長の奥さんだけという職場に新卒から13年ほどいた。

運悪く、そこが倒産して以来、派遣稼業から抜け出ることはなく、女性や結婚から

は遠ざからざるを得ない人生だった。

おまけに困窮して国民年金にすら入れない時期があり、現在の手取り6万以下の下

流老人に落ち着いたのだ。

まぁ、生涯を通じて貧しかったけれど、他人に迷惑をかけたこともなく、自分とし

ては恥じない人生だ。


 もう、今日はすでに12月23日だ。

イベントは明日に迫っている。

無料ブログを漁っていた小松田(こまつだ)はハッと気づいた。

完成写真にばかり気を取られて、スーパーから買ってきたばかりの素材写真を撮っ

ていない。

これは痛恨の失策で、レシートだけではインパクトが弱すぎるのだ。

いかにも安っぽいロールケーキ5個切り250円・ホイップクリーム398円・ク

リスマスケーキ用飾りヒイラギとロウソク詰め合わせ220円の実態写真があって

こそ、シャンゼリゼに本店のある超一流高級高額老舗人気ブランド店もかくやの自

作品の真価が明らかになるはずだったのだ。

味は別だが……。

彼にはもう一度、同じものを購入するだけの経済的余裕はない。

(あっちゃぁ、う~ん。でも、ま、いっかぁ)

弧男特有の処世術で過去を見捨てた小松田(こまつだ)は、新たな未来、つまり次

の地球規模的イベント『正月』に期待したのだ。


          *   8   *


 晦日(みそか)の12月30日は忙しかった。 

彼は午前中にはレジ籠をブラ下げて「赤字屋」にいた。

店内はいつもよりかなりの熱気でにぎわっている。

気後れしながらも先ず、日用品売り場に行き、20センチ四方の2段重を手に入れ

た。

プラスティックで梅の柄のある、なんちゃって鎌倉彫風だ。

着脱式の仕切りがあって1段目は2つ、2段目は4つに分けられる。

便利だし、なんと「超特売品580円+消費税」だ。

(や、安い)

今日明日で売れなければ、来年の正月前まで絶対に需要がないだけに、店側も原価

ギリギリまで値を下げたのだろう。

ちょっと感動モノだった。


 勇躍、食料品売り場に直行する。

だが、重箱で心が浮き立った彼はあえなく爆沈した。

(ったく、低年金ジジイは来るなってかぁ?)

地元民+観光客でごった返す生鮮食料品売り場は、タラバ・ズワイ・毛ガニ・イク

ラ・ウニなどの高級食材の大量入荷もあって、一ケタ違うんじゃないのと思える値

札ばかりだ。

いつも主役の地元産イセエビ・アワビ・サザエ・ホタテですら中央コーナーを開け

渡している。

ちょっと眩暈がして、ヨロヨロと練り物売り場に移る。

そこには正月用品のカマボコ・ダテ巻き・卵焼き・ニシンやサケのコブ締め・チー

ズや魚貝、野菜のパテなどのオードブルがきらびやかに並んでいる。

(え~? 小田原カマボコ3,428円、厳選ダテ巻き2,900円? だってコ

レに消費税が入るでしょぉ~)

計算する気にもなれない。


 それでも小松田靖(こまつだやすし)は順調に正月食材を手に入れていた。

1)刺身用冷凍赤エビ(大)4尾入りパック596円×1+消費税。

これは伊勢エビのかわりで2尾は尾頭付き塩焼き、残り2尾は1日の刺身にするつ

もりだ。

これで2品が手に入ったことになる。

2)小さめの生きトコブシをバラで178円×2+消費税。

アワビのつもりで煮つけとバター焼き、いや、鮮度によっては明日31日の刺身で

もいい。

3)サザエがわりのバイ貝。

これは生では唾液腺に毒があるので、煮ふくめてある小袋を購入399円×1+消

費税。

つゆは野菜の煮物の味付けにぴったりなのだ。

これで5品。

4)肉は安いトリ胸肉で充分で、667円(400g)パック×1+消費税。

カラ揚げ、ソテー、煮物、雑煮の具と、用途は多い。

5)レンコン小377円・ニンジン2本287円・こんにゃく169円・シイタケ

6個パック348円・ホウレンソウ代わりのコナツ菜200円×2。

野菜は主に煮物やいため物・おひたし・浅漬け用だが、これらもすべて消費税が加

算されるのだ。


 それでも、合計4,000円を少し越えただけだ。

黒字額6,000円はクリスマスで1,000円ほどを消費したが、まだ、1,0

00弱が余る。

最初に購入した重箱は食費以外の支出なので、問題はない。

彼はもう一度、売り場を物色し、マグロ切り落とし漬け丼用549円×1+消費税

と、買い忘れた年越しソバ99円×1+消費税、さらに誘惑に負けて千葉県産日本

酒『梅花」1340円720ml×1+消費税を購入した。

漬け丼用マグロは2日ちょい持つので、31日、1日の握り寿司にする予定だ。


 実は酒についてはこの間、焼酎を購入したばかりなのだ。

それなのにまた正月用の酒を買って予算オーバーしたのは痛恨の極みだが、1月の

食費から前倒しすればいいだろう。

なにせ、年に1度のことなのだ。


 帰りの道すがら、彼は40cmくらいの荒縄を拾った。

近くの社(やしろ)に新年の門松を立てた端材らしいので、ありがたくいただいて

我が家の注連飾りに使うのだ。


 まず、ご近所の空き地からこの前も失敬した小ユズを、枝葉のついたまま1つ持

ち去る。

このユズも見捨てられた放置物で、なにかで利用してあげなければ、やがてシワシ

ワになって落ちてしまう運命だ。

荒縄は両端を6~7cmくらい残しつつ輪にし、重なるところにユズの枝(正式には

ダイダイ)を固定する。

その左右に家の玄関先にあるナンテン(難転)の赤い実を、これも葉ごと均等に差

し込む。

木工用の針金で縛れば、タダの注連飾りの出来上がり。

(おれってホント器用だなぁ)

玄関ドアに下がる真新しい正月飾りにご満悦の小松田靖(こまつだやすし)だった

もちろん、このなんちゃって注連飾りは、彼のブログの冒頭を飾るのだ。


          *   8   *


 

 31日は朝からてんてこ舞いだった。

「弧男w下流老人のサバイバル底辺生活術♪」(ブログの表題)の初回構築の日だ

からだ。

昨日のうちに、購入した正月素材はすべて写真撮りしてある。

レンコン・ニンジン・シイタケ・コマツ菜・コンニャク・トリ肉などの煮物材料は

、クシ切りやイチョウ切り、短冊や賽の目に切って、それをバイ貝のつゆで煮込ん

でいるところも記録する。

野菜それぞれの甘みや風味を生かした薄味にし、彩りのコマツ菜は色味と食感を残

して、最後にサッと煮るのがポイントだ。

これでおせち料理の定番『煮物』はOK。


 余ったレンコン・ニンジンは適宜に切って、前に海で取ってきたフジツボを解凍

し、身を貝柱みたいに散らして、2枚の『かき揚げ』にする。

焼きそばの具の紅ショウガも転用して赤い彩りを加えるのも忘れない。

ついでにトリ肉にから揚げ粉をまぶした『トリから揚げ』も作成した。


 続いて、いかにも海辺の町らしく、まだ元気な生きトコブシだが、1つは殻を外

して『バター・ソテイ』、2つめは今晩の年越しの『刺身』にするつもりで放置。

火が通って多少縮んだソテイをまた殻にもどすと、小さなアワビそっくりで、なか

なかリッチだ。

忘れずに殻を外す手順も写真撮りする。

サザエ代わりの『味付けバイ貝』には手を加える必要はないのでそのままだ。

青々したコマツ菜は5cmほどに切りそろえてザッとゆで、塩昆布といっしょに絞

って正月らしい『昆布入りおひたし』にした。


 お次は5個ほど残っていた卵のうち、3個を使った『卵焼き』。

これは伊達巻や錦糸玉子のかわりで、いつもより甘々に仕上げる。

残り2個は塩出しした塩昆布やコマツ菜、レンコン・ニンジン・紅ショウガのクズ

を刻み込んだ『五目だし巻き』だ。

1/4ほど余って転がっているコンニャクは短冊に切ってから真ん中に切り落とさ

ないように切れ目を入れ、内側からクルリンとひっくり返すと、伝統の『手綱コン

ニャク』になる。

これは昔の武士の馬の手綱に形状が似ていることからこう呼ばれ、定番の1つだ。

バイ貝の最後の残りつゆにフジツボのダシ汁と醤油・みりん少々を加え、さらにト

リ肉を投入し、小口切りの鷹の爪でピリ辛に煮詰めた。


 ハイライトは刺身用冷凍赤エビ4尾のうち、2尾を有頭のまま筋切りして丸まら

ないように『塩焼き』にする。

焼きエビの良い香りがして、残り2尾の刺身用の殻は明日の雑煮のダシに使えるの

がうれしい。

この時点で、今日・明日のマグロズケ寿司の飯が炊きあがった。

 

 ふと時計を見るともう、23時に近いではないか。

(ええええ~?)

写真撮りを始めとする記録に意外と時間がかかってしまったのだ。

そろそろ、出来上がった食品を重箱詰めにしないといけない。

鮮度を保つために後回しにしていた生きトコブシを、大急ぎで刺身にする。

次に今晩用の3つのズケにぎりを作成して重箱に移動した。


 まず、壱の重1/2の仕切りに茶色の『トリから揚げ』げ、その横に4つに切った

1枚分の『かき揚げ』。

思ったとおり、ところどころ紅ショウガの赤が美しい。

フタはしないから重箱からワザとはみ出すように盛り付け、残り半分にはコマツ菜

の緑が点々ときれいな『煮物』と具材がにぎやかな『五目だし巻き』だ。 

続いて、重の真ん中からちょっと下の隙間になんちゃらアワビの『トコブシのバタ

ー・ソテイ』、それにほんの少し重なる感じで2尾の『赤エビの尾頭付き塩焼き』

を飾り付ける。

エビがけっこうデカいのでグッと豪華になった。


 (う~ん、すごくいいんじゃない?)

しばし、見とれてから弐の重にかかる。

これは4つに仕切ってあるから、まず、緑と黒の『コマツ菜昆布のおひたし』と、

こげ茶の『手綱コンニャク』。

これで2マスが埋まってしまう。

サザエのつもりの『味付けバイ貝』、黄色の『卵焼き』をつめるともう、満杯だ。

片隅に秋に作っておいた『干し柿』を2つ、これもちょっとはみ出して盛り付ける

弐の重は色合いが地味なので、仕上げに家の玄関先のナンテンの赤い実と葉をセン

スよく飾って終了だ。


 さて、今夜は定番の『年越しソバ』が必須の日。

麺が伸びてしまうのを恐れて最後に回したから、忘れてしまうところだった。

小松田靖(こまつだやすし)は苦笑して、フジツボ・トリ肉のクズでダシを取り、

残しておいた『かき揚げ』1枚をのせた。


          *   9   *


 さぁ、いよいよ完成品の写真撮りだ。

テーブルをもう1度拭きなおし、2つの重箱をそっと並べる。

構図を考えながらソバの位置を決め、今晩用の3つのにぎりと殻つきトコブシの刺

身皿をそえる。

思いついて、残りのマグロズケも刺身に加え、仕切りに濃緑のサザンカの葉を飾っ

た。

バランの代用だが、赤いズケと茶のトコブシ瑞々しくに映える。

(おお~。おれって天才? す、素晴らしいぃ)

プロ、しかも一流料理人にでもなった気分だ。

最後に、取って置きの千葉県産日本酒『梅花」1340円720ml×1+消費税

を安置する。

(う~ん。バックがつまんないな)

一旦、並べたものをすべて取り除け、テーブルを壁際に移動する。

4合ビンの隣の空間に自慢のなんちゃって注連飾りを立てかけると、

(うっほ。もろ正月)

最高の演出になった。


 パシャパシャ続けざまにシャッターを切る。

手前のズケにぎり・刺身・ソバの丼。

後方の2段重と酒ビン。

バックの締め飾りとも相まっていつまで見ていても見飽きない。

(これは31日用だから、1日のは明日写真撮りすればいいよな)

そう、元日は重箱はそのままでも、ズケにぎり5個・赤エビ2尾の刺身・雑煮・ク

リスマスの時に作っておいた白い冷凍ケーキと、メニューが少し変わるのだ。

その部分は明日、また新たに作って写真撮りだ。

(あ、雑煮の餅忘れた。ま、いっかぁ)

そうだ、肝心なものの購入を忘れていた。

だが、ズボラの彼はあわてない。

(小麦粉をよく練って平べったく丸めて揚げちゃえば、おしゃれな揚げ餅じゃん)

と、即座に代用品を思いついていた。


もう、除夜の鐘の時間だ。

充足感にニタつきながら、いつもの焼酎お湯割りを作る。

今夜のにぎり・刺身・ソバをシンクの片隅の調理台に置き、満ち足りた気分でハシ

を取り上げた。

北側の4m道路を隔てた家族が近所に初詣にでも行くのだろう、車を出す音がする

(うん、例年になくいい年越しだな。春になったら、フキノトウやワラビが出るぞ

。忙しくなるなぁ。そうそう、道端のナノハナを少しもらって、おひたしやゴマあ

えもいいな。でも、イヌ畜生の糞尿には気をつけなくちゃ。ったく、イヌ飼いは不

潔で他人様が困っていてもわからないバカだ。イヌ畜生は家に閉じ込めて出すな)

そう、田舎暮らしにとってイヌ飼いもイヌ畜生も極悪なのだ。


一瞬、新年の明るい期待を打ち消すような怒りと迷惑が交錯するも、ズケにぎりに

たちまちほおがゆるむ。

小松田靖(こまつだやすし)はpcを立ち上げ、ようつべで日本の童謡を流しながら

焼酎とつまみをのんびりと口に運ぶ。

(ああ、1人ボッチもいいもんだんぁ)

明日からは初めて立ち上げるブログ編集が生きがいになる気がして、なんだかこそ

ばゆい。

(人気が出ても出なくても続けるぞ~っ)

そんな気合を入れる2023年の始まりだった。

 

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弧男、中古住宅を買う(下流底辺老人のサバイバル生活術) 上松 煌(うえまつ あきら) @akira4256

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