第9話 嘘だろ!? 新たな魔法少女登場‼
杏子は吞気に鼻歌なんか歌いながら歩いていた。少しテンションが高い理由は杏子の手に握られているエコバッグの中にある。
『超特売 高級たまご』十二個入りで一パック百五十円。安い。けど怪しい。
普段ならばおばちゃんたちが殴り合いながら買うスーパーのタイムセール品を運よく二つも手に入れられたのだ。前回の
「よくこんな怪しい卵ために殴り合えるね。理解に苦しむよ」
エコバッグから顔を出したコメットが言う。
「皆少しでも節約してぇのさ。それに多少怪しくても焼けば何とかなる」
高級卵も手に入ったことだし今夜は親子丼にでもしようか。安く済むし、簡単だし。何なら奮発して三つ葉とか乗せてしまおうか。そんなことを考えていた杏子のすぐ傍の道路に突如、爆音と粉塵が舞う。
「何だ急に!?」
周囲で人々の悲鳴が聞こえる。地下の配管でも爆発したのかと思ったが杏子はすぐにそれが見当違いであると悟る。魔力を感じた。
「人払いの魔法!? まさか!」
粉塵の中から現れたのは異形の怪物。今更説明されなくともわかるだろう。ネフィリムだ。感じる魔力で階級は
「ちっ! こんな真昼間から! コメット、バッグ持って離れてろ。卵割るなよ」
杏子は防護柵を飛び越えて道路のど真ん中へ飛び出す。杏子はネフィリムの前に立ちふさがる。ネフィリムも杏子を見てすぐに自身の敵だと理解したようで身構える。
『エンゲージ・マギカ エンチャンt』
「そこの人‼ 逃げてください‼」
変身しようとしていた杏子の呪文を遮るように誰かが言う。直後、魔法攻撃がネフィリムに直撃すると同時に杏子の体が何かに思いきり後方に引っ張られる。見るとそれは植物の蔦であった。かなり後方に引かれた杏子の頭上を飛び越え、入警官のような帽子を被った少女がれ替わるように杏子のいた敵の目の前に降り立つ。
「大丈夫ですか!?」
杏子の顔を覗き込むように見たのはもう一人のショートヘアの少女。来ているのはフリルのついたピンク色の衣装。手に持っているのは先端にハートのオブジェが付いたステッキのような何か。
杏子は信じられないものを見るようにもう一度ネフィリムと対峙する帽子の少女を見る。彼女は帽子もそうだが全体的に警察官を彷彿とさせる衣装を身に纏っていた。
「今度は逃がさない!」
『
するとネフィリムの背後から黒い不気味な装飾の箱が出現する。箱の前面が開き、獲物を丸呑みにする怪物のように容赦なくネフィリムを閉じ込める。中でネフィリムが暴れているのか、箱はしばらくガタガタと揺れていたがすぐに静かになった。そうして静かになった箱はそのまま地面に潜るように消えてしまった。
中のネフィリムがどうなったのかは考えるまでもないし考えたくもない。
相手は間違いなく
一つは杏子も持っている必殺の魔法である
それだけでも目ん玉が飛び出そうだが。
「ケガとかありませんか? 立てますか?」
地面に座り込んで呆然としていた杏子に少女が優しい口調で手を差し伸べる。
しかしその手は杏子のものと比べると小さい。そして座り込んで少女を見上げる杏子からでもわかるほど少女の背丈は小さい。杏子が立ち上がるとその差はより明確になり杏子の頭二つ分ほど小さかった。先ほどまでとは打って変わって今度は少女を見下ろした杏子の頭に懐かしい赤色の背負いカバンの記憶がよぎる。
そう。彼女たちはどこからどう見ても、小学生である。
一度に複数の驚きがあったせいで処理が追いつかない杏子はこれが夢なのではないかと思い改めて、つい目の前の少女を見つめてしまう。
ぼんやりとした表情の杏子を見て少女は困惑した様子を見せる。
「ど、どうしよう。
「外傷がないなら精神的なショックかも。記憶を消せば大丈夫だと思う」
「うぅ、罪悪感あるからあんまりやりたくないんだよねぇ・・・」
記憶の消去。初めてネフィリムと遭遇した時にコメットが梅子に使った魔法と同じものだろう。その正確さと強力さは普通に生活している梅子自身が本人も知らぬうちに証明してくれている。この魔法が使われれば間違いなく記憶が飛ぶ。
ショートヘアの少女は杏子に向かってゆっくりと手を伸ばす。
「いや、やめろし」
現代っ子らしい言葉と共に杏子は少女の手を払いのける。当然だが記憶を消されるわけにはいかない。初めて自分以外の魔法少女に出会った。自分以外に魔法少女がいるのは驚きだったがそれよりも同じ目的を持つ仲間に出会ったことが重要だ。
この偶然の出会いをなかったことにしてはいけない。
「ごめんなさい。でもこうする決まりで」
「待てって。アタシもマギカの力を持ってるんだ」
杏子の言葉に今度は少女たちが明らかに驚いた表情を浮かべる。当然の反応だろう。初対面のそれも助けた相手が自分と同じ力を持っていると言ってきたら驚かないはずがない。杏子は証拠に魔力があることを見せる。
「それじゃあお姉さんも魔法少女としてネフィリムと戦ってるんですか!?」
「まあな」
ショートヘアの少女が眼を輝かせる。純粋で可愛らしい反応だ。杏子と同様に他の魔法少女と出会ったことがなかったのだろう。大多数のネフィリムに対して極少数しかいない魔法少女。この心細い状況で仲間に出会えることがどれだけ嬉しいことか杏子も痛いほどわかる。
「あ、あの私、
「アタシは
自己紹介しながら杏子は彼女たちの若さに内心驚愕する。小学五年生ということは年齢にすると約十二歳。杏子より五歳ほど若い。背も明らかに低いし、手も小さい。そのうえ性格も純粋無垢だ。容姿と性格ともにあどけなさがある。
「アタシにもこんな時期があったなぁ・・・」などと杏子は昔の自分をしみじみと思い出す。あの頃は若かった。そんな年寄りのような感覚が湧いてくる十七歳である。
こんな子どもが命懸けで戦うのは年上としては少し複雑な気分だが同じ敵を相手にする仲間として手を取り合っていかなければならない。どれだけ彼女たちが若くて可愛げがあったとしても彼女たちは貴重な戦力であり、世界を救うヒーローの一員であることに間違いはない。
今度は杏子から優花に向かって手を差し出す。偉い人と出会ったわけでもないのに握手を求めるのはどこか照れくさいがこういう時はやはり握手に限るだろう。素直な優花は嬉々として差し出された杏子の手を取ろうとする。
新たな仲間
参戦‼
かと思いきや有栖が遮るように言う。
「待って。私たち以外に魔法少女がいるなんて聞いたことない」
「で、でも魔法だって使ってたよ‼」
あと少しで握手できそうだったのに優花の手が引っ込められる。初手から疑いに掛かって来るとはこの有栖という少女、小学生のくせに可愛げがない。しかし杏子だって自分以外の魔法少女がいたことを知らなかったのだから疑いの目を向けられるのも仕方のないことだろう。
「本当に魔法少女なら変身してみてよ」
杏子は有栖に言われた通り魔法少女に変身してみせる。目の前の少女たちのような衣装など無く、相変わらず見た目は何も変わっていない。
「それっぽいことなら誰でもできる」
「ええ!? 変身したのに!?」
まあ確かに見た目が私服過ぎて説得力がないのは事実か。それに有栖の言う通り魔法を使えばそれっぽく見せることならできる。魔法少女の身分証明がこれほど面倒とは思ってもみなかった。誰か魔法少女の免許証を発行してくれ。杏子が困り果てているとそこにヘトヘトになっているコメットが飛んできた。
「僕のプリチーな体にあの量の荷物は重すぎるよ~」
ナイスタイミングだ。コメットの存在は魔法少女であることを証明になる。杏子は少し特殊な成り行きであるため例外だったが有栖たちは妖精に勧誘される形で魔法少女になったはずだ。
「ほら有栖、妖精! 妖精連れてるよ‼やっぱり本物だよ」
そうだよ。お姉さんは本物だよ。少し食い気味に言う優花に対してそれでも有栖は冷静だった。
「それ込みでネフィリムのスパイかも」
「ええ!? 僕こんなにプリチーなのに!?」
残念だがコメットがどれだけ『きゃるるん☆きゃるるん』と可愛い子ぶっても有栖には響かないらしい。優花は説得を続けてくれているがこれも意味はなさそうだ。
「優花、プータローも言ってたでしょ。「相手を簡単に信用するな。特にアインシュタインとかいう妖精はロクでもないから気を付けろ」って」
妖精のアインシュタイン。はて? どこかで聞いたことがあるような。コメットを見ると珍しく怒りの形相を浮かべてメタルバンドの音楽でも聞いているのかと思うくらいヘドバンしていた。
「プータロー!? あの穀潰し‼ 僕への借金も返さないくせに勝手なことを‼」
そういえばコメットの本名の略がアインシュタインだったか。どうやらプータローとやらはコメットの知り合いらしい。有栖を説得しようと頑張る優花、冷静に論破する有栖、発覚するプータローという人物(借金有)、怒りに任せてヘドバンするコメット。色々と情報が追加されて場はカオス状態である。
「何だこの状況・・・」
杏子は何だか色々面倒くさくなって青い空を見上げることしかできなかった。
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