第10話 魔法少女仲良し大作戦
結局、魔法少女たちからの信用を得ることができず、彼女たちはその場から去ってしまった。優花は申し訳なさそうにしていたが有栖の方は杏子のことを見向きもしなかった。人間だったからとりあえず攻撃されなかっただけで杏子たちの扱いはネフィリムと大差ない。
新たに出会った魔法少女たちから信用を得るのは難しそうだ。杏子は台所に立ってそんなことをぼんやりと考えていた。
コメットはあれからずっと喧嘩腰で小さな体を使ってシャドーボクシングを繰り返している。どうやらプータローとやらに相当お怒りのようだ。
「プータローめ。会ったらとっちめてやる! ね? 杏子ちゃん!」
「ぬーん」
ぼんやり杏子は適当に答える。
「おい間宮!! 今日こそはお前を病院送りにしてやっからな!!」
「ぬーん」
ぼんやり杏子は目の前の不良たちのことなど見えていないようでずっと少し上を見上げている。お空のお天気が気になるのかもしれない。
「野郎どもやっちm」
「ぬーん」
ぼんやり杏子は不良たちを適当にぶちのめし、地に伏せた不良たちに興味を示すことなくぼんやりしたまま教室へと戻る。今日も今日とて学校の不良たちとの昼休みの戯れが終わり教室に戻っても杏子はずっと少し上を見上げてぼんやりとしている。
「杏子、アンタ大丈夫?」
「ぬーん」
梅子に話しかけられても「ぬーん」している杏子の顔は普段の整った顔ではなく素人が三秒で描いた落書きのようなやる気が感じられない溶けた表情になっていた。なんというか顔面がリアル作画崩壊している。
そんな杏子を見て呆れた梅子は持っていたフォークで杏子の手を軽く突き刺す。
「んぎゃっ!! 何すんだよ!?」
「いつまでも呆けてるからよ。何かあったの?」
「いや、そのぉ」
「悩みがあるなら言ってみなさいな。梅子お姉さんが相談に乗ったげる」
杏子にしてはやけに歯切れが悪い。梅子はそんな杏子の様子を見て訝しむがすぐに何かを察したのか成長した娘を見守る母親の如く優しい微笑みを見せる。
「その、誰にも言わないって約束できるか?」
「当然でしょ?親友の悩みを他人に喋ったりするほど私は薄情じゃないわよ」
杏子は話すのを躊躇する。梅子はそんな杏子を見て急かすことなく杏子から話すのを待つ。しかし杏子はなかなか話を切り出せない。それを見て梅子はますます嬉しそうにする。
「ふふっ。恋の悩m」
「小学生と仲良くなる方法、知らないか?」
梅子の言葉をかき消すように杏子が言葉を被せた。杏子は梅子の目を見て言う。梅子は優しい微笑みのままだ。そしてその微笑みを顔に張り付けたままスマホを取り出すとどこかに電話をかける。
「もしもしポリスメン?ここにショタコンが」
「待ってくれ!! 女だ!!ってそうじゃなくて!」
「すみませんロリコンの間違いでした。ええ。もう楽にしてあげてください」
「警察が力を持ちすぎたディストピアか!? クソっ! こうなるのが嫌だから話したくなかったんだ」
恋の悩み?そんなものはない。自分よりも弱い意気地なしな男しかいないのだから恋をする理由はどこにもない。そんなことよりも杏子の頭の中を埋めていたのは有栖のことだ。当然ロリコンだからではなく魔法少女だからだ。彼女からの信頼を得るため、ともに脅威に立ち向かうため、そしてあわよくば「杏子お姉ちゃん」と呼んでもらうために策を考えていたのだ。
しかし杏子にあるのは同年代との喧嘩の経験ばかりで子どもと打ち解けるためには役に立たない。
「何で小学生と仲良くなりたいわけ?」
「えーっとそれはぁ、ちょっと誤解を解きたいっていうか、打ち解けたいというか」
魔法少女のことをバカ正直に説明できない以上、説得力のある嘘が必要なわけであるが杏子はちぐはぐに答えることしかできない。「小学生 仲良くなりたい 理由」とでもウェブ検索すればマシな答えが出てくるだろうか。
梅子は懐疑的な目を向ける。
「とりあえず自分ではどんな方法を考えたの?」
「お菓子で釣る。正面に立ちはだかる。こっそり声をかける、とか」
「私が小学生だったら速攻で
事案になるようなアイディアばかりで笑えない。もし最強の不良が小学生に声をかけた事案でお縄になったら流石に他の不良たちも笑えず反応に困るだろう。
「ちぎりパンやるから何かアイディアくれ」
ちぎりパンのひとかけらを差し出す杏子に梅子はため息をつく。
「わかった。でも事案はやめてよ?」
「へへっ、さすがだぜ相棒!」
「本当にアンタはいつになったら普通の女子高生になれるのかねぇ」
その日の放課後、早速杏子は梅子に考えてもらった案を実行する。
と言っても難しいことはない。結局のところどう頑張っても向こうが杏子を不審者認定し
一つ。口調は優しく。
二つ。目線を合わせて。
三つ。怖い顔しない。
とりあえずこれだけ守れば女子高生なら逮捕されない。・・・はずだ。
しかし有栖を探さないことには始まらない。本当ならば有栖が下校するところを待ち伏せ・・・ではなく、偶然にも見つけられるのが確実でありベストなのだが小学校と高校ではどう頑張っても下校時間が合わない。仮病を使って学校を早退しようにも残念だが不良として常に教師にマークされている杏子ではすぐに見抜かれてしまう。
そのため有栖と出会えるかどうかは運任せとなってしまったのは辛いところだ。しかし時間を掛ける価値はある。このまま宙ぶらりんな関係では来たるべき時に力を発揮しづらくなる。魔法少女が一丸とならなければ敵には勝てない。
故に『魔法少女仲良し大作戦』
絶対に失敗できない世紀の大作戦だ。杏子は気合を入れて有栖を探し始める。探す当てはないがあの真面目そうな性格の有栖のことだ。塾の一つや二つ通っているだろうから出会える確率は高いはずだ(偏見)。
奔走する杏子だったが有栖は見つからない。というか有栖がどんな見た目だったのかもあまり覚えていない。つい昨日顔を見たはずなのに記憶が若干曖昧だ。しばらくあちこちを探し回っていた杏子だったが結局見つからなかった。こうしてあちこち歩いているとネフィリムを探していた時を思い出す。
今回はあの時とは違いそこそこ手掛かりがあったため見つけられると思ったのだが現実はそう甘くないらしい。
「ちくしょー見つからねぇ。小学生のうちは家2割、外8割で過ごすだろ普通」
杏子が小学生だった5年前と現代では遊び方が大きく変わってしまったらしい。杏子は立ち寄ったコンビニで漫画雑誌を立ち読みしながらぼやく。これだけ探して見つからないならば今日は諦めるしかないか。
そう思っていた矢先、ふと外を見ると目の前の横断歩道を老人と少女が渡ろうとしていた。それを見た時、杏子の脳内にビビッと電流が走る。
「んだよ。運命はアタシにベタ惚れかぁ?」
杏子はコンビニを飛び出して少女たちのところに向かう。
「ありがとうね。お嬢ちゃん」
「気にしないで。それじゃ」
無事に老人と横断歩道を渡り切った少女の前の行く手を遮るように杏子は立ちはだかる。
「探したぜ。有栖」
「・・・誰?」
見つけた少女が有栖だったことは嬉しいが有栖のその一言に杏子は若干の苛立ちを覚える。まったく失礼なガキんちょだ。しかしイライラしてはいけない。そう、イライラしてはいけないのだ。相手は小学生。小さなことでイライラしていては年上としての威厳がない。
「忘れちゃったのカナ?杏子お姉さんだヨ?昨日会ったでしょ?」
梅子に言われた通り普段より優しい口調で話す。有栖は杏子のことを思い出したのか露骨に嫌そうな顔をする。少しは隠せ。
「私習い事あるから」
「偉いねぇ。ちなみに有栖ちゃんは何の習い事をしているのカナ?」
「・・・ゲーミング鷹匠とアクロバティック華道」
「予想の斜め上をいく習い事に困惑なう」
塾とかかと思ったら全然違った。華道はともかく鷹匠を習い事にしている小学生は片手で十分数えられる程度しかいないのではないだろうか。というかそれよりも鷹匠や華道がカタカナと合体しているのは一体どういうことだ。鷹は七色に光らないし、華道は静かな習い事だったと思うのだが。
「何?」
「魔法少女同士だしぃ、仲良くしようと思ってぇ」
杏子はあくまでも優しく寄り添うように言う。それに対して有栖の方は完全に冷めているようで大きくため息をつく。あまりにも冷め過ぎている反応にこちらがこんな慣れない喋り方をしているのがバカバカしくなってくる。
「あなたは信用できない。プータローも高校生の魔法少女は知らないって言ってた。マギカの力は妖精族のもの。その妖精が知らない存在はむしろ警戒すべき存在だと思うけど?」
悔しいことに言い返せない。これまで大して気にしていなかったが杏子の持つマギカの力には謎が多い。杏子が魔法少女になったのはコメットが原因ではない。与えられた力というよりも発現した力と表現した方が近く、その様子にコメットも当初は困惑していた。
つまるところコメットはおろか、杏子自身にさえわからない正体不明の力だ。
「どうすれば信用してくれる?」
「どうやっても信用しない。でもそれは正体不明の力だけが理由じゃなくて、あなたの素性も関係している」
「何?」
「間宮杏子、A校どころかこの街随一の不良。何人も病院送りにしたり、人から金銭を巻き上げたり、万引き、脅迫、恐喝、恫喝、他にもあなたの悪事は挙げればキリがない」
「病院送り以外やったことねえよ」
最悪だ。杏子の噂は小学生にも広まっているらしい。それも尾ひれがついた悪い部分だけ。ほとんど冤罪だが病院送りは事実であり、恐喝やら恫喝は自信が無いため完全には否定できない。小学生の間では杏子は完全に教育に悪い女子高生になってしまっているようだ。
「私はそんな暴力的な人と関わりたくないし、正義の魔法少女だとは認めない。だから信用しないし、仲間だとも思わない」
有栖はそう言って立ち去ろうとする。
「お、おい」
「これ以上続けるなら不本意だけど、ただでは済まさない」
周囲の空気が一気に張り詰める。「ただでは済まさない」という言葉は彼女の正体を知らなければ戯言にしか聞こえないだろう。しかし魔法少女の言葉となれば、それはその言葉の通りのことを意味している。
このまま引き下がりたくはない。有栖の言葉にそのまま乗っかることはできる。だがそれで一体どうするというのだ。ここで戦ったところで何も解決しない。むしろ暴力は有栖と溝を深めてしまう。
「あなたは私たちとは違う」
有栖は振り返ることなくそう言い残す。杏子は何も言えずに去り行く小さな有栖の背中を見ていることしかできなかった。
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