第7話 アタシ、そういえば魔法少女だったわ‼
敗北したわけではない、だが勝利したわけでもない。どっちつかずの結果だったと言えるだろうのが杏子からすればこれは敗北だ。敵を逃がした。あれを追撃できてさえいれば決着はついていたのにあと一歩届かなかった。自分の実力不足が生んだ失態だ。
杏子は自宅の狭い浴槽の中でぼんやりと先ほどの戦いを思い出していた。
考えれば考えるほどあのセコい敵の能力と自分の無力さに苛立ちが募る。指先で頬に触れるがコメットが治してくれたため傷はもうない。今は無きあの傷は敗北の屈辱そのものだ。だからあの傷の礼を返したい。やられたままでは終われない。そんな気持ちが胸の奥に火を点ける。
魔法少女らしくない考えだが杏子は魔法少女である前に不良である。売られた喧嘩は買って最後に「ザコだな」と上から目線のレビューを付けなければ気が済まないのだ。
(ん、魔法少女?)
杏子の頭の中で何かが頭に引っ掛かった。
(魔法少女。魔法少女、魔法少女‼)
杏子は全身から水が滴るのも気にせず全裸のまま風呂場から飛び出る。そうだ自分は魔法少女だ。すっかり忘れていたが魔法少女とは1つの記号ではない。魔法を使う少女という二つの単語の組み合わせなのだ。
ならば杏子だって魔法が使えるはずだ。
「コメット!! 魔法教えろ!!」
「ん? いきなりなnあああああああ!! 白塗りの魔法!!」
コメットは後ろを向いて小さな腕をブンブン振る。
すると全裸だった杏子の大事な部分を謎の白い光(光量強め)が隠す。
「マジかアニメみたいになってやがる。全然見えねぇ。こういうのとか教えろ‼」
「いいからまず服着てよ!!」
落ち着きを取り戻した杏子は濡れた髪をタオルで拭きながら言う。
「そもそも魔法少女なのに魔法もないうえに素手で戦ってるのがおかしいんだ。普通は魔法のステッキとかあるだろ」
「それは戦う杏子ちゃんをひと目見た時から全人類が思ってたことだよ」
魔法少女と名乗りながら魔法を出さないどころか武器らしいものもなく拳一つで敵を倒すという前代未聞の戦い方をしていたわけだがそれでは詐欺になってしまう。魔法少女を名乗る以上やはり魔法が必要だろう。それに敵が何かしらの能力を使うというのならこちらもいつまでも素手で戦っているわけにはいかない。ゲームと同じでレベルアップしなければ勝ち目はないのだ。
「じゃあまずは基礎! 手のひらに魔力を集めるのをやってみよう」
そう言うとコメットの小さな手に光の球体が現れる。
「これは魔力が具現化したものだよ。まずはこれをできるようになろう。魔力の制御ができないと魔法は使えないからね」
「どうやってやるんだ?」
「全身の魔力集まれーって感じで」
説明がふわっとしすぎているが杏子はとりあえず手に力を入れてみる。魔力のことはわからないので代わりに血液を集中させるようなイメージでやってみるが変化はない。ただ少し疲れて手汗が出てきただけだ。まさかこの手汗が魔力ということはないだろう。
筋トレとも勉強とも違う形のないものを習得するのは難しい。体のどの部位を使えばいいのか、何の知識を使えばいいのかわからない。自分の持つものが全く役に立たない。
「もっと魔法を使っている自分を想像して。想像は力だよ」
そもそも魔法のイメージが湧かないため幼稚園児が描いた絵のような抽象的な想像しかできない。杏子はスマホで魔法少女について調べる。やはり魔法少女と言えばアニメ。役に立つかは分からないが魔法少女たちを参考にしようというわけだ。
「なるほどなぁ、今時はこんな感じなのか。てかパンツ見え過ぎじゃね?」
「どこを見てるの!?」
「戦いよりも触手とか服破けるシーンの方が多いなぁ‼」
やはりアニメはアニメ。杏子たちのように殺伐とした戦いはしていないし、魔法が使えないなどという描写もない。始めから魔法が使える画面の向こうの彼女たちが羨ましいものだ。触手に絡まれたり、パンツを晒されていること以外は。
とりあえず魔法を使う漠然としたイメージとスカートが良くないことはわかった。
もう一度、魔力の制御を試してみる。今度は目を閉じてアニメの魔法少女が敵に向かって放っていた攻撃をイメージしてみる。手に余計な力は入れず、優しく触れるような柔らかさと掌から押し出すような感覚を感じながらイメージと感覚を合わせる。
そうすると手のひらに風と温かさを感じる。まるで春風のような心地よさがある。
目を開けると手の中に光。しかしコメットのような球体ではなく数学の教科書で見るような三角錐だ。
「あれ? 球体じゃねえのか」
「魔力の具現化はその人の性格とか特性が出ることがあるんだ。杏子ちゃんのは性格通り尖ってるね」
「これで戦えるのか?」
「そんなわけないでしょ。これは基礎の基礎。ようやく立って歩けるようになったのと同じだよ。戦えるようにするには放出と形成は最低限できないと」
やることはまだまだある。しかし悠長に魔法の練習をしている場合ではない。ネフィリムが街に潜んでいると分かった以上、放置してはおけない。大きな被害が出る前に
「なら五日、いや三日。それで物にする」
「三日!? 無理だよ! どれだけ大変だと思ってるのさ!」
「敵はのんびり待ってくれねえよ。
敵に準備する暇を与えるわけにはいかない。だから三日が限界だ。こちらの準備時間も少ないのはつらいが魔法という戦いの基本、武器を短時間で習得できないようならきっとこの先何もできない。杏子は出遅れているのだ。だから敵に驚異的な速度で追いつかなくてはならない。
「杏子ちゃん。この三日、きっとつらいことになるよ?」
杏子はその問いを鼻で笑う。
「アタシは中間テストを毎回一夜漬けで対策してんだぜ? 何かを覚えるのに三日もあるなら十分すぎるぜ」
コメットは呆れたように息を吐いたが杏子の言う通り敵は待ってくれない。厳しい条件なのはわかっているがそれでもやるしかないと腹をくくる。
「よーしじゃあ早速今からやるよ!」
「おう!」
三時間後
「完全に理解したわ」
「うーん、この天才児」
二年?いやいや。三日?いやいやいや。天下の大不良様である間宮杏子からすればこの程度の修行など一日あれば十分だ。杏子自身はまったく知識のない魔法という分野において基礎を身に付けるのに最低でも三日は必要だと思っていたのだが一度感覚を掴んでしまえばなんてことはなかった。嬉しい誤算だ。
「魔法ってのは要するにあれだ。ケンカとか・・・あ、あとエロ漫画と同じだな」
「違うよ!? 神聖な魔法をそんなものたちと一緒にしないでもらえるかな!?」
魔法とエロ漫画のどこに共通点があるのかはともかく、拳に力を入れているだけではケンカに勝てないのと同じで魔法も体の色々な部位を使う。体を使った感覚を掴むことができたのは不良だったからだ。
相手ぶん殴るための単純な暴力で世界を救うためのヒントを得たのは皮肉なものだが杏子は無事に魔法に関する知識を自分のものにした。その証拠に手のひらに魔力を集めると先ほどとは違い簡単に魔力を具現化できる。
「魔法の才能あるんじゃないかなって思ってたけどまさかここまでとはね」
コメットが驚嘆するのも当然で杏子の才能は本物で一を聞いて十を知るとはまさにこのことだった。教えられている間、学んだことの習得とそこからの応用を自身の頭と体で理解していたが、何よりもコメットが教えようとしていたことを先回りして習得している場面がこの数時間で何回もあった。
たった数時間で新たな概念を理解するその能力は天賦の才と言わざるを得ない。
「形にはなったけど物足りねぇ。もう少し頑張れば何か掴めるような気がする」
杏子の中にもどかしさが沸き上がる。魔法の基礎は大体理解した。しかし、体はまだ限界を感じてはいない。それどころか明らかに力を持て余している。自分はまだまだもっと上に行けると感じる。そしてそのためにはマギカの力が必要だ。
マギカと魔法。別々の二つの強い力が合わさればより強い力になる。単純な足し算だがそれこそが目指すべき目標であり、最低限辿り着くべき場所だと今ならわかる。
マギカと魔力を融合させるようなイメージで杏子は再び手に魔力を集める。
すると手に感じていた魔力の温かさが冷たさに変わる。スイッチの切り替え、あるいは何かの境界線を越えたような変化だった。これまでの感覚とは違う。だが体中から何かが沸き上がるようなこの感覚の正体には覚えがあった。
「マギカの力が‼」
魔法少女に変身する時と同じ感覚だ。変身の呪文を唱えてもいないのに力が溢れてくる。魔力が激しく輝きを放ち、部屋を光が白く塗りつぶす。何も見えない中、杏子は誰かが耳元で囁く声を聴いた。
『ようこそ、始まりへ』
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