第5話 今日もアタシは不良少女
魔法少女になった杏子の日常は意外といつも通りのものだった。まず学校に行き、終わったらバイトに行って最後には帰宅する。これだけだ。ネフィリムとの遭遇は少なく週に1、2度戦うかどうかであり、相手も雑兵である
そしていつも通りということは杏子の行動も特に変化がないということで・・・
「覚悟しろよ、この虫野郎‼」
「ひぃぃぃぃ‼」
学校の人目に付かない場所にて杏子は不良の胸ぐらを掴むと不良を一本背負。これがオリンピックだったならば3回はリプレイ映像が流れているであろう綺麗な投げだった。魔法少女になっても喧嘩っ早さは健在で杏子は今日も今日とて不良たちに絡まれてはそれを返り討ちにするという世界を守ってくれる魔法少女とは思えない日常を送っていた。
「どうした? 来いよ‼」
「くそぉ‼」
杏子は諦めずに向かってくる他の不良たちを次々となぎ倒していく。今のところ杏子には一切怪我はない。アクション映画の主人公並みの無双ぶりは不良たちをすでに圧倒的な絶望のどん底に叩き落していたがそれでも簡単に退けない、弱みを見せないのが不良である。彼らにもプライドがある。綺麗なままの制服姿では帰れない。勝てないのはわかっているがそれでも向かうのだ。
そんな勇気も虚しく不良たちはコテンパンにやられてしまう。
「んだよ、お前らも威勢だけは良いタイプか」
「てめぇ覚えてろよ‼」
安っぽいセリフを残して走って逃げる不良たちにまったく関心のない杏子は制服の汚れを払う。といっても目に見える汚れなど何処にもないのだが。
「お前らみたいなザコ誰が覚えるかよ」
「ちょっと杏子ちゃん! 僕たち正義の味方なんだよ!何で喧嘩しちゃうの‼」
「しょうがねえだろ? 突っかかって来るんだからよ。てか出てくるな。見られたらどうする」
人々のために戦う魔法少女の正体が人をボコボコにしまくっているヤベェ不良だと一体誰が想像できるだろうか。これもう普通に詐欺だろ。プリプリ怒るコメットを適当にあしらって杏子は教室へと向かう。
しかし教室に戻る途中の廊下で女子生徒とぶつかる。軽くぶつかった程度で互いに怪我などはない。どうやら相手が歩きながらスマホをいじっていたらしい。問題の後にまた問題。自分の運の悪さが恨めしい。
「ごめなさ、ひっ‼」
杏子の胸くらいの身長の小さな女子生徒は杏子の顔を見た途端に言葉を失い、表情は恐怖で凍り付いた。まるで天敵に遭遇した小動物。それがその状況に最もふさわしい例えだろう。小動物は動けない。
逃げるように去ろうとすれば殺される。余計なことを口にすれば殺される。
機嫌を損ねれば殺される。どうすればこの恐怖の対象を安全にやり過ごせる?
いや不可能。出来ることは何もない。全ては強者が決めることだ。
しかし緊張の中に割り込む者がいた。きっちりと着こなした制服、なびく長い黒髪。
「何をしているのかしら? 間宮さん」
風紀委員の
咲良が割り込んできた理由は明白。この状況は誰がどう見ても不良の杏子が気弱な生徒にカツアゲでもしようとしているようにしか見えない。本来ならば他の可能性も十分に考えられるはずだが『杏子がそこにいるから』というあまりにも単純な理由によって可能性の幅は大きく縮まっていた。悲しいことに1度染みついた印象というのは人の思考にさえも簡単に影響を与えてしまうものだ。
「ソイツがぶつかってきただけだ」
咲良はちらりと女子生徒を見るがすぐに杏子の方に直る。
「さっきボロボロの生徒が数人いたけど?」
「転んだんだろ」
咲良が疑っているのは明らかだった。つい先ほど喧嘩で不良をボロボロにしてそのまま他の生徒にカツアゲ。そんな連続で問題を起こすような行動は不良にしても肝が座りすぎているが校内トップクラスの間宮杏子ならばありえない話ではない。そう思っているのだろう。険悪な雰囲気が周囲に伝播する。
杏子はこの雰囲気とこの時間の無意味さに面倒くさくなって咲良たちを無視してその場を去る。本当ならぶつかってきた女子生徒に説教でもしたいものだがそれは叶わないようだ。
「ちょっと!」
「問題は何も起きてねえだろ」
「喧嘩のことも」
「それだってアタシがやった証拠はねえよ」
杏子は振り返ることなく適当に手を振りながら言う。怪物に見逃してもらった女子生徒は緊張の糸が切れたらしくその場に崩れ落ち、すぐに周囲にいた友人たちが駆け寄る。友人たちは女子生徒に「良かったね」「大丈夫?」と心配そうに声をかける。
(何が『大丈夫?』だよ。そもそもてめぇの不注意だろうが。何でアタシが悪者になってんだよ)
杏子は心の中でそうぼやく。この立場のすり替えに誰も気が付かない。むしろこの現状こそが自然であるとさえ思っているだろう。
杏子はこの学校の悪の象徴だ。
どれだけネフィリムから人々を守ったとしてもそんなことを知っている者などいない。だから今日も今日とて不良どもは突っかかってくるし、生徒たちは杏子を恐れている。杏子は誰もが恐れる不良のままでヒーローではない。
本来持ち合わせることのない善と悪、その両方の側面を持つ矛盾した魔法少女。
それが杏子だ。
杏子は少しだけ不愉快な気持ちを抱えながらようやく教室に到着した。
「また喧嘩とは随分お忙しいようですね。杏子さん?」
席に座るといつも通り親友の梅子が呆れ混じりのため息をついて皮肉をぶつけてくる。
あれから梅子の様子におかしなところはない。ネフィリムに襲われ負った重傷はコメットが完璧に治し、記憶にも細工している。少し心配だったが当時の出来事を覚えているような素振りはない。
「ため息ばっかりだと幸せが逃げるぞ」
「おバカ、アンタのせいだっての」
嫌われ者であることは変わらないが同じように親友と過ごすこの時間も変わらない。変わっていくのは誰にも見えない杏子の日常だけだ。それでいいのだ。
「最近住宅街で変な人影が出るって噂聞いた?」
色々あって未だ昼食を取れていなかった杏子はパンの袋を開いて首を傾げる。藪から棒なうえに話の内容があまりにも抽象的過ぎて何を言っているのか全く分からなかった。
「夜道で物音がして『誰かいる』って思って振り返っても誰もいないんだって」
「い、犬とか猫だろ」
唐突始まった怪談にも杏子は冷静に返す。これも魔法少女をやっているからこそ身についた冷静さだろう。
「何言ってるかわからないけど囁くような声が聞こえて確実にどこかにいるのに姿がなくて不気味だって学校でも結構噂になってるのよ」
「ただの不審者だ。警察が解決するさ」
「さらに聞いた話ではその場所では大昔に凄惨な事件があって、人の首が」
「あーうるさい!聞きたくない!」
杏子はぎゅっと目を閉じて耳を塞いで会話をシャットアウトする。やっぱりダメだった。魔法少女として不気味なネフィリムたちと戦っていても杏子のビビりは健在だ。こんな安っぽい怪談でも軽く手が震える程度には今日も絶好調。杏子はとんでもないビビリだが特に幽霊系が苦手だった。
幽霊系の特番を見た後は小動物並みにはぷるぷる震えるしトイレにも行けないし布団から足を出して寝られない。『リング』や『呪怨』なんか見ようものなら登場人物が呪いで死ぬよりも先に作品の知名度と雰囲気だけで杏子がショック死する可能性が高い。
「落ち着きなよ。大丈夫?漏らしてない?」
「ガキんちょ扱いすんな! ビビッてねぇわ!」
5秒前の自分の言動を是非ともじっくりと思い出してほしいほど恐ろしく早い虚勢。
なおパンを持つその手は震えは隠せていない模様。
「人影だかヒトカゲだが知らねえが出会ったらアタシがぶっ飛ばしてやるっての‼」
「ヒトカゲだったら捕まえてきて。うちで飼うから」
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