第3話 遅れて変身!魔法少女ミロワール
翌日
学校に到着した杏子は自分の席に座るとスクールバッグを開く。
「あ、こんな場所からこんにちは」
スクールバッグの中から犬なのか猫なのか、はたまた熊なのかリスなのかよくわからない妖精が顔を出す。杏子はしばらくそいつを見つめた後、そっとバッグのファスナーを閉じた。
「気のせいだよな」
幻覚でも見たのだろうか。何だか見覚えのあるものが見えたような気がする。杏子は少し冷静になってからもう1度ファスナーを開ける。
「あ、こんな場所からk」
杏子はバッグに手を突っ込んで自称プリチー妖精の胴体を鷲掴みにする。
「何でいるわけ?」
コメットとは昨日出会ってから確かにさよならバイバイした。もう会うことはないはずでスクールバッグの中から出てくるはずがないのだ。
「ボク行くところがないんだ。だからしばらく君と一緒に行動するね。えっと間宮杏子ちゃんだっけ?」
「イカレてんのか!? 堀川君みてぇなこと言ってんじゃねえぞ」
いつの間にか勝手にバッグの中に忍び込んだうえに杏子の意見をガン無視して一緒に居ようとするのは自己中心を超えてもうただのサイコパス思考だ。しかもバッグの中のものから杏子の個人情報を得ているのもたちが悪い。こんな危ない思考のどこにプリチーな要素があるというのか。肩書をプリチー妖精からクレイジー妖精に変更することを打診したいものだ。
「それにネフィリムがいるかもしれないし。混乱が起こらないように偵察をだね」
「それ以前にお前の存在が混乱を引き起こしかねないけど!?」
ネフィリムとやらは脅威なのだろうがそれ以前にコメットの存在が発覚すればそれはそれで問題だろう。喋る人形がもし見つかれば間違いなく注目の的になる。最悪の場合は宇宙人のような扱いを受けて捕獲されて解剖や実験され悲惨な末路をたどることになりそうだ。例えコメットがどうなろうと杏子の知ったことではないが関係者として巻き込まれ、世界の闇の部分に葬られたくはない。
「とにかく鞄の中で大人しくしてろ」
「いやでも」
小声で論争していた2人だったがそこに声をかける者が現れた。
「おはー」
杏子は素早くコメットをバッグの中に押し込めてファスナーを閉めた。声をかけてきたのは気の置けない幼馴染である梅子だった。梅子は杏子の前の席に座る。どうやらコメットの存在はバレていないようだ。杏子は思わずホッと息をついた。
「何か話してたみたいだけど電話?」
「あぁ、えーっと。まあそんな感じ」
適当にごまかした杏子だった本当の大変な時間はここからであった。時折バッグが突然もぞもぞと動いたり、どこからか「たすけてー」とか「わー」というか細い声が聞こえてきて教室が少しだけざわついたり常に肝を冷やしっぱなしだった。
当然目立つ動きなどできるはずもなく、杏子は冷や汗をかきながら蠢く自分のバッグを静かに押さえつけることしかできなかった。おかげで普段は右耳から入って左耳から抜けていく授業内容が今日に限っては耳に入ることすらなかった。今日唯一幸運だったのは他の不良に絡まれなかったことだ。
そんなこんなで今日も長かった学校が終わりようやく放課後。無駄に疲れ切っていた杏子は梅子と共に下校していた。
「大丈夫?」
「大丈夫、たぶん。きっと。おそらく」
「ダメダメじゃん」
梅子は軽くため息をつくと近くの自販機で缶ジュースを1本買った。
「これあげるから頑張んな。杏子がそんなじゃこっちも調子狂うからさ」
杏子が梅子からジュースを受け取ろうとしたとき、肩にかけていたスクールバッグが不意に後方に動き、杏子はそれに引っ張られよろけて1歩後ろに後退った。
そしてそれと同時に目の前の梅子が胸から血を噴き出して倒れた。勢いよく噴き出した血が杏子の肩や頬、スカートに飛び散った。付着したのはほ大した量ではなかったのだろう。しかし制服や頬に付着した血液はその程度でも十分に異彩を放っていた。
「は?」
杏子には何が起こったのかわからなかった。分かるはずもなかった。今はただ梅子がジュースを買ってそれを杏子が受取ろうとしただけ。たったそれだけの特別でも何でもない普通の動作だけだった。だが現に梅子は倒れた。それも血を流して倒れた。何の前触れもなく突然。梅子の体から流れ出した血が大きな血だまりを作って地面を伝って杏子の靴に触れる。
「梅子‼」
まったく訳の分からない状況だが放心している場合ではない。まずは梅子の命が最優先だ。杏子はポケットからスマホを取り出して119を押す。しかし何故か繋がらない。杏子がスマホを見る。
「電波がない?」
スマホの右上の表示には圏外の文字が表示されている。ここは街中だ。当然電波のない場所ではない。圏外になることなどありえないのだ。杏子には理解できない何かが起きている。混乱する杏子をよそにバッグからコメットが飛び出す。
「ネフィリムだ‼」
杏子はコメットの見ている方に視線を合わせる。ソレはそこにいた。薄汚れたコートを着ている男だ。だが明らかに人間味のない見た目をしている。肌はペンキでも被ったかのように白く、スキンヘッドで額には何かのマークが大きく刻まれている。それだけですでに奇妙だが何より特徴的なのは魚のようにギョロリとした目玉。今にも取れてしまいそうなほどに飛び出ていてその周りはかきむしったような傷だらけだった。
口は縫い合わせられているがその方法はあまりにも粗雑で何度も何度も縫合したのかボロボロで血まみれ。白い肌が僅かに赤く汚れている。
両手には歪な月鎌が握られている。人間味のない目がじっと杏子たちを見ている。
まるでホラー映画に登場する怪物のようだがそこにいるソレはエンターテインメントなどでは到底表現できないほどの不気味さと恐怖を体現していた。まさに異質。この世ならざる存在。これがコメットの言っていたネフィリムという敵。鎌を持ったネフィリムは動くことなくただこちらを凝視している。
「杏子ちゃん‼ 逃げよう‼ このままじゃボクたちも危ない‼」
「バカか! 梅子を置いて行けるか‼」
「何言ってるんだ!? 今は自分の心配をするべきだよ‼」
梅子を見捨てればそのまま梅子は死ぬ。だが背負って逃げても追いつかれて2人とも死ぬ。どちらにせよ梅子は助からない。大切な友達が死ぬ運命は変えられない。だから杏子に与えられた選択肢はたったの1つしかなかった。
「・・・お前の魔法ってやつで梅子を助けられるか?」
「できるけど一体何を」
「アタシがアイツをボコる。その間に梅子を治してどっか逃げろ」
「無理だよ‼ 君はただの人間。相手はネフィリムの
杏子は肩を回すと梅子たちを庇うように前へ出る。
「やってみないと分からねぇさ」
杏子は不気味なネフィリムに立ち向かうために勇ましく立つ。そこには安っぽいホラーに怖がる弱気な姿もただ喧嘩して暴れるだけの低俗な姿もなくただ純粋に友達を救いたいと願い、目の前の敵をぶん殴りたいと怒る間宮杏子という女が立っていた。
変わらぬ様子で杏子を凝視する
睨み合いなどという悠長な時間はなかった。杏子と
しかし
「それは当然やせ我慢だよな?」
「いいや」と返答する代わりに杏子の脇腹に回し蹴りが直撃する。力強い蹴りに視界がぶれると同時に体に感じたことのない勢いが掛かる。杏子は吹っ飛ばされて建物の壁に激突し、そのまま力なく地面に倒れた。全身に痛い。走った時と同じくらい息苦しい。口の中に血の味が広がる。
『死ぬには早いと思わない?』
杏子の頭の中で誰かの声が聞こえる。
『抗ってみて。この運命に』
頭の中の誰かが嗤う。悟っているように、全てが茶番であるように。
『一緒にイキましょう。空っぽなお人形ちゃん』
杏子は声の主が誰かは問わない。それを問うても無意味だと分かっていたから。一体何が起きてるのかなどどうでもいい。選ぶことなどできない。答えはやはり1つしかないのだから。
「言われなくたって・・・やってやるさ!」
全身の痛みを我慢しながら杏子は立ち上がる。気を抜けば倒れてしまいそうなほどの重傷だがそれでも
杏子は天に拳を掲げる。すると握りしめた手の中から光が溢れ出す。
『エンゲージ・マギカ‼』
杏子の頭の中に言葉が浮かぶ。何かはわからないが唱えろと自分の中の何かが訴えている。
『エンチャント・ミロワール‼』
すると光がより一層強くなり杏子を包んだ。体から痛みが消えた。力が腹の底から湧いてきた。体が満たされるような感覚とわずかな高揚感。一瞬にして体のコンディションは先ほどまでの状態からは想像できないほどに好調になった。
杏子が自身を包む光を払うと光は霧散した。そこにいるのは変わらず確かに杏子だが何かが違う。ただの杏子ではない。
「エクスマギカ・ミロワール。いや、魔法少女って名乗るべきか。やられた分たっぷりお返しさせてもらうぜ」
そうして
「これはアタシの分‼ これもアタシの分‼ これもアタシの分だ‼」
強烈なアッパーカットが
「そしてこれは‼ こんなクソみてぇなことに巻き込まれた梅子の分だぁ‼」
落下してきた
「杏子ちゃん・・・君は一体・・・?」
コメットはただ静かに呟いた。
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