追放者サイド 5 落ちぶれたレギナンス伯爵家

「くそっ! 何で俺がこんな目に! 」


 ザック・レギナンスは「ドン」と大きな音を立てて執務しつむ台を叩いた。


 ここはザックの執務室。

 広い部屋に多くの書類が置いてある部屋でそこに彼は座っていた。


 本来ならば綺麗に整頓せいとんされてほこり一つない状態が普通なのだが、今この部屋は貴族の執務室とは思えないほどによごれている。

 それもそのはず使用人達の退職によって掃除が行きわたらなくなったからだ。


 (退職禁止令を出したはいいもののこれでは……)


 ザックは苦虫にがむしつぶしたような顔をして拳を更にぎゅっとめた。


 使用人や騎士達の一斉いっせい退職によってこのやかたは人手不足におちいった。

 そのままではダメだと即断そくだんし退職禁止令を出したのだが、残っているのは純粋なこの家の者達。

 本来ならば喜ぶべきなのだが、そうでもない。


 密偵みっていとして入ってきていた使用人達はこの家を調べて本家に報告するために、率先そっせんして掃除などを行っていた。

 だがそれに甘えたのはこの家の者達だった。

 疲れる仕事を押し付けて自分達は優雅ゆうがらす。そのような生活を送っていたせいか、現在彼らはそのつけを払わされている。

 それもあってか執務室まで掃除が行き渡っていない。


「こほ、こほっ! 」


 ほこり塗れの部屋でせき込むザック。

 少し頭に血が上り過ぎているのか顔が赤い。

 ふぅ~、と息を吐いて落ち着くとノックの音が部屋に響いた。


「旦那様。お食事の時間でございます」


 ザックはメイドに連れらて廊下を歩く。

 途中使用人達に出会うが誰も頭を下げようとしない。

 それに苛立いらだつも、何も言わずにザックは進む。


 (我慢だ。人手を解消したらこいつらをクビにしてやる!!! )


 現状彼らをクビにすることは出来ない。何故ならばクビにしたら館の維持すらできなくなるからだ。

 拳を握り血がしたたる。

 気にせずに血の道を作った。


 ★


「……なんだこの料理は」

「いえ、そもそもこれは料理なのですか? 」

「一般的な食事になっております」

「ふざけるな!!! どこにスープとパンだけの料理がある!!! 」

「スープとパンがあるじゃないですか。立派な料理でございます」


 目の前に置かれた料理に激怒するザック。

 しかしその怒りを受けても平然へいぜんと返すメイド達。


 彼女達は嘘を言っていない。

 これは一般的な「平民の料理」だから。

 しかし貴族が、しかも高位貴族である伯爵家の当主とうしゅが食べる物かと言えば疑問が残る。


 メイド達は明らかな敵意てきいを隠しもしない。

 何せ今の不遇ふぐう待遇たいぐうはアルトを追放したザック達にあり、そして自分達が解雇されないという自信があるからだ。


 少しするとエルドが入って来る。

 着席し食事を見てザックと同じようにエルドが怒るも、受け流されて渋々食事をとるのであった。


 食事をとった後、ザック達は一つの部屋で顔を合わせていた。

 そこには疲れた顔のザックに肌がボロボロのカタリナ、そして怒りを隠しもしないエルドがいる。

 エルドのでっぷりとした体はすっかりせこけている。

 それも日々の食生活の改善の結果と言えよう。


「父上。なんで奴らに罰を与えないんですか!!! 」


 ドン!!! と机を叩いてエルドが怒る。

 それと同時に「ぐぅ」とお腹が鳴った。

 続いてカタリナもエルドに同調する。

 しかしザックは溜息をつきながらも現状が見えてない二人に言った。


「今奴らをクビにすればこの館は本格的に回らなくなる」

「他の者を雇えば良いじゃないですか! 」

「やっている!!! 」


 ザックが大きな声でエルドに怒鳴る。

 その勢いにエルドはひるんだ。

 父から𠮟責しっせきを受けることがあまりなかった彼からすれば、余程のショックだったようだ。


「はぁ、エルド。現在このレギナンス伯爵家は孤立無援むえん状態だ。それは分かっているな? 」

「……」

「でどの派閥にもくみできていないこの伯爵家に誰が人員を寄越してくれると思う? 」

「そ、そんなの一般公募こうぼすれば」

「それができるのならばやっている」

「どういうこと? 」


 エルドの案を即座に否定するザック。

 カタリナは首を傾げてザックに聞く。


「カタリナ。この領地、いやこの伯爵家の評判は分かるな? 」

「……いえ」

「貴族からは『裏切り者のレギナンス』、平民からは『放火魔一家』だ」

「「……」」


 その言葉の元凶げんきょうである二人が押し黙る。

 半分呆れめが入っているのかザックは疲れたように続けた。


「で? そんな家の使用人になりたい奴なんていると思うか? 」

「それは……」


 と言いかけて口を閉じるエルド。

 結局の所解決策もなくエルドは自室に戻った。


 ★


「何で悪魔がこの部屋にいる」

「いえ様子を見に来たのですが何やらお話の途中だったみたいで。勝手ながら部屋に上がらせてもらいました」


 汚れた部屋をエルドが行く。

 机に向かっているのだがチラリと悪魔の方を見た。

 悪魔の周りだけ不自然に綺麗だが、何も言わずに席に着く。


「お前のせいで大変なことになったんだが? 」


 静かな声でエルドが言う。

 しかしながら気にしていない様子で彼に答えた。


「いやはやこればかりは私も予想外でしたね」

「お前のせいでっ——」

「責任転嫁てんかはやめていただきたい。私は提案しただけ。それにあそこまで力量差があるとは思いませんでしたし」

「お前ならばこうなる事がわかっていたんじゃないのか! 」

「私は未来視をする悪魔でも、ましてや全知たる神でもございません。そこら辺にいる一介いっかいの悪魔たる私に押し付けられても困ります」


 そう言われエルドは浮かした体を椅子に沈めた。

 その様子を見ながら「愉快愉快」と内心微笑みながらも悪魔はおどけた様子で提案する。


「どうやらストレスがまっている様子。ならばその鬱憤うっぷんらしては如何いかがかな? 」

「どうやって」

「いえね。チラリと外を見たのですがこの家の人達は主たる貴方とその父君に反抗的。引きめる意味でも一人ほど燃やしたら如何かと」

「もうその手には乗らないぞ? 」


 悪魔の提案に警戒しながらエルドは言う。

 しかし悪魔は更に続けた。


「しかしここで引き締めておかないと大変なことになりますぞ? 」

「どういうことだ? 」

「簡単な事です。これさいわいとこの家、領地を乗っ取りに来る者がいてもおかしくないということです」

「? 」

「この家に多くの諜報ちょうほうがいるのをご存じで? 」

「なんだとっ! 」

「今の状況は他の家につつ抜けでしょう。ならばこの広大こうだいなレギナンス伯爵領を乗っ取りに来てもおかしくない。故に引き締め、強い時期領主がいることを見せつけるのです。そうすれば他家の干渉かんしょうも少なくなるかと」


 それを聞き大きく目を開けるエルド。

 そしてエルドはすぐさまその場を去っていった。


 嘘の情報を信じたまま。

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