みんなでサイコさんの島

 俺がゲームっていうかエスコンをしてると、

「ねえ……」

 と真希にスゴイ不安そうな声をかけられた。

 背後からそういう声フッとかけられると、ちょっと怖い。

「どうかしたのか? ――よし撃墜ブルズアイ

「あたし、サイコパスかもしれない」

 と彼女は言った。

 なんだ、そんなことか。ネット診断にでも影響されたんだろう。よし、撃墜。

「そうか」

 と答えて俺はゲームを続けた。ハイ撃墜。

「ちょっと、真面目に聞いてよ」

「うん、聞いてるよ」

「真面目に聞いてない」

 しょうがねーな。俺はポーズをかけて、コントローラを置いた。

「ちゃんと聞いてるって。サイコパスかもしれないんだろ。難儀だな」

 真希は少し驚き交じりなほうけた顔をした。

 キレイに口が開くんだな。診やすくて歯医者さんが喜びそう。

「あんた何よその反応。なんか軽い感じ」

 軽いっていわれてもな。重くも無いしなァ。

「だってサイコパスって、素質だけなら100人に1人以上はいるんだぞ。つまり学年に何人かいるわけだ。たとえば500人の学年なら、5人以上は確実にいるわけだ。フツーに廊下歩いてる人だ。珍しくない」

「え、それホント?」

「どこの統計か忘れたけど、あらかたその程度だろ。なんか体感そのぐらいじゃね。こう、特別変わった感じがする人の割合って」

 お前とか。

 という冗談が、ノドまで出かかったので飲み込んだ。

 表向き怒るけど内心喜ぶだろうし。そういうヤツである。

 彼女は憮然とした表情のまま、指先であごをかいている。

「そうかなぁ。あたし結構当てはまっちゃうと思ったんだけど。心理テストたくさん受けたけど」

 どうせ、恣意的にそれっぽい答えばかり選んだんだろうな。

 なんで皆、イレギュラーな特別になりたがるんだ。これじゃその内、フツーが異常になるだろうに。

「よし。じゃ、俺がテストしてやろうか」

「え。そんな事できるの」

 彼女の目が輝いた。が、すぐに冷めた疑いに染まった。

「でもどうせテキトーなんでしょ。あんただもん」

「おいおい、見くびられたな。小遣い目当てのいい加減なネットコンテンツと一緒にするなよ。なんせ実技テストだからな。間違いない、任せろ」

 俺は一気に言い切って、さらに親指をたててみせる。

 すると、真希はしどろもどろし始めた。

「実技テスト? そ、そうなの? じゃあ、どーしようかなぁ。じゃあ、そこまで言うなら、じゃあ、しょうがないから、じゃ、あたしが受けてあげようかなぁ。まあ、受けてあげてみてもイイかな」

 もう好奇心ダダ洩れじゃん。

 と、このツッコミもノドまで出かかったので、飲み込んだ。

 しかし、ここまで盛り上げておいて、やらないのも流石に可哀想だな。

 よし、試してみるか。

「オーケー。ちょっと待ってろ。実技だから、ちょっとだけ道具が必要なんだ」

 俺は足取り軽くバスルームへ向かった。

 背中の方では真希が、

「しょうがないなぁ。早くしてよ? ちょっとしか待たないよ?」

 とか言ってる。声からワクワク感が隠せてない。

「さて、使うのはこの安っぽいアメニティ、何の変哲もないT字カミソリだ」

 と俺はT字をひらひらさせて見せた。

 んで、カミソリを指に挟んで振ってみせた。

「ほーら、カミソリがクニャクニャ曲がりまーす」

「そういうのはいいから。早くして」

「もう一つはこの洗面器だ。床を汚さないよう、一応な」

「床? このテスト、あたしは何するわけ?」

「ああ大丈夫だ。お前は見てるだけでいい。このカミソリをこうやってだな――」

 俺は固くコブシを握って左腕を構え、力を込めた。

 大きく息を吸い込んでから、カミソリの刃を思いっ切り前腕部に押し当てる。

「――ウデの皮をぐ! ぐうう」

「え、ちょ何してんの⁉」

「話しかけるなっ!」

 押し付けたカミソリを、ゆっくりとスライドさせていく。

 赤黒いわだちが、俺の腕に伸びていく。うめき声が漏れる。

 真希が思いっ切り悲鳴をあげた。

「やめて! やめてよ何してんのよっ、ねえ、ねえ聞いてんの!」

 あ、こいつ半泣きしそう。

 俺は構わず、カミソリの刃をヒジの方向へ、ぐいぐい押しすすめた。

 腕の赤い帯はさらに伸びる。脂汗が浮いてくる。

「行くトコまで……行く!」

「もうだよ、やめて、やめてよ!」

 なんか体当たりしてきたので俺はあわててホールドアップ。

 彼女のへろへろタックルをいなした。あっぶね。

「やめた。ほら大丈夫。やめたぞ。一応はこんなんでも刃物なんだから、飛びついたら危ないって」

「……へ?」

 彼女は勢い余ってへたり込み、俺を見上げている。

「腕、あんた腕のケガが」

「切れてない。逆向きに刃あててたんだから。意外に気付かれんな」

「でも血、血が」

「洗面台のお前の口紅だかリップから削り取った。薄いと思ったけど、けっこう血っぽくなった」

 真希は顔面蒼白のまま、呆然としている。

「以上のテストで、おまえはとってもとっても、共感能力が高い人間と分かったわけだ。他人のケガで血の気を失うほどだから間違いない。サイコパスじゃなくて良かったな。俺の演技もなかなかだったろ」

 真希はすっくと立ちあがり、何やら玄関口のほうでゴソゴソやりだした。それからスタスタ戻ってきた。なぜかクツ履いてる。

「……どうした?」

「死ねっ!!」

 カミソリと洗面器で手がふさがっている俺のみぞおちに、彼女は渾身のトゥーキックを叩き込んだ。あ、つま先めりこんだ。息できない。痛い。

「〝〟はやめてあげたわ。感謝しなさい」

 水月も、急所なんだが。

 悶絶する俺をよそに、真希はスティックの損傷を確かめ、ため息をついている。

「あーあ、お気に入りだったのにこんなに削っちゃって。実際アンタこそサイコでしょう。まったく」

 後日、デパートコスメ一式を弁償させられた。いやなんで一式まるっと弁償せねばならないのか。

 俺は抗議したが、

『見るだけで猛烈に腹が立つから、もうあれはポーチごと使えなくなったの』

 とキッパリはねられた。

 一理ある気もする。それに、たまには俺も反省くらいする。

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