わたしはあなたのほにゃららルララ

 俺は、部屋のレースカーテン越しに黄昏の空を楽しんでいた。

 ビルディングでギザギザに刻まれているが、美しい。

 人生で同じ空は、二度と見ることができない。

 あの赤銅色は一度だけ、今だけなのだ――とかとか、ボーンヤリひたってる俺の後ろで真希はなんか、女友達とぺちゃくちゃ電話している。

 よく話題が尽きないな。もう2時間ぐらい話してるんじゃないか。

 まあそれはそれ、このおしゃべりは彼女にとって大切なことなのだろう。

 超絶インドアなレジャーホテル生活をしているし、ストレス解消は大事だ。

 彼女は彼女で俺を見つつ、

(あのバカ男、なんで夕日あびてアホ面してんだろ……)

 と思ってるかもしれない。

 何とはなしに、会話の内容に耳を傾けてみた。

 すると、ぬけぬけと

「今あたし海外旅行中だからぁ~」

 とホラを吹いている。常軌を逸している。

 俺は驚きを通り越し、感心を突き抜け、尊敬した。

 オイすげえなコイツ。このレジャーホテル海外かよ。どこの国の飛び地だ。

 常軌を逸している。

 電話が終わったようだ。真希はハイなまま、黒髪を乱し若干トンだ目で俺に声をかけてきた。すごい楽しそう。

「ねえねえ!」

「なんだ」

「あんたの電話って鳴らないよね!」

 なにやら勝ち誇ってやがる。

「まあ、そうだな」

「ズバリ友達いないんでしょ」

「そうかもな」

「えっ」

 ここで真希は、すんなり肯定されて、むしろ不意をつかれたらしい。

 昨日の夕飯がどうしても思い出せない、みたいなヘンな表情をして黙った。

 しばらく言葉を探しているようだった。

 次に、今日の夕飯がどうしても思いつけない、みたいな切ない顔になった。

 見てて飽きない。

「ご、ごめんね。傷ついた?」

 と彼女は言った。

「えっ? いや、なにも傷ついてない」

 ああ、なるほど。

 彼女にとって『友達がいる』ことはなんか、そこそこ得意気な事なのだろう。

 で、ここぞとばかり冷やかすつもりがアッサリ認められた。結果、逆に罪悪感が湧いてきちゃった流れと思われる。半端なヤツめ。

(アタシったら残酷な事実を認めさせてしまった言わせてしまった!)

 とかそんな感じだろうか? たまに自分のアタマのキレが怖いぜ。

 しかしちょっと説明がメンドくさいな。

「まあまあ落ち着け。俺は友達がいない……か少ないが、友人はちゃんといるので大丈夫」

 真希はきょとんとした後、

「どう違うの、ソレ」

 と言った。

「そうだなァ」

 俺はため息をついた。そうなるよなー。理屈なら陶芸家なみにコネるんだが、コレは理屈のハナシじゃないからな。

「俺にも、少なくとも2、3人は友人として信じているヤツがいるのだ」

「へえ。アンタが誰かとつるんだりするの、あたし見たことない気がする」

「連絡なんか数年とってないヤツもいるし」

「えー、それって友達といえるの?」

だよ。助けが必要ならなんか連絡が来るさ」

「どう違うの?」

「俺が信じて、裏切られても後悔しない相手だ。求められれば俺はあいつらを助ける。金だって貸すし、多少のムリもする。結果どうなっても俺は後悔しない。向こうもそうだろう。互いにそう信じてるような、そういう相手さ」

「だからそれ、友達とどう違うのよ?」

「複数形じゃないんだ。切れるとか遠ざかるとかは無い。どちらかが裏切ったとき、ってだけだ。そのときはすごくツライと思うが、それでも後悔のない相手」

「んん。ちょっと分かった……かなあ。ちなみにどんな人?」

「同じカマのメシ食ったとか、同じ敵相手にしたとか、おなじ苦労した仲とか。そんな感じかな」

「女の子?」

「一応まあ女もいるな」

 ふぅ~ん、と真希はわざーとらしく言った。

「へえ、そう。女の子もいるの」

「なんだよ、だれかに妬かれるようなカッコイイ関係じゃないぜ」

「どーかしらねー。焼けボックリってやつは火が付くと、そりゃよく燃えるのよ」

「ボックリじゃない。ぼっくい、な。木の杭、と書いてボックイだ」

 俺は宙に指で字を書いた。

「でも松ヤニってよく燃えるんでしょ。じゃ松ボックリでもイイじゃん」

 お、おう。なんかすごく気の利いた返しだ。やるな。

「まあ仮にどんな関係だって、お前が心配するこっちゃない」

「じゃ、あたしってあんたにとって何なのかな。友達? 友人?」

「へ。どっちも違うような気がするが」

 思わず間の抜けた声がでてしまったが、俺は何とか続けた。

「遊び友達やら飲み友達よりちゃんと向き合ってるとは、思うぜ」

 真希は前髪の下で全く何も反射しない、異様にドス黒い虹彩から真っすぐ俺を見つめている。

「そう。あたしはなんでもいいよ。あたしをこの部屋に置いて、フッとどこかには行かないよね」

 あれ。いやコレ睨んでないか。でも薄紙くらいに口元が笑っている。

 恐っ。怖い、じゃなくて恐いぞ。

 あとで非常階段の位置みとこ。

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