心はサムライ(獅子はウサギにもなんたらⅡ・今回ウサギも悪い)

「ねね、起きてよ」

 肩を揺さぶられた。おいやめろ。

 俺はまだ寝ていたい。この夢は暗くてふわふわで、頭が冴えていて、もっと浸っていたい。

「ねえ、起きて」

 ホントやめてくれ。

「なんだよ……」

 畜生。まぶたの血管を透かして突破してくる光がすげぇ痛い。

 意識のピントが具象性を持ち始める。眠りの中のコトバの奔流は去っていった。真希か。なぜ俺は揺らされてる。

〝基本的に、たがいに眠ってたら起こさない〟

 それが俺と彼女の間の不文律だ。なんとなくそう思ってたが。

 何時に寝なきゃ明日がツライとか、何時に起きなきゃダメとかのシガラミからせっかく解放されているんだから――というのが、俺の内心の建前で――まあ、俺も彼女もわりと自堕落で、個人主義的なので結果そうなっている。そのへんがおそらく真実。しかしそう思っていたのは、俺だけだったという事だろうか。

「ねえゲームしよ、ゲーム」

 と彼女は、ミジンコほども罪の意識のなさそーな声で言った。

 なんだよ、そんな理由か。

「あとで。ねむい」

 体をひるがえしてベッドにもぐり、さらに闇をむさぼろうとした俺の肩がしっかり掴まれた。

「ちょっとだけでいいからさ。ゲームしよ」

「いやだ寝る」

「少しでいいから、ねえ」

 なんかヘンだ。俺は、彼女が何故こんなにこだわるのか気になってきた。そうなるともう意識は現実に引っ張られる。ガッチリ釣り餌くわえて水面から引っこぬかれたハゼのように、俺は泥沼の中から急激に、完全に覚醒した。

 あーあ、この感じ。すぐ二度寝はムリだな。

「どうしたんだよ。俺がわりと寝付き悪いの知ってるだろ。ゲームは何時でもいいだろ」

「そうだっけ。あ、眠剤いるっ?」

「『のど飴いる?』みたいに言うんじゃないよ……いらないよ。そんで」

 俺は部屋のモニター付近をざっと見回した。

 現役で最新のゲームハードが、あらかたそろっている。ソフトもだ。もちろん俺達が持ち込んだモノじゃない。家庭用のゲーム機を商業利用するな、と怒られたらこのホテルどう言い訳すんだろ。宣伝してないし、サービスとして金とってないから、ギリギリいいのかな。ま、俺たちはチェックインしたら偶然ゲーム機があったので遊んだだけである。ただの無邪気なお客さんでいいのだ。

「それで、何のゲームしたいの」

 俺は夢の残滓が去っていくのを、切なく見送りながら訊いた。

「サムスピ」

「マジか」

 どういう風の吹き回しだろう。彼女はアクションはニガテじゃない。むしろ、わりと得意かもしれない。しかし格闘ゲームはあまり知らないハズだ。

 俺がいぶかしがっていると、ポンとコントローラーを渡された。やけに準備が良い。顔ぐらい洗いたいんだけど。

 仕方ない、付き合うか。なんで急に格ゲーなのか気になるし。

「分かったよ。じゃあどうする、ハンデはつけるか」

 と、俺は訊いてあげた。

 彼女は、食事を邪魔されて殺気立ったネコみたいな目で見てきた。

「なにそれ、要らないよ。まさか手を抜くつもりじゃないでしょうね」

 どこから来るんだその自信。

「違う、違う。ハンデつっても手抜きじゃない。攻撃力を増やしたり減らしたり、つまり慣れてないプレーヤーを死ににくくしたり、逆転が狙えるようにしたりだ。そういう設定のコト。そういう事前のバランス。で、お前がゲームに慣れたら、条件を同じにしていけばいいだろ。でないと瞬殺しちまって、絶対に面白くないと思う」

「要らないもん」

 えらくかたくなだな。

「でもお前、格ゲー好きだったっけ?」 

「いや特に。フツー」

 なにやら、けろりとしている。

「俺、一時期サムスピそこそこやったぞ。大丈夫か」

「わかんないよ。でもハンデつけてたら、ホントの実力差わからないでしょ」

 お、おう。そうかい。

「あたしがどれぐらい強くなったら良い勝負できるのか、分かりにくくなるっしょ」

「そうかもだけどさァ」

「でしょ。やってみてから考えようよ、そういうのは」

 真希はいつになく引き締まった表情でモニタに向かった。妙に強気だな。

 もう、乗りかかった船だ。俺は対戦のオプション画面に入る。

「時間だけは無制限にしとくぞ」

「それはオーケーよ」

「3ラウンド勝負を3回まで。2セット先取した方の勝ちでいいか?」

 真希は熱中しだすと一回は勝つまでやめないので、俺は区切っておきたかった。

 彼女は眉をひそめた。

「ちょっと短くない? 5回のうち3つ取ったら勝ちぐらいがいいな」

 俺は早く終わらせて寝たい。と思ったが異議はやめた。よく考えたら俺がすべて勝てば、時間はほぼ変わらない。

「じゃあそれでいい」

「あたしはシャル使う」

 悪くないと思う。通常技のリーチが長めかつ速いので使い勝手がいい。俺はバサラを選んだ。

「なにそのヘンなキャラ。剣じゃなくて手裏剣じゃん。しかも半裸って」

「クセがあるほど、使ってて面白さがあるのだ」

「手抜きじゃないよね?」

「まさか。俺のバサラはつよつよだ。ガチだ」

「じゃあ許してあげる」

 いちいち許可いるのか……とボーっとしてると、開始直後にサクっと刺された。さらにレイピアのリーチを生かして中距離から、当たり判定の先端でチクチク攻撃してくる。

 こういうのは簡単そうで、よく見て細かく動かないと出来ないし、苦手な人はずっと出来ない。やっぱヘタではないな。相性的に微妙な間合いなので、俺はバックステップで距離をとった。すると驚いたことに、真希はここぞとばかり飛び道具を連射し始めた。

「えっ、おまえコマンド技撃てるの?」

「へへーん。ほらほらどーしたのよ。何かしてみなさいよ」

 それがどうした。俺は飛び道具をジャンプでかわして飛び込んだ。しかしさらに驚いたことに、きっちり対空コマンド技で叩き落とされた。

「えっ、おまえ昇竜コマンドも撃てるの⁉」

「ふぇへへ、こんなのたしなみよ、たしなみ」

 延々と飛び道具を撃ってくるので、俺はガードしてミスを待つことにした。

 そのうち入力を間違うだろうから、そこをボコれば良い。真希は、俺が動かないと見て何故かテンション上げてきた。

「うふぁはは。そうやって守っててもあんたの体力は削られていってるんですよー。そのまま座して死を待つがいいわ」

 すでにいくらか目が怖い。セリフが逆転負けフラグの立った悪役そのものだ。なんとなくここらで、俺は合点がいった。

 なるほど、こいつコマンド入力が安定して出来るようになったな。

 そしてだ。その嬉しさの勢いのまま安眠中の俺を叩き起こし、対戦を挑んできやがったな。ほんの少し腹が立つ。いや、それなりに立つぞ。手抜きは無しだったな。では敬愛する福本作品からお気に入りの名言を贈ろう。

「真希、今お前、勝てると思ったろ……だからもう一勝もできねえんだよ」

「へ?」

 飛び道具のスキマに、ワープ技を合わせた。次を撃つ態勢でノーガードな彼女のキャラは、突如足元から現れた敵に斬り上げられ、アワレにダウン。

「ちょっとなに今の!」

「見ての通り、急に地面から出てくる攻撃」

「卑怯じゃん!」

 さらに前ジャンプの特殊フェイントをいれる。しめたと思ったのだろう。案の定、対空技を思い切りスカった。ふんわり宙に浮いたので着地間際を思い切りぶった斬る。

「ちなみに今のはジャンプしたようで実はしていないという技」

「ねーそれ超卑怯じゃん!」

 これで恐怖が刷り込まれたらしい。半ばヤケになったようで、飛び跳ねて大振りするようになった。序盤のスタイルはどこへ行ったのか。あとの調理は九九の一の段よりイージーである。

 空中では蹴り落とし、ステージ端に追いつめて上下段、めくり、投げ技の選択肢を迫り続けた。それで押し切り、2ラウンドを続けて取るとプレッシャーに負けだしたのか、ミスしかしなくなった。俺はもう一切手を緩めず、ササっと残りを全勝してシメた。

「ハイ、これで俺の3セット先取完全勝利ということでね、俺は寝る」

「こんなの、サムライでも何でもないじゃん……」

「敗北は死。手段を選ばぬも、またサムライでござる。とにかく寝る」

 ベッドにもぐりこんで、彼女の白い背中の向こうのモニタを見物する。

 どうも、リベンジしたいらしい。プラクティスモードに入ってまた延々と飛び道具を撃っている。その戦法もう勝てないって。

 俺は目を閉じたが、やはり眠気は降りてこない。ああ、悲しくムナシイ勝利だった。

「なあ……。音量、ちょっと下げてくれないか」 

 と言うと彼女は、

「あ、寝れないなら眠剤いる?」

 と目をキラキラ輝かせて振り向いた。

 毎回そのセリフすごい嬉しそうなの、何なの。

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