わたしmarry meさん今妄想しているの


「いいなぁ、お嫁さん」

 と真希が昼のワイドショーを見ながら言った。

 ベッドにぐでーっと横になっている。イカの死体が浜辺に打ち上げられたら丁度このぐらいグッタリだろう。似てる。ほっぺたまでベッドにベタ付け。

 テレビの画面が真横に見えてるだろうに。器用だ。

「いいなぁ~、お嫁さん」

 返事が欲しいのか何なのか、よく分からない。

 まさかまさかの、なんか変なプレッシャーじゃないだろうな。俺は一応無視した。女優とスポーツ選手が結婚したって話を、テレビではワイワイやっている。

 今いつも通りに芸人がボケるところだった。この後ツッコまれて司会が苦笑いでコメントしてCⅯに入る流れだろう。

「ウエディングドレスはもちろん着たいんだけど、あのカラフルなのも着たいわけよ。カラーだっけ? カクテルだっけ」

「ごめん、知らない」

 なんだ、コスプレ願望チックな話か。

「でも白無垢も捨てがたい……わ、よ、ね~。よっと」

 真希はボヤきつつ、寝たまま手を伸ばしてマクラをかかえて丸まった。シルエットがちょっとモンゴウイカの死体っぽくなった。

 彼女は瘦せっぽちすぎて、なんか肩だしのドレスとかは似合わないんじゃないか、と俺は自分勝手な感想を持った。

 しかしそういうのはもう、着たい物は着たいんだよな。気持ちはわかる。俺だって、穴あいたデニムにブーツはいてライダース着てみたいし、お茶の水の楽器屋のバイトの兄ちゃんみたいな格好もしてみたい。武士とか新選組の格好もしたい。安っぽくないやつ。

 他にもあるが、気持ちはすごくわかる。

「白無垢ね。やっぱ日本人だしな。でもお色直しそんなにすんの?」

「せっかくだから、する」

「しかしそりゃ、いくらかかるか分かんねーぜ」

「どのくらいかな?」

「一着で20万か、30万もいくかもな。メイク髪型ごと直すんだろアレ。その技術料も取られるだろうし」

「やっぱり、そうだよね」

 真希は短いため息をついた。

「タキシードでもレンタル10万こえるからな。今言った全部なら、トータル百万は見込まないとダメなんじゃないか」

「うーん」

 真希は急に寝返りを打って顔をコッチに向け、俺をジロジロ見た。

「……なんだイカ。俺にたかってもムダだぞ」

「……なによイカって。ねえねえ。お金貸すのもダメ?」

「ダメ。カネの貸し借りはイイ事ないし、俺の主義じゃない。いつかその暁には、ご祝儀として、ちょっとは多めに包んでやるよ」

「あーあ、きっと足らないなぁ」

 と今度はもっと大げさにため息をついてから、真希は寝たまま両手を伸ばして大あくびをした。

 紋甲イカのシルエットはスルメイカに戻った。

「でもそんな金払って、着るだけ着て、どうすんだ。フォト婚とかムービー婚?」

「何なのその、ふぉとこんって」

「プロのカメラマン呼んで写真とか映像に残すんだよ。けっこう流行ってる」

 真希は首を傾げた。

「何言ってんのよ。披露宴……はともかく、式はするに決まってんじゃん」

 えっ、マジで。

 しかし彼女の表情は落ち着き払っている。

「式プラス衣装三着なのか」

「ささやかでも、式しないと意味ないし、そこで着ないと意味ない」

「そういうものか」

「そういうもんよ」

 うん。そこまで言うんなら、そういうもんなのだろう。

「でもお前、式に呼べる人いるの?」

「さらっとバカにしないで。あんたよりか、いると思うわよ」

「そう。でもお前、いっつも実家とか両親に恨みつらみ言ってるじゃん」

「うっ」

 あ、しまった。

 これはけっこうキツい返しだったらしい。うっ、とかわかりやすく言って顔が凍った。しかしとても分かりやすい。

「そ、それはね。それはそれよ。大人だからね。あたしはね、だらだらと会食なんてしない。粛々と式をやるだけ」

 俺はちょっと面白くなってきた。こいつはテンパって早口になると、止めどなく墓穴を掘りだしたりする。

「じゃ、式はどこでやんの」

「え、どこでって何。そりゃなるべく近くて綺麗なところ」

「そんなの沢山あるぜ」

「そ、そりゃあ、あの十字架あるトコはなんていうの。アレのどれかよ」

 それ見ろ。俺はたたみ込んだ。

「チャペルにするのか。キライなお父さんと腕組んでヴァージンロード歩くわけか」

「えっ、絶対やんなきゃダメなのかな? アレ」

「さあね。それに今時、実父に限らず誰でもいいんだろうけど。でもご健在なんだろ。順番でいけばのハナシだが……」

「もう、わかった! いいよ。それくらい許す」

 ほう。言うじゃないか。

 真希はなんか実家のトラウマでもフラバしたのかヤケなのか知らないが、ちょっと涙目になって続けた。

「ゴハンの恩だけはあるし、あたしより世間体とか親戚の目が大事な奴らだからね。腕ぐらい貸してあげることにする」

 俺はなんかふと、我に返った。

 ちょっと考えてみる。フム。

「おまえ、偉いな」

「なに急に」

「うん、偉いよ。人をゆるすってのは、ひどく難しいことだ」

「全然ゆるしてはないって。なんなのいきなり」

 真希は足元から引っ張ったシーツで目元をゴシゴシ拭っている。強がりで言うのもそんなに嫌だったか。

「俺は今の今まで、〝親や他人のせいにしてグチって迷惑かけるヤツ〟でグーグル検索したら、お前の名前がトップだと思っていた。何かにつけ親のせいに――」

「せいにしてない! 事実だもん。それに全然許してないし、許さない」

 耳を赤くしている。

 やべ、けっこうマジでテンパらせたぽい。

「落ち着いて聞けって。俺は今感動したし、ほめている。ものすごく最上級に褒めている。そして反省してもいる。心底、謝らなければいけないと思う。見損なっていたよ。本当にすまなかった」

 ネコみたいにフーフー呼吸している彼女を無視して勝手に続けた。

 やべ、過呼吸おこすの勘弁してほしい。

「『腕くらい貸す』程度だとしても、お前は赦したんだよ」

「だから、それがなんで許したことになるのよ」

「言葉にしてしまったからだ。本心じゃなくても、それは取り消せない。全く心に無いことは口にできない。そして言葉にした以上、それは〝起こってしまったこと〟なんだよ。存在なんだ。『今のは嘘です』と後から言っても、そのは消えないからな」

 真希はふと大きく息を吸って、その2倍くらいの長さの息をはいた。

 よしヤバくない。過呼吸はなさそう。

「落ち着いたか」

「ていうか、あんたの屁理屈聞くと毎回あきれるのよ」

 そうか?

「それは変だ。俺はお前を見直したし、すごく褒めたし謝りもしたし、大変よい話をしたつもりなんだがな」

「じゃあ、無利子で結婚式のおカネ貸して」

「ダーメ。俺の懐をアテにするなら、俺を新郎にするしかないね」

 真希は腕を組んで首を傾げ考え込んだ。なんかゆらゆらしている。

「それはなーんか違うのよね……」

 だろ。

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