それは罪なの?

 ここ数日、なんか真希が静かである。ずっとスマホを睨んでいる。見ていると、2秒に1回ぐらいスライドしている。

 なるほどね。

「なあ、なに読んでんだ」

「ん? マンガ」

「指の動きで、マンガなのはわかる。タイトルは?」

「いま読んでるのは、ジャンプのヤツ」

……?」

「無料のヤツ、たくさんあるのよ。知らない?」

 いや知ってる。それはまあいい。

「フム。ちょっと見せて」

 真希は素直にスマホをこっちによこした。案の定、無料マンガアプリのアイコンがたくさん並んでいた。

「毎日読める量がきまっているの。だから、さっき読んでたのと違うの」

「それでね。なるほど。良い事を教えてやろうか」

 真希の顔が輝いた。

「えっなに? 読み放題?」

「ちがう」

 正直こういうこと偉そうに言いたくないが。こいつとは空間を共にするわけだし、言っておいたほうがいいかな。

「いいか、無料のコンテンツに浸かりすぎると、いろいろと失うぞ」

「なにを? 意味わかんないよ」

「説明する。もちろん自分の時間をどう使おうと勝手だ。けど、気を付けないと大事な感覚がくずれてしまう」

「ますます、わかんない」

 ……そうかなぁ。えーと。

「よし、ちょっと想像してみろ」

「それは分かるわ、ジョンレノンよ」

「違う。いや違わないが、今は話が違う。じゃ、考えてみろ。無料タダのコンテンツが今の世の中、どれだけある?」

「たくさん。山ほどあるね」

「例えば何がある?」

「ユーチューブとかニコニコとか……」

「他には?」

「基本無料のゲームとか……」

「他には?」

「マンガとかイラストサイトとか小説サイトとか5ちゃんも。あ、SNSも入るの?」

「まぁ入れてもいい」

「じゃあもう、アップされてて、見れるもの全部だよ。無限よね。それが何なのよぅ」

 真希は髪の毛先をつまんで毛束をえらぶと、指に絡めてぐるぐるし始めた。これはだいたい、退屈してきたときの合図である。キューティクルの死んでいく音が聞こえてくるようだ。勿体ない。

「じゃ、ソレ、ケータイで、ずっとスタバでやってるヤツがいる。どう思う」

「別にいいんじゃない、いてれば」

「オーケー。じゃあ図書館でやってるヤツは?」

「周りに迷惑かけないようにすればまあ。うーん。一応イイのかなぁ。規則は知らないけどね」

「次、レストランでやってるヤツ」

「それ、食べながら携帯みてるってこと?」

 さすがの彼女もひどく眉間を寄せた。

「そういうこと」

「見た目は悪いけど別にいいんじゃないかなぁ、本当にギリギリね」

「そうか~シェフはどう思うだろうな~」

「ええー。ちゃんとしたトコではやらないよ。ていうか行儀の問題でしょ、それ」

「どこのスタッフさんでも、いい気がしないと思うぜ。じゃ次はそうだな。カラオケボックスでやってるヤツ」

「せっかくだし、歌えばいいのにってあたしは思う。でも、やっぱり自由じゃない?」

「そっか~熱唱中の友達は、なんて思うんだろうな~」

 彼女は不満そうに食って掛かってきた。

「さっきっから、後出しばっかじゃん! ……今の流れだと、一人カラオケだって普通は思うでしょう」

「そうかもだが――最終問題。?」

「そんなのここはホテルであたしとアンタ――ああっ。そうか!」

 ちょっとだけ紅潮していた真希の顔から、スーっと血の気がひいた。まあ、ただいつもの不健康そうな顔色に戻ったんだけど。

「そういうことだよ。もう娯楽は、ポケットにいれて持ち運ぶには巨大すぎる。だからハマると、その時その場所しか感じられないモノを、のがしてしまう。その場の、他人の気持ちもな」

「……気持ち……うん、気持ちは大事よね」

「だろ? あれは、船遊びに行ったときだった。一面の海蛍うみほたるだった。絶景にみんな言葉を失った。涙止まらない友達もいたよ。その中、『今日のクエスト消化してない』とか言ってケイタイ見出した奴がいた。完全に毒されてるだろ。ああはなりたくないと思った」

「……そうね。そういうのって……だめよね。今しかできないこと、いっぱいあるよね」

 お、たまにはしっかり話が通じるもんだな。

「ふ、ふふっ。えへ」

 なんだその笑い。

 と思い真希を見ると、すげえニヤニヤしている。なんなんだ。そしたらバスローブを肩から脱ぎ落しながら、俺の肩に腕を絡めようとゆらゆら歩いてきた。ゾンビぽい。脱げてるのに色っぽくない。

「もー、寂しいなら寂しいってハナからハッキリ言えばいいのにさぁー!」

「はあ⁉ いや、そうじゃないって。本当に俺のハナシ聞いてたか?」

 細腕がからんで体重がかかってくる。この雰囲気のハグは、取って喰われてるみたいでニガテだ。

「待て待て。おまえかなり勘違いしてる。本ッ当に、俺のハナシ聞いてたか? 待てって」

「照れちゃって、もう! ごめんごめん気づかなくて、そういう気分だったのよね? ごめんね、マンガなんか読んでて」

 あ、今のこいつダメだやばい。陶酔してる。自分が求められてると、変なスイッチ入っちゃうのか。錯覚なのに、制御きいてない。いちおう自称メンヘラだけあるわ。

「だから今すぐ俺がどうこうじゃないって。ぜったい話の中身を理解してないって」

「いいからいいから。ほらほら~。ねえ、こっちおいで?」

 俺はあきらめた。回避することにした。

「ああ。うん。ちょっと待ってて」

 と言いつつ俺はさりげなーくバスルームに逃亡し、そっと内カギをしめた。風呂は好きだし、しばらく暖まっとこ。

 ノンビリ湯に浸かっていると、摺りガラスの向こうでウロウロしている女のシルエットが、

「身体あったまった……?」

「ねえ、照れなくてもいいよ……」

「一緒にはいろっか……」

 とくぐもった声で話しかけてくる。もうホラーだよ。カギかかってるとは全く考えないらしい。思い込みってすげえな。俺は飽きられるまで待つことにした。あーのぼせちまう。

 しばらくして嵐が去ったようなのでベッドルームに戻ると、真希は寝転んで、またスマホのマンガに没頭していた。

 俺は昼寝した。

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