昭和っぽい②

「曇りの日、気持ちいいね」

 といいながら真希は洗濯物満載のキャリーをごろごろ言わせてついてくる。

「そうだなぁ……」

 こいつの病的な白さだと、晴れた日は何時間も歩いてられなさそう。

「なんか失礼なこと考えてない?」

「ぜんぜんまったく考えてない」

 とか話しているうちに到着。

「え、ここで合ってる?」

「間違いない」

 建付けの悪いガラス引き戸を引いて中に入る。先客はいなかった。

 しっかし、ココか。

 洗濯機と乾燥機はまあまあ新しそうだが、なんか昭和か平成感がバリバリだ。

 カベはコンクリートむき出しで、蛍光灯が薄暗い。なんかこう……洞窟みたい。

 待機スペースにはどっかの会議室のおさがりみたいな木目の長机。

 パイプ椅子はビニルが破れスポンジがはみ出している。

 いや、みたいな、じゃなくて。絶対コレ、よそで余ったの持ってきたろ。

 両替機も子供のころゲーセンで見たヤツだ。

「ねえ、どこもこんな感じなの?」

「いや。俺が知ってるトコは内装がすごくキレイで、明るかったけど。フランチャイズ店だったからだろうな。ここはオーナーが好きにやってるんだろ」

「ふーん」

 まあ、洗えることに違いはない。

「とにかく洗剤買ってくれ。それ、その角のちいさい自販機」

「うわ。こんなんあるんだ。柔軟剤もある」

「そのへん好きに調整してくれ」

「ねえコミックもある。読んでいいんだよねコレ」

「そりゃそうだ」

 真希は鼻歌交じりに洗濯機を操作しはじめた。

 なんかもう、任せといてよさそうだな。

 むしろここまで珍しがられると、ヘタなデートスポットに連れて行くより喜ばせている気がしてくる。多分錯覚。

 しかし、コミック棚を見て俺は絶句した。

 ……『美味しんぼ』『沈黙の艦隊』『カムイ伝』『ゴルゴ13』……。

「なんでもかんでもオーナーチョイスすぎる!」

「なになに急にどしたの。驚くじゃん」

「見ろこのタイトル。このラインナップで女性客はヒマつぶしができると思うか?」

「そんなこと? あたしはあまり惹かれないかな。でも少しの時間じゃん。スマホ眺めてればイイし」

 まあそうなんだけどさ。俺はゴルゴ13をテキトーに抜き出して読み始めた。

 好きなのだがそれ以前に、コインランドリー時間での選択肢ならゴルゴ13だろう。長さ的に。

 真希はいい加減、洗濯機を眺めるのに飽きたらしい。

「それ面白い?」

「俺は面白いぞ。すごく面白い」

「じゃあ、あたしも読んでみよっと」

「読んだことないのか、ゴルゴ」

「ない」

 二人して黙々と読み始めた。なんかシュール。真希がたまに時事とか用語分からなくて訊いてくる。会話といえばそれを当たり障りなく教えるくらい。

「ねえ」

「うん?」

「なんか、いまあたしたち、『神田川』みたいじゃない?」

 なんか嬉しそうだな。

「あの昔の曲の? 一緒に銭湯行くやつ。女よりも男が長風呂する」

「そそ、あれ」

「あれって、洗濯機もない部屋のハナシだったか?」

「フルで聴いたことないから、わかんない」

「俺もわからん。でもたしかに風呂がなかったら、洗濯機置き場も微妙かもな。下水周りの配管がないワンルームの可能性ある。でも共同で一階に置くとは思うけど」

 真希は盛大にため息をついた。

「そういうんじゃなくてさぁー」

「フム」

「今のあたしたち、青春ぽいよねー! って言ってるの」

「お前いつも青春だろ、いつもオロオロビクビクして――うわ痛ッ、イッテェ」

 机の下で思いっきり蹴られた。これゼッタイつま先で蹴られた。

「スネはやめろ、スネは。言わんとする事は分かったから」

「ふっふふえへへ、弱点発見――ちょイタっ! ちょ信じらんない、コイツ女蹴った! 女の子のスネ蹴った! 青くなるじゃん!」

「なるか。お前と違って、ポンと当てただけだ。大げさ。おっ、乾燥も終わったな」

 また二人して、洗濯ものをせっせとキャリーへ詰め込む。

「よし。雨降ってるし、この大荷物抱えてほかに行くとこも無いだろう。とっとと帰ろーぜ」

「うん。えっ? 待って、雨ふってんの」

「誰かさんがグズグズしたからな、やっぱ降りだしたな」

「もーうるさい。折りたたみ傘とかないの」

「俺、そういうの持ち歩かない」

 乾かすの面倒くさい。

「じゃあたしコンビニでパパッと買ってくるから、キャリーバッグ見てて」

「俺が買ってくるよ。濡れるだろ」

「ここ暗いし、あたし一人でいたくない……」

「オーケーわかったマッハで行って来い」

 危なっかしい感じで走ってった真希は、5分もしない内にビニル傘持って戻ってきた。ナイス。

 いや、待て。

「なんで一本しか買わないんだよォ」

「いいじゃん。あたしは右手でキャリー引く。あんたは左手で傘を持つ。いいじゃん」

「なんだかなぁ」

「平等よ。いいじゃんいいじゃん」

 まあなんかもう、分かるしいいけどさぁ。

 これしたかっただけだろ。

 これしっかり俺の肩は濡れるんだけど。いいけどさぁ。

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