大カクヨム時代の本屋

ひつじ

第1話


 私は本屋のアルバイトだ。


 朝9時から開店なので、8時半に店に到着したのは早すぎたかもしれない。


「店長、今日もよろしくお願いします」

「うん、じゃ、店内の準備を始めてくれる?」

「はい!」


 私は元気よく返事してバックヤードから店内に入る。


 さて、と。まずは床掃除だな。


 体育館のように何一つない店内をささっと掃除する。それが終わると、私は壁際に立てかけられたパイプ椅子を、等間隔で設置していく。


「これで、よし、と」


 パイプ椅子が置かれただけの店内を見たのち、腕時計を操作する。青い光が放たれ、目の前にホログラムが現れる。


「うーん、あまり綺麗に映らないなぁ。てんちょー! 照明下げてもらっていいですかー!?」


 私の声が聞こえたのか、店長は照明を下げてくれた。


「よし、これで綺麗に映るな。あとは待つだけだ」


 私は腕時計を操作してホログラムを消し、レジに立つ。


 するとしばらくして、入り口のドアが開いた。


「いらっしゃいませー」


 来店したのは、キリッとしたスーツ姿の若い男性だった。


「すいません、一席3時間で」

「かしこまりました。3000円になります」


 お金を受け取ると、男性は入り口側にあるパイプ椅子に座る。そして投影器具を床に置いて、頭上にライトノベルの表紙のホログラムを出した。


「わあ!? 凄く可愛いイラストですね!」


 私がそう言うと、若い男性は苦笑した。


「ええ、私も満足しています。なんせ20000カクヨムリワードかかったのですから」

「たしか、今相場が1リワードが10円ですよね。結構かかりましたね!」

「ははは。でもこうやって、本屋に売りに来れば、何とか採算はとれますよ」

「お客さん、くるといいですね!」

「ええ」


 そんな会話ののち、次々とカクヨム作者の方々が来店する。彼、彼女らは最初の男性と同じように、パイプ椅子に座る権利を買い、頭上にホログラムを投影していく。


 すぐにパイプ椅子は埋まり、私は作者さんに断りを入れた。


「すみません。もう一杯で、2時間待ちになります」

「そうですか」

「予約してお待ちされますか?」

「はい、もちろん。ここの本屋は立地がよくて、閲覧者を増やしやすいって噂ですから」


 それからも作者さんに断りを入れ続ける。


「いらっしゃいませ。大変申し訳ございませんが、ただいま2時間待ちでして……」

「あ、いえ。私は作者じゃありません」

「これは失礼いたしました」

「いえいえ」


 と女子大生のお姉さんが笑って店内に入っていく。そしてそのお姉さんは、ある作者さんの前で立ち止まった。


「面白そうですね、この小説」

「ありがとうございます! 中身は一風変わった悪役令嬢ものになってまして……!」


 作者の方とお客さんが仲睦ましげに会話する。それを見る他の作者は、いいなあ、って顔つき。本屋の日常風景に、今日もアルバイトが始まったと自覚する。


「へえ〜、面白そうですね! 是非、フォローさせていただきます!」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

「いえいえ。今月の読書量で貰えるインセンティブのために何読もう、って迷ってた所だったので、こちらこそありがとうございます! また感想コメ送りますね」

「はい、お待ちしております!」


 どうやら小説が売れたみたい。本当に嬉しそうだ。


 でも、そうだよね。1人の読者が増えるだけでも、アクセス数からリワードは貰えるし、他作を読んでもらえるきっかけにもなるから、当たり前かあ。


 それからも続々と読者がやってきて、作者の方は精一杯アピールする。そんな光景で店内は溢れかえり、入場制限までかかるようになった。


 この本屋の盛況は、いかに今のカクヨムが自ら望む小説を探すことが難しいかを表しているだろう。というのも、超高精度翻訳システムが普及した今、カクヨムは世界規模に成長し、世界各国のカクヨム作家が小説を掲載しているからだ。


「バイトちゃーん、休憩入って」

「わかりました! 先輩!」


 私は休憩室に下がって椅子に座り、ふいー、と一息つく。


「お疲れ様」

「あ、店長」

「はいコーヒー」


 私は店長からコーヒーを受け取ると、そう言えば、と尋ねてみる。


「店長。この本屋がつい数年前まで、紙の本でいっぱいだったって話、本当ですか?」


 店長は笑って言う。


「本当だよ。昔は、カクヨムで稼ぐなんて無理な話だったからなぁ」

「へえ〜。じゃあ今は何でこうなってるんですか?」

「長くなるが、いいか?」


 頷くと、店長は語り出す。


「こうなったのはな、カクヨム1リワードにつき、1ゼニージュエルに変えることが出来るようになったからだ。知っての通り、ゼニージュエルは、世界10億人以上が利用するvrmmoゲーム、角(つの)川が権利を持つシールドアートオンラインに用いられる通貨だ」

「そんなこと知ってますよぉ。1ゼニージュエルは10円。そしてこの1ゼニージュエルは換金可能で、世界5億人以上が利用するmmoゲームのコインであるので価値が高く、飲食店、駅、個人間のやりとりまで、今やどこでも使えるようになった通貨ですよね」

「よく知ってるな」

「ふふん、授業で習いました。私、ゆーとーせーなんです!」

「ははは。ま、そういうわけでも、このゼニージュエルは、ゲーム内でなくとも、現実の取引にも使える。となると、ゼニージュエルを安く得られるカクヨムのリワードに目が向けられるのも必然だ。そうなると、当然、多くの作者が参入。また読書量により読者にも換金されるシステムを構築したおかげで、読者数、作者数が膨大になった。翻訳システムもあって、世界規模でだ」

「そうなって、どうなったんですか?」

「広告参入、広告単価の上昇、つの川は無償で世界中に発信できる力をようになり、つの川が王として君臨というわけだ。まあそういうことで今、大カクヨム時代に突入しているってわけだ」

「頭が痛いです。店長」

「聞いてきたのはお前だろうが」


 へへへ、と私は笑って続ける。


「でも良い時代ですね!」

「そうか?」

「はい!」

「一応、何でか聞いていいか?」

「何となくです!」

「あのなあ、SFっていうのは、設定や世界観なんて、ぶっちゃけどうでも良くて、その世界、その時代の善悪とか是非とか、ここが一番大切なんだよ」

「知りません! 私からは答えを出しません! 各々考えてください! だってそういう時代じゃないですか!?」

「ぐうの音もでねえわ」



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星ください

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