第79話 つまり、事前準備はオッケーってこと
さて、このままお礼だけ言って帰るわけにはいかないだろう。ここでギリアムお兄様に借りを作っておくと、あとが怖いかもしれない。
口には出さなかったが、魔道具に興味があるのは間違いないはずだ。それなら何か魔道具を出してあげるのがよいのだが……それにはいくつか問題がある。
まず、お母様にバレるとまずいということ。そのため、万が一お母様に見つかってもあまり問題にならないものを出さなければならない。であるならば。
「お世話になったお兄様へ、ちょっとしたお礼の品があります」
そう言ってから俺はトラちゃんを呼び出す。ギリアムお兄様の目が輝いたような気がした。それをなるべく気にしないようにしながら、腕時計を取り出した。
俺にとっては見慣れたものだが、転生してからは見たことがないんだよね。
俺が見たことがある時計は、時計塔のような大がかりな物ばかりであり、ようやくポケットに入る大きさの懐中時計が開発されたところである。この小ささの時計を作るのには、今しばらく時間がかかることだろう。
それだけに、この腕時計のすごさがギリアムお兄様にも分かるはずだ。
「これは……時計なのか?」
「そうです。腕時計ですね。この帯をこうやって手に巻きつけて使います」
サイズを合わせてギリアムお兄様の腕につけてあげる。ステンレスなのかチタンなのかは分からないが、金属製のベルトなのでそれなりに目立ちそうではある。
でも、これはあくまでも時計である。パッと見ただけでは、古代人が使っていたものだとは思わないだろう。最新式の小さな時計だと思うはずだ。これならお母様から怒られることはないと思う。
そして腕時計にはもう一つ、メリットがある。
「こんなにすごい物をもらってもいいのかい? これって魔道具だよね?」
「もちろん魔道具ですよ。見ての通り、時計を小さくしたものなので、この中には小さな歯車がギッシリつまってます。中を開けるとおそらく歯車がはじけ飛ぶと思います」
「な、なるほど」
ゴクリとつばを飲み込んだギリアムお兄様。中身を確認しようとして、パァンと中身が飛び散った光景が目に浮かんだのだろう。
それこそがもう一つのメリットだ。ギリアムお兄様が腕時計を調べようとすることへの抑止力である。
「だから気をつけて扱って下さいね。それが最後の一つみたいですから」
「わ、分かったよ」
もちろん半分本当でウソである。確かにギリアムお兄様にあげた物と同じ腕時計はないが、他の種類ならまだあるのだ。
でも、こうでも言っておかないと”一個くらいなら壊れても”と思って分解するかもしれないからね。俺が送風箱を分解したときのように。
こうしてギリアムお兄様との貸し借りをなしにしたところで羽の宮殿をあとにした。
そろそろ昼食の時間だな。それが終わってからお母様のところへ行くとしよう。お母様からも、フルート公爵領にいる人物の話を聞いておきたいからね。特に、要注意人物なんかを。
昼食の席には俺とお母様しかいなかった。みんな忙しいのだろうな。ギリアムお兄様にいたっては、きっとあのニマニマした顔を隠せないからダイニングルームへ来なかったのだと思う。しょうがないね。なんて冷静で的確な判断なんだ。
「お母様、レナードお兄様からフルート公爵領への視察の概要を書いた紙を受け取りました。主要な人物の人柄については、ギリアムお兄様のところへ行って教えていただいたのですが、お母様からもお話を聞きたいと思っています」
「あら、感心なことね。分かったわ。私の知っていることを教えてあげるわね」
これでよし。俺が事前に準備できることはこれくらいかな? これで少なくとも、王家の一員として恥をかくことはないだろう。あとは余計なことをしないように、言わないようにしなければならないな。
いよいよフルート公爵領へ出発する日がやってきた。馬車は一台、しかも乗っているのは俺だけである。レナードお兄様は馬に乗って行くみたいだ。
馬には乗ったことがないんだけど、気持ちいいのかな? 前世で言うところのバイクに乗って風を切るようなものなのだろうか。それならちょっと憧れるかも。
そして俺が乗っている馬車は、予想通りのド派手な馬車だった。一目見ただけで偉い人が乗っているのが分かる造りになっている。その分、乗り心地もいいし、防御力も高いのだけどね。
他には荷馬車が一台ついてくるようだ。思ったよりも物資が少ないような気がする。途中の街を経由するから、そこは問題ないのかな? ちょっと不安だ。何しろ、初めてのおつかいならぬ、初めての旅だからね。そう思ってしまっても仕方がないか。
「二人とも、しっかりと役目を果たしてくるように」
「気をつけて行ってらっしゃい」
忙しい国王陛下に代わって、ギリアムお兄様とお母様が見送りに来てくれた。もちろんそれでも破格の待遇であり、共に行く騎士たちの顔にも緊張の色が見えた。
そんなことはお構いなしにレナードお兄様が堂々と胸を張る。
「王家の名に恥じぬよう、全力を尽くして参ります」
「レナードお兄様の足を引っ張らないように頑張ります」
「おやおや、ルーファスはずいぶんと消極的だね」
「うふふ、でも、そのくらいでちょうどいいかもしれないわね」
からかうギリアムお兄様。笑うお母様。二人はそう言っているが、内心では”問題を起こさないように”と思っていることだろう。
もちろんそのつもりだ。俺がやらかし王子であるのは、王宮にいるときだけなのだ。それを証明して見せようではないか。
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