第80話 つまり、一番いい馬車を頼むってこと

 俺たち一行は王都の東門から外に出た。フルート公爵領は王都の東に位置しており、さらにその先にある東の辺境伯と共に、エラドリア王国の東部を守っているのだ。

 初めての王都の外。城の窓からは遠目に見たことはあるけど、実際にはどんな景色が広がっているのかな?


 ちなみに王都の外に出るまでの間は、ド派手な馬車のおかげでかなりの注目を集めた。カーテンのスキマから見える景色はこちらを見つめる人の目である。

 これからも同じように見られるんだろうな。どうせならもっと気楽な旅にしたかった。


『どうされたのですか?』

「王族も大変だと思ってね」


 そう言いながら、俺の癒やしであるラギオスをモフモフする。馬車の中はそれなりに広いので、窓のカーテンを開けなければ、みんなを呼び出しても問題ないだろう。召喚スキルを知らない人に見られたら、俺が見慣れない生き物に襲われているかのように見えるだろうからね。そんなことないのに。


『ふわ~、あれが畑ですか。同じような景色が続いてます』

『フム、人の気配も急に少なくなりましたな』


 アクアとカイエンがカーテンのスキマから外を確認している。どうやら、今日の最大の山場である”王都の住人からの視線”をくぐり抜けたようである。まだ油断はできないが、少しくらい外を見てもいいだろう。


 話には聞いていたが、王都を出てすぐの場所に農地が広がっているんだな。これなら王都の食糧事情がよいことにも納得である。その分、王都をさらに広くするのは難しそうだけどね。


 もしそれをやるなら、農地を潰さないといけなくなる。そんなことをすれば、農民たちからの心証が最悪になることだろう。そんな愚行を国王陛下がするはずはない。もちろん、ギリアムお兄様もね。


 果てしなく続くように思われた農地もやがて途切れ、次は辺り一面の草原が見えてきた。どうやらこの辺りでは家畜を飼っているようである。


『見てよ、ヒツジだわ。あんなにたくさんいるなら、一匹くらいいなくなっても分からないわよね?』

「ダメだよ、ティア。ちゃんと数えているはずだからね。すぐにいなくなっていることがバレるから、持って帰ろうとかしないように」

『え~? あのモフモフの毛に寝転んだら、気持ちよさそうなのに』

「……確かに一理あるな」

『主、おやめ下さい』


 俺が考え込んだところで素早くラギオスがツッコミを入れてきた。他のみんなもジットリと湿ったような目で俺を見ている。冗談なのに。

 でもそうだな、ヒツジ型の魔法生物を呼び出すのはありかもしれない。いやでも、ラギオスがいるからなー。それで十分なような気もする。


 さすがにこの辺りまで来ると、人の往来はグッと少なくなった。これならカーテンを開けても大丈夫かな?

 窓から差し込む光がまぶしい。こんなに外は明るかったのか。


『監督、森が見えてきたんだな。木がいっぱい生えているんだな』

「ふふふ、モグランが好きそうな景色だよね。もちろん俺も好きだよ」

『魔物がいたりするのですか?』


 トラちゃんが箱を傾けた。うーん、どうなんだろう。授業では教わらなかったな。王都の近くにある森に魔物がいたら、問題だったりするからなのかな? ここは騎士たちに聞いてみよう。

 窓を開け、馬車の隣を守っている騎士に声をかけた。


「この森って魔物はいないの?」

「ハッ! おりますが、どれも小さな魔物ばかりです」


 敬礼してからそう答える騎士。まずいな、ものすごく仕事の邪魔をしているような気がする。こんなことなら、もっと訓練場に顔を出して、みんなと打ち解けておくべきだった。

 これはもうおとなしくしておくしかないな。フルート公爵領に着くまではお昼寝の時間にしておこう。


 そうしてダラダラと過ごしている間に一日目の移動は終了した。本日の宿はいくつか村と町を経由したところにある宿場町だった。どうやら普通の速度で王都からフルート公爵領を目指すと、この町で一泊することになるらしい。


 夕暮れ前に町にたどり着くと、予約を入れておいた宿へと直行した。目立つからね、俺たち。なるべく人目につかないようにとの配慮なのだろう。それなら馬車をなんとかして欲しかった。


「ルーファス、馬車での移動はどうだ? どこか痛くなっていたりしないか?」

「問題ありませんよ。おかげさまでゆっくりと過ごすことができました」

「それはよかった。一番いい馬車にしておいてよかったな。普通なら、慣れるまでは体に変調が出ているはずだからね」


 笑うレナードお兄様。どうやら身に覚えがあるらしい。よかった。一番いい馬車に乗せてもらって本当によかった。ちょっと目立つくらい、どうということはない。俺は手のひらをクルリとひっくり返した。


 馬車の窓から見た宿場町の景色には、いくつもの店が軒を連ねているのが見えた。せっかくここまできたので、ちょっとのぞいて見たいところである。


「レナードお兄様、町を回ることはできないのですか?」

「ルーファスならそう言うと思っていた。お忍びでなら行けると思うぞ?」


 いや待って。なんで疑問形なの? それにどうしてそんなイタズラ小僧みたいな顔をしているのですかレナードお兄様。もしかして、俺、巻き込まれてる? だが自分から聞いた手前、非常に断りにくいぞ。


 そんな俺の心の叫びなどいざ知らず、どこからともなくレナードお兄様が持って来た町人服に着替えると、二人で宿場町へと繰り出した。

 さすがはレナードお兄様。警備がどうなっているのかもしっかりと把握しているようで、いとも簡単に宿を抜け出すことができた。

 あとで俺たち怒られるんだろうなー。今のうちに遠い目をしておこう。




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