第60話 つまり、価値なんて分からないってこと
善は急げ。俺は国王陛下とお母様、レナードお兄様がここへ来る前に終わらせようと、急いでトラちゃんを召喚する。そして適当にマグカップを取り出した。もう面倒なんで、全部あげよう。
「ギリアムお兄様、どうぞ」
「いいのかい、こんなに! これはどれもいい仕事しているぞ。ほら、見てよ。どれも同じ形をしている」
「そうですね」
量産品だろうからそうなるのは当然だと思う。だがしかし、今の時代ではうり二つの物は非常に貴重で価値のあるものとされている。
なぜなら、熟練の職人しかそのようなことができないからである。未熟な人が作れば形はいびつで不ぞろいの物になってしまうのだ。
「ルーファスもこのマグカップの希少価値が分かるようになったか」
しみじみとギリアムお兄様がそう言った。
いや、全然、分からないんですけど! どちらかと言うと”価値なんてない”と思ってるんだけど。
ギリアムお兄様が何か大きな勘違いをしているみたいだけど言わないでおこう。それから一言、言っておかないといけないな。
「ギリアムお兄様、なるべく早く見えないところに片づけた方がいいですよ。国王陛下に見つかったら、何を言われるか分かりませんから」
「確かにそうだ。さすがはルーファス。キミ、これを私の部屋に持って行ってくれ。くれぐれも気をつけてね」
「か、かしこまりました」
震える使用人。別にまだまだ入っているので、全部割ってしまっても一向に構わないんだけどね。ここでそれを言えないのが心苦しい。だが、俺だって自分ファーストなのだ。降りかかる火の粉のは全力で払うし、そこに突っ込んで行こうとは思わない。
使用人がマグカップを持って去ったあとで国王陛下たちがやってきた。しかし、俺たち二人が先にいることについて、違和感を覚えるようなことはなかったようだ。
ホッ。なんとか無事に乗り切ったか。ギリアムお兄様にマグカップをプレゼントしたことがバレたら、小言くらいは言われたことだろう。
ギリアムお兄様もそのことが分かっているのか、夕食の間、その話題を一切、出すことはなかった。さすがである。
これがレナードお兄様なら、間違いなくポロッと話していたはずだ。得意気な顔をして。
「ん? 俺の顔に何かついてるか?」
「いえ、そんなことはありませんよ。今日もとてもおいしい夕食でしたね」
「ああ、ルーファスの言う通りだ。あの黒ウサギのステーキはほどよい脂が乗っていておいしかったな。その脂も甘かったし」
レナードお兄様がうっとりしているところで、本日のディナーを飾るデザートが出て来た。
うん、見覚えがあるぞ、この黄色いデザートには。
「あら、このデザートは初めて見るわね。料理長、隣の大陸の食べ物なのかしら?」
「いいえ、違います、王妃殿下」
そう言って、ニッコリと笑いながらこちらを見る料理長。
やめろ、やめるんだ料理長。そう言えば、俺が教えたことを口止めするのを忘れてた!
「こちらは第三王子殿下に教えていただいた、プリンというデザートになります」
「な~に~?」
ギロリとこちらをにらむ国王陛下。その顔には”またお前か”としっかりと書かれている。
まずい、今の俺にはモフモフたちの加護がいない。国王陛下にもそれが分かっているはずだ。こんなことならみんなを呼んでおけばよかった。
色々と騒ぎになるかもしれないが、今なら自然な流れでテツジンを紹介することができるはずだ。
「いや、違うんです、違うんですよ国王陛下。私が教えたんじゃなくて、私が呼び出した魔法生物が教えたのですよ。出ろ、テツジーン!」
『マッ!』
関節部分が少しだけ開き、そこから赤い光が漏れているテツジンが現れた。その目も赤く輝いており、ジッと国王陛下を見据えている。もしかして、デストロイモードなの?
「おっと、違うぞ、ルーファス。まずは落ち着け。な?」
「母上!」
国王陛下が両手を前に出し、テツジンを見て気を失った王妃殿下をレナードお兄様が素早くキャッチした。さすがは剣聖。動きが速い。食卓は一瞬にしてカオスな状況になった。
そんな中、ギリアムお兄様だけはプリンを凝視していた。
さすがは学者スキル持ち。目の前の食べ物が一体なんなのか気になるのだろう。俺の呼び出したテツジンに興味を示さないのは、俺が妙な魔法生物を呼び出すことに慣れてしまったからだろうか。それとも、ゴーレムは調べ尽くしてしまって興味がないとか?
相変わらずのマイペースでプリンを口に入れるギリアムお兄様。その顔がパアッと明るく輝いた。そして俺の方を見た。
「おいしい。これがプリン。まさか古代人が食べていた物を実際に食べることができるとは思わなかった」
「プリンを知っていたのですか?」
「ああ、もちろんだよ。名前とその特徴だけだけどね。黄色い色をした、プルンプルンの食べ物。確か容器の底には茶色いものが……入ってる! これぞまさしくプリン!」
なるほど、ギリアムお兄様が他には目もくれずプリンを見つめていたのは、その正体を知っていたからだったのか。推しの人物が食べていたものを目の前に出されたら、そんな反応にもなってしまうのかもしれない。
「母上、大丈夫ですか?」
「ああ、レナード、なんだか恐ろしい姿をしたゴーレムを見たような気が……」
「あ、お母様、それは私が召喚したゴーレムです。正確にはゴーレムではないのですが」
お母様の角度から見えない位置でテツジンのデストロイモードを解除させる。もちろん還したりはしない。今の俺の守り神はテツジンしかいないのだから。
********************
ここまで読んでいただき、まことにありがとうございます!
もし、面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録と、星での評価をいただけると、今後の創作の励みになります。
よろしくお願いします!
********************
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。