第59話 つまり、許されたってこと

 そうしている間にプリンが完成した。それをレイに頼んで冷やしてもらい、料理長に試食させる。

 味には問題ないだろう。あとは料理長が気に入ってくれるかどうかだな。


「それでは失礼して……な、こ、これは!」

「どうかな?」

「とてもおいしいです。滑らかな口当たりに、とろける甘さ。この砂糖を焦がした物の香ばしさもとてもよいですね」


 どうやら気に入ったようである。周りにいた料理人たちが自分たちも食べたそうな目で見ていたが、料理長が分け与えることはなかった。ちょっと大人げないぞ。

 しっかりと味わいながら食べた料理長は満足そうな笑みを浮かべている。


「第三王子殿下がこのようなお菓子の作り方を知っているとは思いませんでした」

「作ったのは俺じゃなくて、テツジンだけどね」

「召喚スキルというのは、すばらしい力を秘めているのですね」


 料理長が感慨深そうな声を出している。

 よし、いい感じに召喚スキルの宣伝になったぞ。この場にいる料理人たちの目にも、テツジンと、召喚スキルのすごさを理解してもらえたことだろう。


「第三王子殿下、これほどのすばらしい甘味の作り方をみなに教えてもよかったのですか?」

「別に構わないよ。おいしい物はみんなで食べればもっとおいしくなるからね。みんなも仕事が終わったら試食してみてね。きっと気に入ると思うからさ」

「おおお、第三王子殿下はなんとお心が広い。感服いたしました」


 料理長がむせび泣き始めた。やだ、何この状況。怖い。大の大人が人目を気にすることなく泣くのを見るのはちょっと微妙な気持ちになるな。しかも俺が泣かせたみたいじゃないか。

 ますます微妙な気持ちになってしまう。


「料理長、これで涙を拭いて。ほら、みんながぼう然と……はしてないけど、夕食の準備の続きがあるんでしょう?」


 ハンカチを料理長に渡してから周囲にいる料理人たちを見渡すと、同じように泣いていたり、今にも泣きそうになっていたりする人たちが続出していた。

 俺、そんなにカッコイイこと言ったかな? あ、レイが静かに涙を流しているところを見ると、言ったんだろうな。


 これ以上、ここにいるのはまずい。俺の危険を知らせるセンサーがビンビンに危険を感知している。

 そんなわけで、俺はそそくさと退散することにした。


「そういうことだから、俺は夕食を楽しみにしながら向こうで待ってるよ。プリンのレシピは自由に使っていいから、みんなの家族にも振る舞ってあげてね」


 それだけを言い残してから調理場をあとにした。ルーファス・エラドリアは急いで逃げるぜ。

 もちろん逃げる途中でテツジンを還しておく。テツジンの姿は目立つからね。どうも魔物のゴーレムとしか見られていないようである。テツジンの造形、失敗したかな?


「おや? どうしたんだい、そんなに急いで」

「ギリアムお兄様」


 一足先にダイニングルームへ向かうと、そこにはすでにギリアムお兄様が来ていた。素振りはしていない。どうやら追加のやらかしはしていないようだ。さすが。

 昼食の時間に見たギリアムお兄様の姿がまるでウソのようである。いや、悪い夢だったのかもしれない。ほっぺたをつねっておけばよかった。


「作業の進捗具合はどうかな?」

「古代人が使っていた食器を調べているところです。今の時代にはない造形の物ばかりで、歴史の重みを感じますね」

「どんなのがあったのかな?」

「えっと、マグカップとか?」


 俺の頭にとっさに浮かんだのが、先ほどプリンを作るときに使用したマグカップだった。こんなことになるのなら、一つ一つ、トラちゃんの中から取りだして、どんな物なのかを確認しておけばよかった。


「マグカップ! それはぜひ見てみたいところだね」

「それならバルトとレイが持っているはずですよ」


 さっきそのままプリンの容器としてあげたからね。あれから俺から離れていないし、多分、今も持っていると思う。

 ギョッとした表情で俺の方を見たギリアムお兄様が、すごい勢いでバルトとレイを見た。

 あれ、マグカップをプレゼントしたらダメだった?


「バルト、レイ、見せてほしい」

「はい、こちらになります」


 バルトとレイがマグカップをテーブルの上に置いた。バルトのマグカップにはブルーラインが入っており、レイのマグカップにはネコの模様が描かれている。


 レイのマグカップもラインの入った物にしておけばよかったかな? でも確か、レイが自分で選んだ模様だったはずだ。それならきっと、レイはこの模様が気に入っているのだろう。


「これは間違いなくマグカップ。しかも一つの欠けも見られない、完全な形をしたマグカップだ。これは非常に貴重な物だよ」

「そうなのですか? ちなみにいくらくらいになるのですか?」

「そうだな、私なら最低でも金貨百枚は出すかな」

「百!?」


 バルトが悲鳴をあげた。まさかそんなに価値がある物だとは思わなかったようである。奇遇だな、バルト。俺もだよ。

 そうなると、セルブスとララにあげたマグカップも同じくらいの値段になるわけで。


 このことは言わないでおこう。ララがひっくり返ったら大変だ。よかれと思って二人にプレゼントしたのに、返しますって言われかねない。

 小型氷室にはまだまだたくさん入っているんだけど、どうしよう。


「ちなみになんだけど、もしかしてルーファスは二人にこのマグカップをプレゼントしたのかな?」


 う、ギリアムお兄様の笑顔が怖い! 目が、目が笑ってない! でもここで違いますというわけにもいかない。

 考えろ、考えるんだ。起死回生の一手を。


「はい。いつもお世話になっている二人にプレゼントしました。ギリアムお兄様もお一つどうですか?」

「いいのかい!?」

「もちろんですよ。一つとは言わず、二つ、三つと持ち帰ってもいいですよ。まだまだたくさんありますからね」

「さすがはルーファス! 私の自慢の弟だよ」


 許された! でも色々と心臓に悪いぞ。

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