第49話 つまり、違うってこと

 温泉に興味を持ったララへ詳しい説明をしてあげた。これによってララのやる気が上がれば、それほど時間をかけずにウンディーネを召喚できるようになることだろう。


 セルブスも興味津々のようである。もしかして、体の節々が痛かったりするのかな? それなら召喚ギルドに温泉を設置するのもいいかもしれない。

 それよりも、みんなが自由に入れる大浴場を用意しておいた方がいいか?


「美肌効果ですか。温泉にはそのような効果があるのですね。ぜひ入ってみたいです」

「最近は歳のせいなのか、体が痛むときがありまして、私も入ってみたいところです」


 ララの顔を見る。お肌、ツルツルのピカピカで温泉に入る必要はなさそうなんだけど、そこは乙女なんだろうな。そしてセルブスは思ったよりも負担のかかる生活をしているのかもしれない。


 セルブスの家から王城まで、距離があるのだろう。そして朝早くに起きて、毎日、馬車に長時間揺られたら、そりゃ体に異変をきたすよね。なんとかしてあげたいところだけど、王城の近くは高位貴族しか家を持てない決まりになっている。


 近場に引っ越してもらうことは権力のごり押しで可能だろうが、それをするとセルブスの肩身が狭くなることになるのは間違いない。


 それなら移動の負担が少ない魔法生物を召喚するのはどうだろうか。空を飛んで王城まで来たら――絶対、大騒ぎになるな。もれなく注目を浴びることになるだろう。おそらくセルブスはそれに耐えられない。別の方法を考えなきゃダメだな。


「召喚ギルド内にお風呂場を設置できないか考えておくよ」

「ルーファス様、さすがにそれは無理なのではないでしょうか」

「そうかもしれないけど、聞くだけはタダだよ」


 バルトが微妙な顔をしている。隣のレイは相変わらずの無表情だ。こっちは可もなく不可もなしって感じかな? まあ、やるだけやってみよう。


「レナードお兄様、いつごろ温泉を入れればいいですか?」

「できれば今すぐ入れてほしいところだ。ちょうど今、風呂の湯を抜いて、掃除をしている時間帯だからね。温泉の温度を適温にするのは俺たちでなんとかする」


 この場にレナードお兄様が来たのはそういう経緯からだったのか。温泉を入れてほしいと俺に頼むだけなら、昼食の時間でもよかったはずだからね。


「分かりました。それでは今から温泉を入れることにします。案内してもらえますか?」

「もちろんだ。騎士たちと清掃員たちにはすでに話をつけているので問題ないぞ」


 やるな、レナードお兄様。手抜かりはないようだ。それなのにどうして、自分自身のことになるとあれほどポンコツになるのだろうか。責任感の違いなのかな? よく分からん。

 そんなわけで、この場をセルブスとララに頼んで騎士団の宿舎へと向かった。そこに騎士たち専用の大浴場があるのだ。


「レナードお兄様、騎士団の大浴場を他の人でも使えるようにすることはできますか?」

「城で働いている使用人たちにも解放したいと考えているのか? それならなんとかなると思うぞ」

「その通りです。せっかくなら、いつもお世話になっているみんなにも温泉を堪能してもらいたいですからね」

「分かった。俺がなんとかしよう」


 レナードお兄様が力強く引き受けてくれた。他人がからむと本当に頼りになるお兄様に変貌するよね。いつもそうだったらよかったのだが、そうならないのがレナードお兄様のいいところなのかもしれない。

 人は完璧な人間よりも、どこか短所がある人間の方が愛されるからね。俺もそうありたいところである。


 大浴場に到着した。ちょうど掃除が終わったようで、水を入れるかどうか、迷っているところだった。

 俺たちの姿を見た清掃員たちがこちらへと集まって来た。


「第二王子殿下、お風呂の清掃が完了しました。第三王子殿下、このような場所まで、ご足労をおかけいたします」


 清掃員たちがそろってお辞儀をした。どうやら俺がこの場へやってきたことですべてを察してくれたらしい。

 つまり、この清掃員たちにも温泉の話が伝わってるってこと。


 一体、レナードお兄様はどれだけの人に言いふらしているのだろうか。この様子を見ると、特に両親から口止めされているわけではなさそうである。


「俺たちがいつも入る浴槽よりも一回りほど大きいが、大丈夫そうか?」

「問題ないと思います。ルーファス・エラドリアの名において命じる。顕現せよ、アクア!」

『お呼びでしょうか、ご主人様』

「おおお!」


 召喚スキルを初めて見たのだろう。清掃員たちが驚いている。超がつくほどのレアスキルだからね。なんと言っても、この国には三人しか使い手がいないのだから。


「この子が温泉を作り出すのか。ずいぶんとかわいい見た目をしてるな。ルーファスはこんな子が好みだったのか。でも、ちょっと幼くないか?」


 ち、違う、俺はロリコンじゃない! このままだとレナードお兄様に誤解されてしまう。かと言って、”好みじゃないです”なんて言ったら、アクアが落ち込んでしまうことだろう。

 なんとかしてうまく言い訳をしなければ。


「確かに私の好みですが、それはかわいいという意味ですからね? それ以上の深い意味はありません」

「そうか。俺はてっきり……」

「あー、温泉を入れるのがなんだか嫌になってきたなー」

「冗談だぞ、冗談。ルーファスがそんな趣味趣向を持っているだなんてこれっぽっちも思ってないからな? ほんとだぞ」


 必死だな。その必死さに免じて、今回のことは見逃してあげよう。俺の心は海よりも空よりも、なんだったら無限に広がる大宇宙よりも広いのだ。

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