第50話 つまり、オオカミの群れに飛び込んだってこと

 お風呂の栓をしっかりと閉めてもらい、いざ温泉を入れることになった。が、ちょっと待ってほしい。


「レナードお兄様、ここって男風呂ですよね? 女風呂はどうするのですか?」

「……あとでそっちにも入れてほしい」

「分かりました。それでは温泉を入れますね。アクア、温泉をこの湯船に満たしてほしい。温度は昨日のお風呂の温度よりも、ちょっとだけ熱めでお願い」

『承知いたしました』


 アクアから湯気が立ちのぼると同時に温泉が放出された。それはあっという間に大きな浴槽を満たしていった。それを見ていたみんなが”おおお”というざわめき声をあげる。

 

 フフフ、これでみんなにも召喚スキルのすごさが分かってもらえたことだろう。そしてその驚きはこれだけではすまされない。温泉に入ってからが本領を発揮するのだ。

 熱めにしたのはこれからみんなが入ることを予測したからである。これだけ大きいと、すぐに冷めてしまうだろうからね。


「昨日も思ったけど、召喚スキルはすごいな。なんでもありじゃないか」

「あ、分かっちゃいました? すごいでしょう、召喚スキル」

「うん、すごい。でもそれならなんで、これまでまったく話題にならなかったんだろうな?」


 本気で首をひねっているレナードお兄様。それは俺が登場するまでの召喚スキルがとても地味だったからですよ。

 声に出しては言えないが事実である。みんなマーモットくらいしか召喚できなかったみたいだからね。ハズレスキルだとバレなかったのは継承する人が少なかったからに他ならない。


 もし多くの人が継承するスキルだったら、召喚スキルがハズレスキルであることがすぐに発覚したことだろう。そうして起こるのは陰湿なスキルマウントによるいじめである。おお怖い。


「これで準備は完了です。すぐにでも入れますよ」

「ありがとう。さっそくみんなに伝えておくよ。次はこっちだ。こっちに女風呂がある」


 そう言ってレナードお兄様が俺を引っ張って行った。

 大丈夫かな。さすがにだれもいないよね? さっきの間がものすごく気になるんだけど。

 そんな俺の心配事の答えはすぐに出た。女風呂の前に、女性陣がたむろしているのだ。

 その筋肉質な体型からして騎士なのだろう。どうやらどこかで俺が来たことを聞きつけたようである。


「レナードお兄様?」

「いやー、まさかここまでウワサになるとは思ってなくてさ。ちょっと話しただけなんだけどね」


 苦笑いするレナードお兄様。俺たちの姿を見つけた女性陣の目がギラギラと輝いている。なんか怖いぞ。もしかして俺、オオカミの群れに飛び込んだ哀れな子羊だったりする?

 そのオオカミの群れは俺たちを囲むようににじり寄ってきた。


 ヒッ! 慌てて俺はレナードお兄様の後ろへ隠れた。どうして俺はラギオスたちを連れて来なかったんだ。まさかこんなことになっているだなんて。


「第二王子殿下、そちらに第三王子殿下がいらっしゃるということはもしかして?」

「私たちも温泉に入れるということでよろしいのですよね?」

「ああ、そうだよ。約束通り、ルーファスを連れてきたよ」


 裏で一体どんな取り引きがあったのかは知らないが、これ以上は踏み込まないようにしよう。俺がやるべきことは、可及的速やかに温泉を入れて、無事に召喚ギルドへと戻ることである。


 俺はなぜか女性陣に囲まれてお風呂場へと侵入することになった。もしかして護衛のつもりなのかな? 確かにレナードお兄様や、バルトとレイは外で待つことになっているけどさ。危険とかないんじゃないかな? 国王陛下を守るよりもさらに厳重な警戒なんだけど。そんなにか。


「こちらが女性専用のお風呂になりますわ」

「この大きさならすぐに温泉を入れられるよ。アクア、さっきと同じ要領でお願い」

『分かりました』


 先ほどと同じようにアクアが温泉を湯船に入れた。女性用のお風呂のサイズは、先ほど入れた湯船の半分程度の大きさである。

 やっぱり騎士になる女性は少ないみたいだな。遠征ともなれば、色々と大変だからね。

 それだけに、入るだけでお肌ツルツルピカピカになる温泉は喉から手が出るほどほしいのだろう。


「これですぐにでも温泉に入れるようになったよ。温度が下がったら魔法で温めてね」

「ありがとうございます、第三王子殿下。それではさっそくみんなで入りましょう」

「第二王子殿下みたいにツルツルのお肌になれるのでしょう? 楽しみだわ」

「痛みも消えるみたいだし、私の古傷の痛みも治るのかしら?」


 ワイワイと言いながら女性陣が服を脱いでいく。ちょっと待った。ここに殿方が一人いるんですけど、忘れてないですかね?

 鍛えられた無駄のない四肢は素晴らしかった。健康的な小麦色の肌もよく似合っている。俺は若干前かがみになりながらその場をあとにした。


「ルーファス?」

「ちゃんと温泉を入れて来ましたよ。次からはやり方も分かっているので、護衛の必要はないですからね」

「あー、やっぱりみんな抑えきれなかったかー」


 前かがみになっている俺を見たレナードお兄様が色々と察してくれたようである。やっぱりと言うことは、どうやらこうなることを予測していたようだ。

 それならそうと言ってほしかった。そしたら護衛は断ったのに。


 温泉の効果に間違いはないはずだ。やり遂げた、という顔つきで帰ろうとすると、レナードお兄様に止められた。まだ何か他にも用があるのかな?


「ルーファス、もう少しだけここにいてくれないか?」

「どうしてですか?」

「温泉の効果を信じているからだ。きっとみんなもルーファスにお礼が言いたいことだろう」

「あ、召喚ギルドでの仕事があるので、私はこの辺で……」

「逃がさないぞ!」


 ガシッとレナードお兄様に肩をつかまれた。

 その後、お肌ツルツルになった騎士たちによって俺たちはもみくちゃにされたのであった。もちろん、男女問わずである。



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