第25話 救出?
私は横浜駅に降りるとスマホ片手に島田先生の元へと急いだ。
「あっ桐谷先生ー! こっちでーす!」
遠くから島田先生が呼ぶ声が聞こえた。少し遅れてスマホからも同じ声が大音量で響いてきた。
「うるさっ!」
私は電話を切ると島田先生に駆け寄る。着いた場所はいわゆるラブホ街。ムーディーにライトアップされた建物が建ち並んでいた。
「城山さんはどのホテルに入っていったんですか?」
「あそこのホテルです。ちょっとガラの悪い感じの男性と一緒だったんですけど……パパ活とかなんですかね?」
「えぇー!? ちょっとなんで止めなかったんですか!」
「いやだって……彼氏とかだったら怒られません?」
「それでも彼女は未成年なんだから……」
はたと気づくと道行くカップルがくすくす笑いながらこっちを見ていた。思わず顔を背け小声で島田先生に話す。
「とにかくホテルの人に事情を話してみましょう」
「えっー! なんて言うんですか!? 無理ですよぉ」
「城山さんはうちの生徒なんですから! とにかく行きますよ!」
私は島田先生の腕を引っ張り強引にホテルの方へと歩きだした。すると突然ふっと目の前に城山さんが現れた。彼女は眉をひそめじーっと私達を見ている。
「……桐谷先生。無理矢理は良くないですよ」
私は一瞬ぽかんとした。
そして自分が掴んでいる島田先生を見て慌てて手を放した。
「違う違うっ! 別にこれはそういうんじゃないから!!」
ぶんぶんと両手を大きく振って全力で否定する。
「そうそう! 僕は無理矢理が好きとか……誓ってMとかじゃないよ!」
「ちょっと! 島田先生! そんな言い方すると勘違いされるでしょ!」
「いや、だって――」
私達のやり取りを城山さんは呆れながらジト目で見ていた。
「私は先生達のプレイベートをとやかく言うつもりはないですから……それでは失礼します」
城山さんはそう言うとすたすたと歩きだした。私は思わず彼女の腕を掴んだ。
「ちょっと待って! 私はあなたを探しにここまで来たの! 城山さん……羽田愛伊香さんはあなたのお姉さんよね?」
彼女は目を丸くしてしばらく私を見つめていた。そしてふっと優しい笑顔を初めて私に向けた。
「高橋の過去、調べてくれたんですね。とりあえず移動していいですか? あいつがそろそろ出てきちゃう」
それから事情は後日話すと言って島田先生とは駅で別れた。城山さんが落ち着いた場所で話したいと言ったので私の家に行くことにした。城山さんのお母さんには私が遅くなる旨を電話で伝え了承してもらった。
家に着いた頃にはすでに十九時を回っていた。
「お腹すいてるでしょう? なにか夕飯作ろっか?」
「先生、料理出来るんですか?」
「当り前よ~これでもちゃんと自炊はしてるのよ。簡単なパスタでもいいかな?」
「はい大丈夫です。私も手伝いましょうか?」
私は鍋に水を入れコンロの上に置いた。塩をひとつまみ入れ火をつける。
「あら城山さんも料理出来るの? じゃあお願いしようかな」
城山さんが手を洗っている間に、私はニンニクを包丁でつぶしみじん切りにしていく。フライパンにオリーブオイルとバターを入れ、その上にニンニクをのせ塩を振る。
「じゃあ冷蔵庫の一番下にキャベツ入ってるから4枚くらいちぎって洗ってもらっていい?」
彼女はキャベツを取り出すと、包丁を使って芯の方からきれいに剥いていく。
「あら上手ね。お料理好きなの?」
「昔は姉とよく作ってました。二人でお喋りしながらやってたから……よく焦がしちゃったりして」
彼女はニコリと微笑んだ。そんな彼女を見て私は胸がチクリと痛んだ。
「お姉さんのこと――まぁとりあえずご飯食べてからにしよっか」
キャベツを少し太目に千切りにしてもらい、ベーコンと炒めていく。塩胡椒をしてから固形のブイヨンを半分に砕いて入れる。隣で茹ででいるパスタの茹で汁をブイヨンが溶けるよう少し入れた。
「これ何作ってるんですか?」
「キャベツのペペロンチーノよ。ちょっと辛くても平気?」
「へ~美味しそう。あっ辛いの平気です」
鷹の爪の種を少し入れてから茹で上がったパスタを絡める。最後にオリーブオイルを回し掛け皿に盛った。仕上げに乾燥パセリをちょちょっと振る。城山さんのサラダも完成したようだ。
「「いただきます」」
彼女はパスタを一口頬張ると少し驚いたような表情で私を見た。
「あんなパパッテと作ったのに意外と美味しい」
「意外とは余計よ。でもシンプルな味でうまいでしょ?」
「はい。今度自分でも作ってみます」と彼女は笑顔で答えた。
こうやって楽しげに食事をしている彼女を見ると普通の高校生だ。修哉とあんな関係にあるとはとても想像できなかった。
そろそろ食事が終ろうかいう頃合いを見て、私は今日のことを彼女に聞いた。
「それで、今日はなんでラブホテルなんかに行ってたの? 相手は誰?」
「私が答える前に、先生はどこまで高橋のことを調べたか聞いていいですか?」
私はこれまで知り得た情報を彼女に話した。羽田愛伊香が事故死したこと。愛伊香さんと修哉が付き合っていたのではという推測――
「そしてあなたが彼とそういう関係にあるのは、お姉さんの復讐のためじゃないかって私は思ってるの」
彼女は無言で私を見ていた。そしてゆっくりと口を開いた。
「姉と高橋が付き合っていたのは事実です。この前あいつの口から聞きました」
「そう……でもだからといって、あなたのお姉さんの事故死には関係ないんじゃ――」
「橋から落ちる前日、姉は高橋の浮気現場を直接見たんです」
その言葉で私は一瞬、あの音楽室で見た出来事を思い出した。羽田さんも私と同じような絶望と悲しみを経験したのか。もしかしたらそのショックで自殺してしまったのだろうか……
「それは本当なの? そのことは誰から聞いたの?」
「佐山という女性から聞きました。彼女はその浮気相手で、姉が見たのはその女との浮気現場です」
それから城山さんは今日までの一連の出来事を話始めた。
佐山という女性はその時の様子を動画に残していた。それをダシに佐山は修哉を脅していた。そして城山さんも動画と引き換えにお金を要求された。
「でも彼女はとある事件で殺されたんです。その動画も火事で焼けたと思ってました」
「ちょっ、ちょっと待って! 殺された? まさか修哉が?」
「いえ、それは私達とは全く関係ありません。ニュースでは薬物絡みとか言ってました」
「ちょっと頭が追い付かないわ……それで、今日一緒にいた男性ってのは誰なの?」
「昨日、佐山の知り合いという男から電話がありました。佐山が持っていた動画を自分が持っていると。それで今日呼び出されて会いに行ったんです」
私はついに頭を抱えた。そんな危険なことをなぜ彼女は一人でやっているのか?
思わず深い溜息が漏れる。
「それで? ああいう場所に行ったってことはつまり……」
「ええ、金の代わりに体で払えと。でも安心してください。セックスはしてませんから。あの男がシャワーを浴びている間に動画はコピーしました。あいつのスマホはSIMカードを抜いて便器に沈めました。念のため免許証も写真に撮ってあります」
口があんぐりと開いてしまった。本当に高校生だろうか? どこぞの女スパイと言われても納得してしまうかもしれない。
「ちょっとそれについては今後、警察に相談しないといけないかもね。で、動画は見たの?」
はいと、彼女は答えスマホを私に渡した。動画を再生するとそこには激しく言い争う男女が映っていた。
男は修哉で間違いない。女性の方が羽田さんだろう。激昂する彼女を見て、私は思わず顔が歪んだ。
動画の中で彼女は修哉に腕を引っ張られ頭を壁で強く打っている。少しふらついているのを見て、よく
「これは警察に提出しましょう。もしかしたらお姉さんの事故死を再調査してもらえるかもしれない。そしてあなたと高橋先生のことも話しましょう。未成年との淫行条例違反として立派な犯罪となるわ。だから城山さん、もう復讐みたいなことはやめにするのよ」
彼女は再び動画を見ていた。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
私は彼女にゆっくり近づき、後ろからそっと抱き締めた。
「もう十分よ。あなたは一人でよく闘った。もうこれ以上自分を傷つけては駄目。お姉さんだってそんなの喜ばないわ」
彼女は俯き両手で顔を覆った。次第に肩を震わせすすり泣いた。
「うっ、うぅ……お姉ちゃん……あいがおねえちゃぁぁん!」
彼女は大声で泣いた。今まで張りつめていたものがぷつりと切れたのか、小さな子供のように泣きじゃくった。何度も何度もお姉さんの名前を呼んで。
大切な人を失って、きっと辛かったんだろう。苦しかったんだろう。彼女の本当の胸の内は私には推し量れない。でも今は、たくさん心が傷ついた彼女を慰めてあげたかった。
「頑張ったね……もう大丈夫。もう大丈夫だから。後は私が――」
そう言いかけた時、頭にドンっと強い衝撃が走った。
振り向くと修哉が立っていた。手にワインボトルを握りしめて。
額からツーっと血が流れ落ちる。スローモーションのように体がゆっくりと倒れていった。徐々に頭が
しまった…………合鍵を渡していた――
「逃……げて……」
声にならない言葉を残し、私の意識は暗闇へと落ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます