第24話 祐加理を探せ
居酒屋で怜子の話を聞いた後、私はますます修哉と会うのを避けていた。次の日からの四日間はテスト期間ということもあり、それらしい理由を付けて修哉とは会わないようにしていた。明日がテスト最終日。今日までは午前中で終わる為、昼過ぎには帰宅した。
もうこれ以上交際を続けて行くのは無理だろう。理由のひとつとしては彼の浮気。
あの日見た音楽室での出来事、城山さんの思わせ振りな態度。
浮気していた事は間違いないだろう。
彼を愛していただけにそのショックは大きかった。これまで口には出さなかったが私は結婚も考えていた。自分じゃない女と交わる彼を見た時の絶望感は未だに消えていない。
そしてもう一つ、彼は教師として、社会人としてあってはならない過ちを犯している。 未成年との淫行は立派な犯罪行為だ。確実な証拠はないが、学校に報告する義務がある。
おそらく彼は教師を辞める事になるだろう。これは私ができる精一杯の復讐だ。
ただ心配なのは城山さんにどう影響が及ぶかだ。彼氏の浮気相手を心配するのもどうかと思うが、彼女は生徒で私は教師という立場。不思議と嫉妬や憎しみといった感情はそれ程なかった。
そして彼女が言ったあの言葉が気になる。
「私は高橋先生の事は好きじゃありません。むしろ死ぬほど嫌いです」
これはどういう意味なのか。体だけの関係を望んでいる? 所謂セフレなのか?
そうだとしても、あえて嫌いな人を選ぶだろうか? それとも何か脅されているのか。
修哉の過去を調べろと言ったのも彼女。考えれば考えるほど彼女の目的が見えてこない。
一人ソファで頭を抱えている時、電話が掛かってきた。相手は松下怜子だ。
「もしもし怜子、この前はありがとね」
「いいのいいの、私も息抜き出来たし。そうそう、この前話してた例の事件。追加情報が出てきたから
私はコーヒーを継ぎ足しながら彼女の言葉を待った。
「亡くなった羽田さんの御両親、あれからしばらくして離婚してたみたい。それで羽田さんには一人、妹さんがいたらしいんだけど、その子はどうやら
それを聞いて思わずコーヒーを吹き出しそうになった。
「んぶっえぇっ!? うちの高校に!? 今何年生?」
「今二年生。同じ椿川の付属中に通ってた生徒に聞いたから間違いないよ。名前はね、えーと城山祐加理。母親に引き取られたから苗字が変わってるみたいね」
この時、パズルのピースがピタリと
城山祐加理の目的はきっと復讐だ。
羽田愛伊香の自殺に修哉は何らかの形で関係している。
彼女は真実を必ず知っている。
怜子との電話を切った私は急いで学校へ向かった。
学校へ着くと島田先生がテストの採点をしていた。流石に今日は資料の本を山積みにはしていない。
「お疲れ様です島田先生! 上野先生ってまだいらっしゃいますかね?」
「ぇあっ桐谷先生! あっあぁーーー!」
急に声を掛けられた島田先生は驚いて答案用紙に大きな丸を描いた。
テスト問題を手伝った時、私が阿修羅のごとく怒ったことが未だにトラウマのようだ。
「やっちゃいました……あれ? 今日は帰ったんじゃなかったんですか?」
「ちょっと用があって。それ大きな花丸にしたらどうかしら?」
「流石にそれは……習字の添削みたいになっちゃいます」
答案用紙の名前を見ると春香ちゃんだった。彼女なら笑ってくれそうだけど。
「ところで上野先生って見ました?」
「二年B組担任の上野先生ですか? ん~先程帰ってたような……」
「うわー遅かったか! 城山さんまだ学校いるかな……」
「城山さんって、B組の城山祐里香ですか?」
「ええ。ちょっと城山さんと話したいことがあって。保護者の方の連絡先を知りたいなと思いまして」
「だったら僕わかりますよ。去年城山さんのクラスの副担任でしたから」
「本当ですか!? ちょっと教えてもらっていいですか?」
ちょっと待ってくださいねと、彼はパソコンの連絡網を開いた。
「えーと城山さんは……あーありました。自宅の電話番号でいいですかね?」
「ありがとうございます!」
私はすぐに番号をメモし自分の席の電話で城山さんの自宅へと電話した。
五回コールが鳴った後、受話器から女性の声が聞こえた。
「もしもし――」
「もしもし、城山さんのお宅でしょうか? わたくし海蘭高校の桐谷と申します。祐加理さんのお母様でらっしゃいますか?」
「はいそうですが……どういったご用件でしょうか?」
「ちょっと祐加理さんにお聞きしたい事がございまして。祐加理さんはもう帰ってらっしゃいますか?」
「一度帰って外出したみたいで……娘が……学校で何か問題でも?」
少し不安そうな声で城山さんの母親が言った。ここで一瞬、愛伊香さんや修哉の事を話そうか迷った。だがまだ城山さんが復讐しようとしているのでは、というのは私の憶測に過ぎない。
「いえいえ! 私は祐加理さんのクラスの世界史を担当しておりまして、今回ちょっと答案用紙に不備があって、本人に直接確認したいことがございまして――」
ちょっと意外な要件だったのだろうか、返答に少し間があった。
「……お急ぎでしたら娘の携帯の番号をお教えしましょうか?」
宜しいでしょうかと、私が言うと城山さんの番号を教えてくれた。お礼を言って電話を切るとすぐに、自分のスマホで彼女に電話を掛けた。
コール音は鳴るが彼女は電話に出なかった。留守電に折り返し電話が欲しいとだけメッセージを残した。
電話を待ちながら私がコーヒーを飲んでいると、採点を終えた島田先生が帰り支度を始めた。
「そういえば桐谷先生。今回はテスト問題一緒に作って頂いてありがとうございました。今度お礼に何か……甘いものとかがいいですか?」
私があんなに怒ったのは糖分不足とでも? ニコリと微笑みを投げ掛けながら私は丁寧な口調で言った。
「お気持ちだけで結構です。最近ストレスで太ってきましたので」
ドキリと身を縮こまらせると、彼はそそくさと職員室を後にした。
その後、しばらく経っても城山さんからの連絡はなかった。外はもう暗くなり始めている。仕方ない家で待つかと思った時スマホが鳴った。
急いで出ようとすると着信相手は島田先生だった。思わずため息を吐く。
「もしもし。島田先生どうかしました?」
「あっ桐谷先生! 城山さんから電話はありました?」
「いえ、まだ掛かってきてないですけど――」
「さっき城山さんを見かけて、声を掛けようとしたんですが……男性と二人で歩いてまして」
「本当ですか!? 場所はどこです?」
「横浜駅の方なんですが、その……ラブホテルに入っちゃったみたいで」
「!? 島田先生ちょっとそこで待っててください! すぐ行きます!」
私は電話を切り大慌てで職員室を飛び出した。
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