第17話 狙い撃ち
小さい頃は姉の真似をして私もクラリネットを習いたかったが
「
新入部員は私を含め十五人。入部初日、私はあいつの顔を初めてはっきりと見た。
「顧問の高橋です。うちは音を楽しむがモットーだから、みんなで明るく楽しくやって行きましょう」
ニコニコ喋る高橋の顔を見て、正直私は吐き気がした。こいつには絶対裏の顔がある。そしてあの日、きっとお姉ちゃんはこいつのせいで、心が傷付き様子がおかしかったんだ。私はそう確信があった。
両親が離婚することになり、少しずつ荷物を整理している時の事だった。姉の遺品は全て持って行くつもりだったので部屋を片付けていると、本棚にとあるノートを見つけた。
表紙には「吹奏楽部 2020日誌 No.3」と書いてあった。
最初のページにはカラフルな色ペンで
<祝! 交換日誌 3冊目 修哉 ♡ 愛伊香>
と大きく描かれてあった。これは見覚えのある姉の字だ。
修哉とは誰なのか。最初に浮かんだ疑問がそれだった。次のページを捲るとそこには、日付やメッセージなど字体が違う文章が交互に書かれてあった。ページの先頭に書かれてある文章を読んでみる。
<7/15 晴 from あいか
今日も練習お疲れさまでした♡
やっぱり指揮棒振ってるしゅうくんはかっこいいね♪
今日はいっぱいミスしちゃってごめんね
てかあの曲はやっぱり苦手~今から他の曲に変えて~
変えてくれたら手料理作ってあげる♡
次はいつお家に行ける~?>
<7/18 しゅうや
今から変更なんて無理言わない(笑)
苦手な曲でもがんばってるあいかはえらいよ
最近はいろいろ予定が詰まってて
次は再来週くらいになっちゃうかも ゴメン!>
交換日誌の内容を読むと、どうやら姉はこの修哉と付き合っていたとわかる。この修哉なる人物はおそらく吹奏楽部の顧問の先生だ。確か苗字は高橋だったと思う。
姉の死後、その原因の調査が学校でも行われた。だが学校側としては特に問題はなかったという結論が出された。ということはこの高橋は付き合っていた事実を学校には報告していないのだろう。
スマホではなく交換日誌を連絡手段としていたならば、その関係が周りに知られていなかったのかもしれない。スマホを調べられてもその証拠は出ない。
なぜ高橋は姉との交際を隠しているのか。未成年でしかも生徒と付き合ってる事は当然知られたくはないだろう。だがそれ以外にきっと何かある。
死の前日のあの虚ろな表情。姉が体調を崩すほどの出来事が二人の間にはあったはずだ。それをあの男から絶対に聞きだしてみせる。
そして入部してから三か月後のある日の練習終わり、ようやくあいつは私に声を掛けてきた。
「城山さんちょっと残ってもらっていいかな? 個別で指導したい箇所があるんだ」
その言葉を聞いて私はピンときた。これは個別の練習とかじゃない。きっとこれがこいつのお決まりのパターンなんだろう。
私は一人音楽室であいつが来るのを待っていた。
「いや待たせたね城山さん。練習前にちょっとだけお話いいかな?」
そう言うとあいつは準備室の方へと入っていった。私も中に入りテーブル近くのパイプ椅子に座った。
「城山さんは部活はだいぶ慣れた?」
紅茶をテーブルに置きながら奴は私の横の椅子に座った。
「はい。先輩方も優しいですし、レベルは高いけどやり甲斐があります」
「大丈夫。城山さんも一年生とは思えないくらいレベル高いよ。フルートは小さい頃からやってるの?」
「はい、四歳の時に始めました。姉の影響で」
「へぇ、お姉さんもフルートを?」
「いえ姉はクラリネットをやってました」
紅茶のカップを持つあいつの手が僅かにピクッと反応した。「やってます」ではなく「やってました」この言葉の意味がこいつに届くだろうか。
高橋はゆっくり紅茶を一口飲むとカップを置きながら足を組み変えた。お姉さんもきっと上手なんだろうねと、ニコリと笑いながら言った。
それから少し学校の事など話し、そろそろ練習しようかの一言で私は音楽室へのドアに向かった。そしてドアノブに手を掛けた時、後ろから高橋が抱きついてきた。
一瞬で体中に寒気が走った。髪の毛が逆立つのがはっきりとわかる。私は思わず声が出そうになるのをなんとか飲み込み必死に耐えた。
「教師がこんな事をしてはいけないのはわかってるけど……君の事が好きになってしまった。君は僕の事どう思う?」
耳元で囁く声に私の体が拒否反応を示す。足が震え全身に力が入る。私は目を閉じお姉ちゃんの顔を思い浮かべた。
――今は耐えろ。こいつに私の事を信用させるんだ。とことん好きにならせてから突き落としてやる。お姉ちゃんを傷付けた報いを必ず受けさせる。
震える声を隠すように私は小さく答えた。
「私も好きです……」
その言葉を聞くと、高橋は私にキスしようと顔を近付けてきた。私は顔を下に向けそれを避けた。
「……まだそういうのは恥ずかしいです」
そういうところも可愛いねと、あいつは微笑んで言った。私は気付かれないよう奥歯を思いっきり食いしばった。
こいつはきっと狙った獲物を落とした気分だろう。
でも狙っていたのは――
私の方だ。
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