第18話 切り札


 そして私と高橋との秘密の交際は始まった。

当然、普段は先生と生徒として接し、二人で会うのは部活の練習が休みの放課後、

決まって音楽室か準備室だった。


 練習中に何度もあいつは私にちらりと微笑む。その度に私は心を押し殺して微笑み返す。

部員の中にはあいつの笑顔が素敵だとキャーキャー言う人もいるが……糞食らえだ。



 今回は姉の時と違い、普通にメールで連絡を取ってきた。それでもメールが送られてくるのは音楽室に呼び出す時だけ。それ以外はほとんど連絡はなかった。


 誰もいない放課後の音楽室であいつは密かに愛を語らってくる。


「演奏の時、いつも祐加理のフルートの音だけ僕の耳に届くんだ。その音色を聴くと僕の心は暖かくなる」


 そう言い終わると私の顔を引き寄せキスをしてくる。私はなるべく頭を空っぽにしてそれを受け入れる。初めて口にキスをされた時は音楽室を出て速攻で口を洗った。


 家に帰ってからも唇が痛くなるほど擦って洗った。

 

 挫けそうなときはいつもお姉ちゃんを思い出した。見守るような優しい表情。私を励ましてくれた笑顔。辛い時、寂しい時、いつもギュッと抱きしめてくれた。


 世界で一番大好きな愛伊香お姉ちゃん。その誰よりも大切な人を高橋は壊した。


 絶対に許さない――お姉ちゃんの無念を晴らせるなら、その魂を救えるなら、私の体や心なんてどんなに傷つこうが構わない。どんな凌辱だって耐えてみせる。


 この男を完全に潰すまで私はやめない。



 そして夏休みに入ったある日、あいつから自宅に来るよう連絡があった。

私は用意していた小型カメラをバックにセッティングし、あいつのマンションへと向かった。自宅に呼んだという事は、その目的はセックスだろう。


 未成年との淫行。その決定的な証拠を得るため私はあいつの部屋へと入った。


「シャワー先に浴びてくる?」


 そう言われ私はバスルームに入った。決意をしててもやっぱり躊躇ちゅうちょしてしまう。


「……覚悟を決めなきゃ」その声はシャワーの音に紛れて消えた。


 高橋がシャワーを浴びてる間にベッドが映るようカメラを仕込んだバックを置く。シミュレーションは何度もやった。


 あいつが上半身裸で寝室へとやって来た。いつものように微笑んでいるが私には気色の悪い笑い顔にしか見えない。


「あれ? また服着たの?」


 私はシャワーの後、服を全部着てからベッドに入っていた。


「先生、実は私ちょっとMっ気あって……強引にされてみたいって願望が……」


 高橋は少し驚いたがすぐにニヤリと笑った。

私は隠しカメラのマイクはオフにしていた。この会話が録音される事はない。


 あいつは嬉々とした表情で私の服を強引に脱がし始めた。怪しまれない程度に嫌がる素振りをする。少しでもあいつが無理矢理やったように見せかけなければ。あいつが受ける罰は僅かでも重くしたい。


 なるべく演技に集中することで、その行為自体から気を逸らせたい思いもあった。





「ごめんね。痛かった?」


 私は何も答えず、只々泣いてる振りをし続けた。いや本当に涙が出ていたかもしれない。そしてしばらくの間、少しだけ自分のために泣いた。



 これで切り札は一つ手に入れた。あとは姉の死の真相。


 あの日に何があったかを喋らせるだけだ。



 それから夏休みの間、何度か自宅へ呼ばれたが何かと理由をつけてうまく躱すことができた。



 夏休みが終わり文化祭が近づく頃、高橋に変化があった。音楽室へ呼び出される事がピタッとやんだ。なんでも一年C組が文化祭でやるミュージカルの手伝いをやっているらしい。吹奏楽部の練習もあるため時間があまりないのだろう。


 そして文化祭が終わってしばらく経ったある日、高橋と世界史の桐谷先生が付き合ってるらしいとの噂を耳にした。


 確かにあいつが私に向ける好意は薄れている印象はあった。


 それから三学期の終わりまで高橋から連絡が来る事はなかった。部活中でも目を合わせる事すらなかった。少しホッとする気持ちと、復讐を成し遂げてない若干の焦りで複雑な心境だった。


 私が二年生になり、吹奏楽部に新入部員が入ってきた。

その一年生の一人をあいつがチラチラ見ている事に私は気付いた。


 嫌な予感がする――私は久しぶりに高橋に連絡を取った。


 


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