この本の作者は

瀬戸者 サチ

第1話

 異世界が舞台になっているあるVRMMOが、少し前にアップデートを行った。一部のオブジェクトの質感を特定の状況下においてよりリアルにしたのだ。

 これまでののっぺりした面ではなく、紙や革みたいなザラつきや凹凸。本棚に並ぶ背表紙を撫でてそれを体感している僕は、たぶん顔がにやけている。

 入口のドアが開く音にハッとして顔を引き締めた。お客様に変な顔を見せる訳にはいかない。が、別に問題はそこまで大きくないかもしれない。

 ここは本屋。この世界における僕の我が家兼プレイの拠点だ。来るのはほとんどプレイヤーで、にやけていてもVR技術に感動しているんだなぁ、で済ませてくれるはずだ。たぶん。


「店主、一体あんたは何をしているんだ?」


 そんな僕に都合の良いことはこの世界でも存在しなかったようだ。

 入って来ていたのは、NPCのジェイク。うちの常連さんである。メタ的に言うなら、生産職向けクエストのフラグだ。


「たくさん集まったなって思ってたんだよ。今日も本を売りに?」

「今日は少し違うな。これを頼む。ダンジョンでドロップした物だ」


 クエスト受注画面を確認してから買い取りを進める。クエスト名はいつも通り『買い取り依頼』。しかし、依頼品はいつも通りではなかった。


「どうも物語が書かれた紙束のようなんだが、買い取って貰えるか?」

「少し中を確認してもいいか」


 よくある400字詰めの原稿用紙の束で、枚数は50枚ほど。1枚目には作者名はないがタイトルが書かれており、ノンブルも全てに振られている。ところどころ番号が飛んでいるため、これが全部ではないようだ。

 タイトルは『朝起きたら私が最強の勇者を召喚した事になっていた件について』。タイトルを見ても内容を流し読みしても、ただのラノベである。


「うん大丈夫だ。買い取るよ」


 これは一体誰が書いたんだろう。AIか、運営か、プレイヤーか。謎が多すぎる3択だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

この本の作者は 瀬戸者 サチ @setomono-sati

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ