4章・四節

洞窟を抜けた後、一行はイーサミエへ向け北へと進路を進めた。花畑が途切れた後に踏み均された道が続いており、大浸食前は人通りが多かったと見受けられる。この先向かうは大都市との話なだけに、ここまで旅人の姿が見当たらない事が一行の不安を駆り立てていた。


しばらく進むと、おそらく魔神の襲撃によって滅びたであろう村の跡が見えた。焼け落ちた家々は見るも無残な姿であり、"大浸食"による被害をこれでもかという程に主張している。生き残りや魔神の手がかりを探すため、探索を行う冒険者達。


「…物体は焼け焦げていても、住人達の骸は無いわね。全員上手く逃げ切れたのか、誰かが埋葬したのかしら。」


「避難した事を祈りたいところだが…その様子では、良い状態ではないみたいだな。」


斥候ミリヤムと森羅導師ルミナリアが揃って良い表情を浮かべなかったため、アメジストもまた悲しみに目を伏せる。


「戦いの跡がある以上、犠牲者がいないわけがない。焼け残った壁や地の節々に血の跡もある。少なくとも全員生存は考えられない。」


「不浄の気配はありますが、怨念の籠った魂は感じ取れませぬし、恐らく亡くなられた方々は丁寧に扱われたのでしょう。浄化の必要はなさそうですな。」


「…一応、祈りは捧げとく。天国への道中、迷わないようにネ。」


神殿らしき建物の傍に行き、祈りの言葉を捧げるOEC。その後も散策を続けるが、余程酷い火災であったのか殆どが焼け焦げており、襲撃者の手掛かりとなるような物を見つけることは出来なかった。

不意の魔物に注意しつつ先へと進んでいくと、向かい側から人が歩いてくる。中性的な顔立ちに軽装ではあるが冒険者の装備を持った、エルフの吟遊詩人のようだ。ようやくの遭遇に一安心しつつ、先に気付いたアメジストがルミナリアを別方向の探索に誘いその場を離れていく。吟遊詩人もまた、この村に人の姿がある事に驚きつつ話しかけてきた。


「君達は…冒険者ですか。珍しいね、未だにこの周辺で活動している方がいるとは。」


「…? どういうことだ?」


不思議そうにする一行に対し、エルフは「おや?」と疑念を抱く様子を見せつつ目を光らせる。察したミリヤムがチップを手渡すと、吟遊詩人は喜んで語りの用意をし始めた。流石に見せないのは可哀想だとルミナリアを呼び戻し、発狂厳禁を言い渡しながら一行はイーサミエの歴史と現状について音楽と共に聴き始める。見世物として当初は楽しむ気持ちも持っていたが、悲惨な現実をこと細かに表現した内容は全員を無言にさせるものであった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

この先に在るのはコルガナの物流を支える港湾都市イーサミエ。嘘か真か、かつて大海賊"ゴルトン"に連なる者達が制覇を成し遂げたコルガナ海に面する地。地理的に驚異の少ないイーサミエは軍隊を持たず、漁業に勤しむ海の漢達の力と、莫大な経済力で他都市との関係を築いていた。

だが、金や名誉では"大浸食"によって都市部に発生した魔神の襲撃は止められず。空を飛び、影に隠れ、時にはヒトに化ける奴らに海の漢達だけでは太刀打ちできない。強き指導者が存在せぬイーサミエでは大きな混乱が巻き起こり、魔神の蹂躙は他都市より大きく、長く続いた。戦いの術はあれども、戦いの策を企てる者がいない。統制取れない状況の中、前に出た者が帰還せず、備える者はごくわずか、残るは怯えうずくまる者、諦め停滞する者ばかり。結果彼らは、都市部から辛くも魔神を追い出した段階で籠城を選択したのだ。

幸いにして海に面し食料はある。海魔ならば恐れる事はない。危険な外に繰り出すより、縄張りの中で細々と暮らしていこう。数か月でかの港湾都市は、閉鎖都市に様変わり。来訪者は危険分子と突き放し、外出者など存在しない。周囲の被害もそ知らぬふり、我らは何より命が大事。

…災害により地獄と成り果てた大都市は、絶望の淵に落とされ、凪る停滞を余儀なくされたのであった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


詩人が語る内容は決して夢物語などではない、残酷なまでの真実を描写した。美しく語る姿に見惚れていたルミナリアもその表現力に心を討たれ絶句する。話し終えたエルフの詩人は、楽器を片しながら己が役割を話しだす。


「僕はね、元々イーサミエを拠点にして活動していたおかげで、ある程度の入出を認めてもらえてるんだ。この村に来たのは、襲撃時にたまたまイーサミエにいたせいで帰れなくなってしまった女の子からの依頼だったんだけど、おかげでその子だけは助かった。惨状をその子に報告した後、死んでしまった人達をそのまま放っておくことが出来なくて、一人で戻って亡骸の埋葬や遺品の整理をしていたってわけ。決して、火事場泥棒じゃないからね。」


「そうか、あなたが…この村の事は残念だったが、おかげで気持ちが少し和らいだよ。ありがとう。」


アメジストの感謝に少し苦笑いをしつつ、詩人は身支度を整え旅立ちの準備をする。クルツホルムへ向かっていたようで、イーサミエの現状と打開策について確認したいとの事だった。


「心残りも終えた事だし、これ以上あの都市にいても何も入ってこないから。玄関都市にいけば、また何か違った話が聞けるかもしれないと思って。君達は、どうしてイーサミエに?」


「まさに、現状の打開をするためだ。そんなことになっているとは、道理で情報が入ってこなかったわけだが、それならイーサミエ側にも話は届いていないだろう?」


ミリヤムはこの地域の主・魔域が討伐された話を第三者視点で話したが、途中でシャロームが「俺達が」と言ってしまったせいで結局討伐した事実をばらされていた。吟遊詩人は先程より大きく驚くと、少し考えた後、自らの考えを述べる。


「そうか、君達のおかげで南側は平和になったのか。魔神だけでなくあの大蛇は本当に厄介だったから、素晴らしい知らせになると思う。それに魔導列車の再開通だなんて、物流で活きた都市にとって朗報以外のなにものでもない。…けど、すぐに開通、とはいかないだろうな。」


「そう! ヤルノが困ってたよ? 鉄道ギルドの支部員と連絡が取れないって!」


「そうなんだ。さっきも言ったけど、人々の気持ちが閉鎖的になってしまったから。今の鬱蒼とした雰囲気を払うためにもう一押し必要かもしれないな…」


「…それについては、考えがあるわ。もしかしたら、良い方向に動くかもしれない。可能性は低いけど……」


不安要素に対しエンレイが、シャロームを見ながら答える。アメジストへ海の漢について熱く語っている彼の頭には、黒く揺らめく羽根のついた帽子が乗っかっていた。それを確認し何かを思いついた吟遊詩人は、驚きを通り越して呆れていた。


「まさか、本物かい? 本当に存在していたとは…話題の尽きない君達の話をもっと沢山聞いてみたいけど、どうやら希望の星達の存在を各地に伝える事が僕の役割みたいだからね、今度会った時には是非聞かせてほしい。」


「こちらこそ。あなた達のような"真実を伝える"吟遊詩人とは、いくらでも仲良くさせていただきたいわ。特に長命で実経験豊富なエルフさんなら、信憑性は大きいもの。」


「!! そ、某もですぞ!! 貴方様のような見目麗しいエルフ様と是非ともお友達になれましたらと!! っあっこちら今日という出会いの記念にどうぞでございます!! さぁ!さあ!さあ!!」


食い気味に割り込んできたルミナリアの手からは洞窟で見つけた朱い宝石が差し出されており、その眩い輝きに臆することなくエルフは宝石を受け取った。素直に受け取ってもらえると思わず驚くルミナリア。慣れているのかと思いきや、真面目にその宝を鑑定し始める姿は単純に宝石に興味を持ったようだった。


「これは…この装飾は、魔動機文明時代中~後期か…? おっと、ごめんなさい、つい癖で。遺跡とか遺物とか、古い物にも関心があって。これはありがたくいただいていくね。ありがとう、美しい姫君よ。」


殺し文句と共に差し出された手にキスをする。ルミナリアエルフ狂いが赤面しフリーズしたのを確認しつつ、エルフは別れの言葉を述べる。


「じゃあ、これで。貴重な情報を交換出来て僕も嬉しいよ。君達がきっとこの地方を救ってくれると信じてるから、僕も頑張って情報を集めておくね。」


「あ、あぁ、救えるかは分からないが、善処してみるよ。そちらも、元気でな。」


アメジストに合わせ、他の冒険者も挨拶を済ます。ルミナリアがたどたどしく言葉を放っているのを優しく笑いつつ、ついでのようにお願いをしていった。


「あ、もし、冒険の途中でアル・ペジオという女性を見かけたら、妹が探していると伝えてほしい。生きているかもわからないけど、きっと姉さんは世界一カワイイエルフになってると思うからさ。よろしくね。」


手を振りながら颯爽と去っていく彼女を、唖然としながら見送る一行。


「いま、妹って、いったよな?」


「…やめよう。これ以上の刺激は、彼女の情緒が持たない。」


「アハハ、ルミナリア、変な顔~」


白目をむき飛んでしまっているエルフ狂いは、意識を取り戻した後もしばらくの間、右手に受けた優しい感触のフラッシュバックに悶え苦しむ羽目になった。


    †


野営を挟み、日が昇り始めた頃に一行はイーサミエ前へ到着した。

都市の様子を確認しようにも灰色の塀に囲まれた都市は来るものを拒み、魔導列車の線路が入る黒鋼の大門も固く閉ざしていた。門番の姿も確認できなかったため、線路の上に立って思い切り門を叩き、接触を試みる事にする。


「こーんにーちはー。私達、クルツホルムからの書簡を届けにやって参りましたー。

開けてくれませんかー。」


「アメ子、なんで語尾伸ばすの?」


「えっ、こういうものじゃないのか!?」


「どこの常識よ、それ。」


アメジストの謎の文化について話していると、大門の横の方から人影が出てくる。塀の隙間から出てきた門兵は槍を装備しているようだが、あまりこちらを警戒しているようには見えない。


「線路の上で、何をしてるさね?」


「えっ、あ、入口はここなのかなって。私達、依頼でイーサミエに用がありまして。」


恥じらいながらアメジストが説明すると、男はハァ、とため息をつき、後悔するように話す。


「線路から中に入ろうとする奴ら、初めてじゃ。どう見ても地元のモンには見えんし、一番危ないトコから入ろうとするもんでつい声を掛けちもぅた。おまんら、冒険者か?」


「そうだ。クルツホルム冒険者ギルド連盟の依頼で書簡を届けに来た。これには…」


「あと、ここの鉄道ギルドの人に会いに来た! ヤルノが心配してるから会わせてよオッチャン!」


ミリヤムの説明に割り込んで門番に顔を近づけるOEC。見慣れぬ女性(に見える姿)の接触に頬を赤らめつつも、真面目な態度は崩さない門番。


「ぅえ、鉄道ギルドの保線作業員かいな。勘弁してくれ、騒動を持ち込んだなんてバレたらオラの首が飛んじまう。書簡は預かるから、中に入るのは諦めてくれ。ほんじゃな。」


逃げるように塀の中へ戻ろうとする門番であったが、気付いたOECは腕を掴み、深刻そうな顔をして引き留めた。


「待って、大事な話なんだ。クルツホルムで、街中に蛮族が平然と侵入していたんだよ。"大浸食"で剣の加護が弱まってる。この都市の状況は聞いたよ、今のままじゃいつ蛮族の群れに襲われるか分からない。あなたの命も心配だ。いくつか剣の欠片持ってきたから、それだけでも納品させて。お願いだよ、あなたにしか頼めないんだ。」


掴まれた腕にはいつの間にか彼女?の両手が重なっている。少し憂いを魅せる整った顔立ちのアルヴと目が合い、顔を真っ赤に染め上げた門番の両目は助けを求めるように空を彷徨っていた。


「わ、わ、わ分かっただよ、分かったから手を離してけ。こっちさついてくるね。」


その言葉と共に門番はダッシュで塀の扉へ駆けていく。許可をもらったOECは先程見せた憂い顔など無かったかのように、にこやかな笑顔で全員に声をかけた。少し肌に艶もあるように見える。


「ヨシ、これで入れる! 門番サンがイイヒトで良かった♪」


「…悪い子ね、全く。」


ある者は悪知恵へのため息を、ある者は人心掌握術への感心をみせながら、吸精したアルヴを先頭に籠城の港湾都市へと足を踏み入れるのであった。


    †


草原と湿地の間に存在する港湾都市は、丘から海へ向かい扇状に緩やかな坂道を形成しており、その道中に階段状に建物が立ち並ぶ"ひな壇"を形どっていた。最下には大小多くの漁船が海に並んでおり、中心にはボスンハムンとの定期船であろう巨大な船舶が出港を待ちわびている。登り始めた朝日が海面を跳ね返り、空を舞う海猫とともに美しい港の風景を演出していた。

絶景スポットになり得たであろう入口のその場所は、今は幾重もの木杭が設置され、大型の弩や投石器が立ち並ぶ"最前線"となっていた。門番に連れられ冒険者達が中に入ると、装備の手入れを行っていたレプラカーンの青年が会うなり怒鳴り散らしてくる。


「おいおいおい! なんで入れちまうんだよ! そいつらが魔神の手先だったらどうすんだ!! さっさと追い返せ!!」


「ま、待ってくれ、こいつらあの大門から入ろうとした大阿保者だったんだべ! なんも知らんで入ろうとした時点で、奴らの仲間じゃないと思うんよ!」


門番の言葉に青年は一瞬呆気にとられたかと思うと、今度は勢いよく笑いだした。何事かさっぱり分からない一行に対し、門番は指をさしながら大門について説明をする。


「ほら、あっちが大門の入口だべ。開けた瞬間、上から木杭・正面から投石・横から鉄槌・下は地雷が作動するようになってるさね。"大浸食"で魔神達が襲ってきた時、最初に魔導列車が狙われた事からあそこが一番厳重になってんだ。もう何度も作動しとるし、知っちょる奴は近づこうともせん。そういうこっちゃね。」


「わ、私達はあと一歩で死んでたのか…」


異様なまでの仕掛けに青ざめるアメジスト。人の手が無くとも自動で迎撃できる仕組みになっているようで、踏み入れた者を容赦なく蹂躙する罠となっていた。そのさまを見て、OECはプリプリと怒っている。


「ちょっと! あれじゃ列車動かせないヨ! どうすんのサ!」


「列車なんか動かすわけないべ! そんな危ない事、だれがするさね。」


「ひひ、そうだぞ、あんなもん動かしたら侵入し放題じゃないか。お前ら、面白いな。」


周囲には青年の笑い声だけが鳴り響く。重厚な武器が並ぶ割に彼以外の人影が見当たらず、吟遊詩人の言った通り"戦意を喪失した"状態である事は間違いが無い様だ。

満足したのか笑い終えた青年が更に話を続ける。


「お前らみたいなやつ、久しぶりだ。様子を見るにこの街の状態は知ってるみたいだが、本当に何の用で来たんだ? うちのシュリョーに会いに来たのか?」


「…冒険者ギルドに向かいたい。連絡すべきことがあってな。首領というのは、この防衛線の装備を考案した者か?」


「おうよ! ガザレナさんはこの街で唯一の軍師にして誰よりもこの街を愛してるすげー人なんだ! 冒険者が来なくて何もできないギルドなんかよりよっぽど貢献してんだぞ! お前ら面白いから、特別に合わせてやるよ!」


ミリヤムの問いに青年は誇らしげに答える。良い機会を得たためガザレナに会いたいが、開店休業状態のギルドを放っておくわけにもいかず、一行は二手に分かれこの街を探索する事にした。


    †


ミリヤム・OEC・アメジストは青年から教えてもらった場所にある冒険者ギルドへと向かっていた。一行はいつも通りルミナリアが立候補すると考えていたが、「今エルフの事を考えると先の衝撃が…あの美しき方の幻が…」と周囲との接触を避けていた為、代わりにアメジストが向かう事になった。


「……人っ子一人いないとは。戸も窓も全て閉まっている。」


道中は一切の人の姿が無く、住宅エリアや商店街、港へと続く中央通りも静寂に包まれていた。建物の中に人の気配はあり、中には様子を伺うようにこちらを覗いている姿もある。来訪者の情報が全域に伝わっているとも考えづらいため、元々がこのような状態なのだと判断することが出来た。


「つまんないのー。街って言えるのかな、コレ。」


いつもは一番に色町へと繰り出すOECも大人しくしており、先の鉄道の件も含めてあまり機嫌は良くないようだ。何事も無く港町まで降り、中心街へ辿り着く。

イーサミエのほぼ中心にある唯一の冒険者ギルド"ディープセイバーズ"は明かりこそ点いているが、物音のする気配もない。錆びついた木扉を開けると、誰もいないテーブルが立ち並ぶ中、カウンターの奥で一人うつむいている女性の姿が見えた。どうやら寝てしまっているようだ。


「こんにちは、お嬢サン。素敵な寝顔ですネ♪」


OECに鼻を突かれ、はっと目を覚ます受付嬢。見慣れぬ冒険者3人の姿に挙動不審になっている。


「ぅえっ、あ、ぼぼ冒険者さん!? あ、夢かな・・・最近昼寝ばっかで夜寝れてないしな・・・」


「イイネ、真顔も素敵♪」


「うーん、だいぶ欲求不満な夢だな…確かに最近、やる事なくてつまらないけど…

 って、え? あイタァ!!」


ボケている女性に思い切りデコピンをかますミリヤム。額を抑える彼女の姿に笑うOECと心配するアメジスト。


「夢じゃない。仕事を頼みたいのだが、あんたで大丈夫なのか?」


「え、あ、ええ! ホンモノ!? す、すみません! 今すぐに!!」


立ち上がる拍子に椅子を倒し、ガタガタと大きな音を立てながら、受付嬢は本来の業務を遂行すべく準備を整え始めた。


まさか本物とは思いませんでした、身なりを整えながら受付嬢があらためて挨拶をする。相当暇だったのだろうと彼女を憂いつつ、クルツホルムからの書簡を渡し、草原の主討伐と魔域破壊の連絡をし現状のイーサミエについて話を聞く3人。


「そうですか、南側は平和になったのですね! それは嬉しい限りです。イーサミエは現在、御覧の通り閉鎖しておりまして、おかげでクエストの一つも入って来なくって。元々平和な土地なんですけどね、南は花畑と温厚な生物が多い草原、北は濃霧が多く足元も悪い湿地なので魔物の襲撃とかもあまりなかったんです。まぁ、それが油断に繋がってしまったのですが…。

ウチのギルド、ディープセイバーズは冒険者とは名ばかりの漁師がほとんどでして、他地域のギルドからの依頼を受けるためだけに所属している方が大半でした。今はもう、ギルマス以外は皆漁師に専念してしまっています。」


「そんな…魔域は片方破壊されてるのに、それでも駄目そうなのか?」


「うーん、北のボスンハムンとの定期船も魔神に怯えて運航停止してしまいましたし、皆の意思が立ち上がらなくてはどうにも。この街を動かせる人がいるとしたら、"海に愛された女"ガザレナさんくらいだと思います。」


「やはり、そいつか。接触しておいて正解だったな。今仲間がそいつと話をしているんだが、どんな人物なのか教えてもらえないか。」


「ガザレナさんは、元公安ギルドの航海士でボスンハムンとの定期便の船長をやっていました。幼い頃と航海士になりたての頃の2回、蛮族の襲撃で航海中に海に落とされるも、どちらもこのイーサミエに流れ着くという奇跡を起こし、"海に愛された女"と呼ばれているんです。彼女がもし根拠をもって立ち上がる事があれば、きっとこの街の人々も呼応してくれるのではないかなと。」


「根拠、ねぇ・・・主と魔域破壊だけじゃ、足りないのか。」


アメジストとミリヤムが悩んでいると、OECが「そっか!」と何かを理解したように声を出した。


「だから、あの帽子なんだ! エンレイ、やるなぁ~。集団心理は、あまり得意じゃないんだよナ~」


「帽子? レアリスから貰ったやつか?」


アメジストが疑念を話す。OECは得意げに人差し指を立てながら3人に対して説明する。


「伝説の海賊団の船長が被ってた帽子だよ? この街にちゃんと伝承が残っているんなら、これ以上ないリーダーの証! 海の漢達が、それについていかないワケないでしょ~う。」


「伝説、だなどと。それは何かを成し遂げる根拠になどならないじゃないか。」


「いいんだヨ、証があれば。そんなこと言ったら、王族なんて血しかないじゃないか。ヒトのココロなんてそんなもんサ。」


    †


エンレイ、シャローム、ルミナリアの3人はレプラカーンの青年ヒルルクに案内され、塀の内部にある砦状の建物に辿り着いた。三階層に分かれ塀の外をも確認できる広い室内に、残念な事に人の気配はない。二階の奥の部屋に進むと、ようやく話し声が聞こえてきた。


「でね、ヘリテ。ここは頑丈そうに見えて壊されたら一撃で船が沈む急所なの。魔物が多い地域では竜骨を多く見せていかに守るかが重要なのよ。」


「へぇー、なるほど、でもそんなことしたら船体が重くなりません? バランスも悪いし…」


「そう、そのまま作ったら船にはならないわ。だからこの部分に魔動機を使用して…、あら、ヒルルク、どうしたの? 知らない人を連れてくるなんて、あなたらしくない。」


船の模型や設計図、コルガナ海の海図であろう大きな地図が周囲に飾られた広い部屋に、教鞭をとるエルフの女性と、着席し資料を眺めている人間の女性がいた。ルミナリアの呼吸がおかしくなるのを確認しつつ、エンレイが挨拶をする。


「私達、外から来た冒険者なの。ガザレナさんというのは、あなたかしら?」


「そうよ、見知らぬ者を簡単に通すなと言っといたはずなんだけど、よっぽど重要な用なのかしら。」


余裕の態度を取るガザレナは警戒を崩さず、腰に差したレイピアに手を置いたままでいる。敵意が無い事を伝えるためそれとなく両手を挙げながら、シャロームも言葉を交わす。


「いや、俺達はとにかく情報が欲しくてよ。魔域潰すためにコルガナ中旅してんだが、北部の情報が全くと言って入ってこない。この周辺でも湿地地域の状態とか、ボスンハムンの話とか、もし知ってたら教えてほしくてさ。」


シャロームは海図に興味を示しながら来訪の目的について語る。その適当な態度にヒルルクは不満そうな顔をしたが、これ見よがしに被り物をいじるシャロームを見たガザレナは一瞬の迷いの後とんでもないものを見るように目を丸くしていた。


「おまえ…その帽子、どこで……」


「へへ、いいだろ、これ。海賊少女から貰ったんだぜ。おめーの服もなかなかイカしてんじゃねぇか。」


顔つきこそ違えど、蒼いレザーに髑髏の紋様、黒いベルトに差すレイピアとガザレナの恰好は明らかにとある海賊を意識しているものであり、流石のシャロームもその真意に気付いていた。連続となる美形女子エルフにルミナリアが過呼吸で顔を抑えているのを横目に見つつ、シャロームはニヤリと笑うと意地悪く話していく。


「あー、なんつったかなぁ、何とかって海賊の墓所を見つけてよ、そこに掛かってたもんだから宝物と共にありがたくいただいて来たってワケよ。この宝石もすげーだろ? いやーいいもん見つけたわー」


「ちょっと、シャローム!!」


バンクルに付いた宝石を見せつけ、あたかも挑発する仕草にエンレイが止めに入るも、ガザレナは静かに下を向き拳を握りしめ震えていた。ヒルルクは見たことのない首領の態度に恐れ慄き、近くにいた人族の女性、ヘリテは状況が飲み込めずオロオロと周囲を見渡している。少しやり過ぎたか、怒らせたと思い焦って近づいてみると、彼女の頬は怒りの赤ではなく大粒の涙が流れていた。


「こんな、、軽薄なやつに…、私、は、何十年もかけて、探してた、のに……」


怒られる方がマシだと思っただろう、シャロームが気まずそうな仕草を見せた時に、後ろからルミナリアが物凄い勢いでタックルをかまし、吹き飛ばすと同時に被る帽子を奪い取った。そのまま彼女は憂うエルフの差し出す頭に、ふわりとレテ鳥の帽子を乗せる。


「よくお似合いです。これは、貴女のために用意したものです(ぞ)。」


ガザレナが顔を上げると、先程まで地を這っていた者とは思えない美しい微笑をこちらに向ける女の姿があった。ヘリテやヒルルクが呆然とする中、いよいよもって混沌とした状況に、こめかみに指をあてため息をつく白髪のメリア。


「…っ。どう、説明したら、納得してもらえるのかしら……」

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(仮)デモンズラインリプレイ @oceanfe0

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