4章・三節

「…えっ、ルミナリアどこに行った?」


フィルイックと別れクルツホルムへと向かっていた道中にアメジストが気付く。いつの間にかいなくなっていた彼女エルフ狂いは恐らくフィルイックについていってしまったのだろう、探索続きで疲労が溜まっていた冒険者達は「あとで来るだろう」と仮定してひとまず宿屋へ向かう事を優先する。


「欲望に忠実なのはイイコトだよね♪」


ため息をつきつつ夜更けに到着したクルツホルムは、観光都市としての賑わいこそ見せないものの平和な日常を取り戻しつつあった。隣接する草原・森林地域の主と魔域が消滅したため身近に迫る危機が減少し、外でなく内に意識が向き"大浸食"からの復興を目指す住人達の努力が垣間見える状況であった。情報収集を明日に回し、宿に駆け込むと一人を除いて倒れるように寝る一行。エンレイも久々に落ち着いた時間を手に入れたため、ウコルニュッキの観察・写生に勤しんでいた。


翌日。少し曇りがかった朝日を眺めながら遅めの朝食を取る一行。ミリヤムが先行してギルドへ向かっていたようで、地図を確認しつつ報告を聞き、今後の方針を相談していく。


「ギルドから頼まれていた書簡送付の報酬も貰えたし、主討伐・魔域破壊の報酬と合わせて暫くは金銭に困らないだろう。ついでに少し聞いてみたが、周辺で新たな魔域発生の確認はないそうだ。おかげで魔導列車も一部稼働し始めたらしく賑わいを見せていたよ。」


「あ、そうそう、そういやそんな事ヤルノが言ってたヨ。」


「…できれば今度から全員に共有して欲しいんだが。ともかく、奈落の魔域を破壊しに行くのなら次は北西にあるイーサミエへ向かうべきだろう。あそこはボスンハムンとの船舶航路があったはずだから、人の出入りも多く情報も届きやすい。丁度良いと思う。」


「確かにな、北側地域の現情報は本当に無いから、そこで少しでも聞きたいところだ。」


「異議ないわ。パルアケからの中央ルートは沼だらけの湿地を通らなければ難しいみたいだし、ここから向かうのが最善と思う。」


「よし、じゃあ目標地はイーサミエだ。魔導列車の開通を待ってもいいが、道すがら前回確認できなかった大扉の内部を探索するのも良いかもしれない。丁度あの花畑の場所を通って行ける。ただ、大扉の先にある空間は死の気配がかなり強かったし、出来れば森羅導師のルミナリアを連れて行きたいところだが…」


「カティの杖を持ったオレがいるからある程度は対抗できるサ! この杖、凄いんだぞ!」


「そぅいや結局海賊ネーチャンの拠点とやらにも行ってねぇな、何処にあるのか見当もつかねぇが。しかしこの地方に来て以来海賊の話なんざ噂すら聞こえてこないが、ホントにいんのかよ。」


「それは私も疑問に思っていた。あの魔域で出会ったのは『この地方を制した大海賊』ゴルトン海賊団と言っていたが、聞く限り今の海でそのような者達が活動しているという話はないよな。」


「まぁ、何年も前の事だろうから、今はもう海賊自体いなくなってしまったのかもしれないけど…。ここやパルアケの歴史書に『海を荒らす者』の存在は仄めかされていたから、拠点自体はあるんじゃないかしら。案外、あの大扉の奥がそうなのかもしれないわ。」


「『歓迎する』って、そう言う事か? 随分手荒じゃねぇか、あのネーチャン。…はぁ、あん時ゃヴィルマが攫われるなんて、欠片も思ってなかったな。」


「全くだ。それにまさか、あの時出会ったメンバーで旅をする事になるとは、な。」


何ヶ月か前の出来事に想いを馳せつつ、一先ずは目的地へ向かう為「イーサミエの現状」「大扉と海賊の情報」「ルミナリアの行方」について手分けして情報を収集する事にし宿を出る一行であった。


    †


「いやー、すみませんな、つい身体が勝手に動いてしまって。はっはっはっ」


冒険者ギルドへ向かった一行を、待っていたルミナリアが出迎える。別の宿に泊まっていたようで身支度も整っており、彼女の方から合流を望んだ事も相まって皆を驚かせていた。


「てっきり、このまま一生フィルイックに付いていくのかと思ったわ。」


「いやはや、流石にそれはと言いますか、一応冒険者としてしっかりしなければと考えた次第で。」


少し照れくさそうに頭を掻くルミナリア。彼女もまた、今までの旅路で少しずつ考えが変わってきているのであろう。


「神聖魔法と精霊の力があれば、あの大扉の先も突破出来そうだな。これで問題はないだろう。」


相変わらず発言は淡白なミリヤムに合わせて、全員でイーサミエと大扉の情報収集を行う。あと少しでクルツホルム―イーサミエ間の魔導列車が開通しそうだとの事で期待する声は多かったが、イーサミエの鉄道ギルドと連絡が取れないらしく、肝心の現状について詳しく知る者はいなかった。大扉や海賊についても良い話を聞くことは出来ず、万全の準備を整えて攻略に臨もう、という結論に至った。

シャロームのせいでクルツホルムでは"主と魔域の破壊者"として名が通ってしまっているため、復興を目指して賑わう商店街での買い物は街の人々の多大な感謝により落ち着いて散策とはいかなかったが、冒険者達にとって悪いものではなかった。


    †


午後も15時を過ぎた頃、冒険者達はクルツホルムを出発する。既に踏破済の為到達時間の目測も行いやすく、死霊の力が弱くなる日中に洞窟に到着できるよう計画的に歩みを進めていった。


野営を挟み、何事もなく目的の花畑に辿り着く。前回は大蛇との激戦を繰り広げた場所であったが、主を倒した今は平和という言葉が似合う場所そのものであった。


「あぁ、やはり一面の花畑とはいいものだな。いつかこの平原地域全体が、この花でいっぱいになると良いんだが。」


機嫌を良くしたアメジストが小さな妖精達を纏いながら小さくスキップを踏む。戦闘時の厳格な視線とは違う穏やかな表情で舞い踊るような少女の姿を眺めつつ、一行は小休憩を取る。周辺素材を活かしたルミナリアの精進料理は相変わらず賛否が分かれたが、戦い詰めの冒険者達にとっては風景も相まって良い癒しとなり、今回はOECの謎の発作も起きなかった。


花畑の先、茂みの奥に隠されるように存在する岩場の洞窟にも大きな変化は無く、虎達の姿も無いためサクサクと奥へ進んだ。暗闇の中に、場違いなほど精巧な大扉が見えてくる。ランタンをかざすと金属製の光沢で威圧してくるその存在は、来るものを拒むという言葉がとても似合っていた。


「…さて、またしても蛇が出るかどうか。"死よ、死よ、汝は永劫の眠りの中に"」


魔動機文明語でミリヤムが言葉を発すと、大扉はコアを起動させ自動的に開かれる。流れ込んでくる背筋の凍る死の気配に臆することなく前へと進むと、以前と同じ潮風の漂う空洞に辿り着いた。スケルトン達がのんびりと時を過ごし、水辺に座り遠くを見つめている不思議な光景も特に変わっていない。前回、奥の建物に近付いた途端に雰囲気を変え、伏兵と共に襲ってきた者達だ。


「うへぇ、なんですかここ。溜まった怨念が一生出られずに空をぐるぐるしてるというか、正に気持ち悪いと言える場所ですな。」


堪らずルミナリアが全体にスタッブボーンサバイバーを使用した。頑強な生命力を付与する森羅魔法によって全身に走っていた悪寒がいくらか和らいでいく。それに反応したOECが、杖を掲げ高らかに宣言する。


「おっと、オレも負けてらんないね! "セイクリッド・シールド"! "フィールド・プロテクション"! "ブレス"! んん~! カティの力、ビンビン感じるよ!!」


全体に全力で補助魔法をかけまくるOEC。確かに杖の力は強力であり、身体中に力が沸き上がるのを感じると共にひと際大きい神聖の力によってスケルトン達が一斉にこちらを注視した。あ、というOECの一声を聞きつつ、ミリヤムが頭を抱えながら戦闘への準備を要請する。


「来るぞ、各自戦闘態勢!」


    †


不意を突く事は出来なかったが、準備万端にかけられた補助魔法の効果により冒険者達の能力は大きく向上しており、死の気配によって強化されたスケルトン達にも不利をつけることなく戦闘を始めることが出来た。だが通常のアンデッドと違いスケルトン達は互いに連携を取りつつ波状攻撃を繰り広げており、特に火蓋を切ったOECに対して集中砲火を行ってきたため、全員がそれを庇う形で陣形を組み始める。


「ぎゃー!!オレばっかヤメテ、ヤメロー!」


「おっかしいだろ!! こいつら会話でもしてんじゃねぇか!!」


「声帯も無ければ目も無い骨の塊よ。お互いのマナを認識してタイミングを合わせて攻撃? でもこの子達は戦闘前から不可思議な行動を…なにか特別な魔法が…? もうちょっとよく見させて欲しい…」


「エンレイ殿、今は研究者の眼にならないでくださいまし!!」


「でも異常なのは事実だ、指揮官あたりでもいるのかもしれないぞ!」


「探しているが、そんな様子を見せる奴は闇の中にも見当たらない! 僕達も連携して実力行使する方が早い!」


暗視による確認をもって周囲に指揮官のような存在がいない事を察したミリヤム。襲い来る無数のスケルトン達をよく見ると、武器や防具をそれぞれが使い分けて装備し、各々が独特の構えをみせる個性あふれる者達であった。


「実力行使! 一番楽な解決方法だな!!」


吹っ切れたシャロームが槍の一薙ぎでスケルトン達を奥へ吹き飛ばす。周囲に骨の破片が飛び散るだけと思われたが、その一部は地に落ちることなく宙に浮き、切っ先を見せたまま空間に固定された。注視しなければ戦闘中思わぬ怪我を被る事になるだろう。


「な、なんだあれは!!」


「っ!スケルトンガーディアンの骨舞い! 見た目が違い過ぎてわからなかった! ゴメン!!」


「仕方ねぇだろ、何もかも異常って事だこいつら! 気ぃつけろよ!」


冒険者達の驚く様が面白かったのか、スケルトン達は以降更に多彩な攻撃を見せ始める。サーベルによる剣戟、弓による射撃、ロープを使用した投擲、果てには奥の建物から大砲を持ち出してくる(火薬は湿っており撃つことは出来なかったが)など

それはまさに人間と対峙しているようであったが、こちらの攻撃が当たり関節の接合が崩れ、バラバラの状態でカタカタと笑うように骨を鳴らす様はアンデッドそのものであった。


「、この攻撃方法は、どう見ても…」


OECが回避に専念したため神聖魔法による浄化を行う余裕は無かったが、幸い一度崩してしまえば人間体に復活してくることは無かったため、宙に浮く破片が増える事を除けば少しずつ状況が好転し始める。ルミナリアの相域が遠距離のスケルトンを足止めしたタイミングでそれぞれの全力攻撃を叩きこみ、冒険者達の体力が尽きる前になんとか全てを打ち砕くことが出来た。


「んもー、全員徹底的に浄化しちゃうもんね!全力祈祷! ―星神よ、満天に輝く我が主よ、俗世に迷う穢れし魂の罪を許し、御身の御心をもって星海へと導きたまえ! "ホーリー・ライト"!!」


鬱憤の溜まっていたOECが極星を彩る杖を掲げると、暗闇の洞窟内には眩し過ぎる強い光が放たれていき、充満していた死の気配と共にスケルトン達を浄化していった。崩れ落ちた骨の破片が輝きと共に動きを止め、歯を鳴らし笑っていた頭蓋骨も静かにハルーラの洗礼を受ける。30秒ほどの行使で淀んでいた空気が清浄化され、背筋の凍る悪寒も感じなくなっていった。


「ふふーん、どんなもんだい! カティとオレの手にかかればこんなもんよ!」


「あぁ、気付かれる前にそれを放つことが出来ていたらもう少し楽だったろうな。」


もー、とミリヤムの皮肉にプリプリと頬を膨らませるOEC。戦闘の損傷を癒しつつ、静寂に包まれた洞窟内をあらためて探索し始める冒険者達であった。


    †


「さて、必死に守ってたコイツはなんなのかな、っと。」


シャロームが奥にある建物の扉を開ける。周辺一帯が浄化されたため魔物の気配は無く、扉の先も寂れた光景が広がっていた。木製の壁や床、家具などは腐食し、料理場であろう鉄台は潮風によって錆に染まっている。共に探索していたルミナリアはその有様に興味を無くしていたようだが、放置された隠れ家、という印象を受けたその場所に冒険心が止まらないシャローム。


「なんで、ワクワクしてるんですかね?」


「何言ってんだ、こんなに怪しい場所ないだろ。人の死体スケルトンが守ってたんだぞ、スルーしたら師匠に怒られちまうよ。」


ガサゴソと腐食した家具を移動させ、壁や床を叩いて確認する。いつの間にか横にいるヒビキも反響音を聞き比べて何かを探す素振りを見せている。やがて音の違う床を見つけたかと思うと槍を突き刺して床を剥ぎ、現れた土の地面をサクサクと掘り進んでいく。


「基盤のクセに柔らけぇ土だなぁ、さぁなにが、埋められて、いんのかな!」


岩にぶつかった音とは違う、ガコンッという金属音が響いたかと思うと、土の中から麻袋が見えてきた。槍にぶつかった部分は破けているが、ランタンに照らされて金色の鈍い光が垣間見えている。


「え!? これって…!」


「ビンゴだ! ひゃっほう!!」


勢いよく引き合上げられた麻袋は1m四方程の大きさにも関わらずずっしりと重く、中身の価値をこれでもかと示していた。白けた目で眺めていたルミナリアもその中身を理解してハイテンションになっている。


「うおおお、凄い! 一昔前の硬貨に、これは魔法石? 色とりどりの宝石まで!」


「ひゃはは、やったぜ! あの骨達、どう見ても荒くれ者だったしな。そりゃあ宝の一つや二つ、死んでも守りたいだろうよ。あ、いや死んだ後も、か。これだから冒険は楽しんだよな。」


「それだけ聞いてると墓荒らしですな。まぁ先程の浄化のおかげか怨念も憑いていないみたいですし、ありがたく貰ってもバチは当たらなそうですな。ぐへへ、これだけあれば…」


皮肉を言いつつも美しい宝石(を進呈してエルフに喜ばれる想像)に笑みが止まらないルミナリア。様子に気付いたOECも駆け寄ってくる。


「うおおおお、スゲー、キレーだなー、こんなんプレゼントしたらどんな乙女もイチコロだぜ!」


思わぬ財宝に目が眩む3人を見て、スケルトンの残骸を観察中のエンレイは遠くからポツリとこぼした。


「俗世に塗れず欲望とは無縁の存在、森羅導師。他者を許し施しを与える導きの星神ハルーラの神官。…私の認識が可笑しいのかしら……」


「いや、そんなことは無い。僕もそう思うよ。」


「あはは、でもだからこそ、森や神殿に勤めるのではなく私達と共に冒険者をしているんじゃないか。そういう意味では、私達もそうだろう?」


アメジストの問いに、ミリヤムとエンレイはお互い目を丸くし、小さく微笑むのであった。


    †


洞窟の壁沿いにランタンを設置していくと、財宝の隠されていた建物の他に、墓石のような置物が複数存在する広場を見つけることが出来た。縦横に積まれた石にはそれぞれ魔動機文明語で名前のようなものが刻まれており、この場所が隠れ家と共に墓場であったことが分かる。そして石の前には朽ちたサーベル剣やバンダナが添えられているものもあり、入り江に漂う潮風と共にその持ち主達の人生を判断することが出来た。


「出発前に想定もしていたけど、ここは正に"海賊の入り江"ね。美しい花畑と魔動機製の大扉で隠された陸のアジトだなんて、想像もできないわ。」


「まぁ、あの時出会った少女が作ったと考えれば分からなくもないよ。彼女は破天荒という言葉が好きだったしな。」


「おー、そぅいやヴィルマが貰った妙な石、ちゃんと持ってきてるぜ。ほら。」


シャロームが道具袋から取り出した少し灰の濁る緑の石は、何か月か前に冒険者5人+ヴィルマで攻略した奈落の魔域で出会った海賊少女、レアリスから受け取ったものだった。たまたまコルガナ地方に来ていた6人は、船舶移動中に魔域に巻き込まれ、内部にて難破・遭難したレアリスを救助することで魔域を攻略していたのだ。


「某と電車で出会った5人が、以前にも面識があるとは面白い話でしたなぁ。ところでその少女殿はエルフだったのですかな? だとしたら羨ましい限りですぞ~そろそろ某エルフ成分が足りなくなって…おや?」


唯一その場にいなかったルミナリアのいつもの発作が起きようとした矢先に、シャロームの持つ緑の石が鈍い輝きを放ち始める。何事かと身構えると、光は墓所の一番奥にある一つの墓石に繋がっていき、やがて包み込んだ墓石ごと発光し始めた。その墓石には、見覚えのある黒い羽を飾った帽子がかけられている。


「(やっときた! 遅いし、まったくぅ)」


光る墓石から甲高い声が聞こえたかと思うと、光の中から掛けられた帽子と同じ物を被った半透明の少女が姿を現した。二丁拳銃をベルトに差し、髑髏どくろの描かれた青いレザージャケットを身に纏う彼女こそ、以前の魔域で出会ったレアリスだ。


「うおっ、びっくりした。なんだ、ゴーストか?」


「違うし! 石に込めた意思だし! …って、違う、駄洒落じゃないからそんな目で見るな! てか、確かに『今度コルガナ地方に遊びに来た時は』って言ったけど、400年以上も待たせるとかあり得ないっしょ。おかげでウチら、滅んじゃったじゃん。待たせ過ぎだし。」


偉そうに腕を組んで不平を漏らす海賊少女。だがその顔は笑みがこぼれており、怨念の類ではないように思える。その状態に驚く冒険者達であったが、一度仲間であった彼女に警戒はあまりしていなかった。


「えっと、あの時出会ったレアリスちゃん、で良いのかしら。待たせてごめんなさいね。魔域の記憶があるみたいだけど、その石のおかげ?」


「そうよ! 海賊として死んだあと、運悪く魔域に魂を囚われていたウチは、あなた達と出会い、あの魔域から解放されたの。核の破壊と共に魂もそのまま消えるものだと思ってたんだけど、なんでか維持出来ちゃって、折角ならその石に入って現世連れてってもらおっかなって思ったワケ。あなた達にお礼もしたかったし。で、魔域が消える直前にヴィルマちゃんに渡して、自分が眠るこの場所に来るのをずっと待ってたのよ。だからホントは数か月ほどしか待ってないんだけどねー。」


エンレイの問いに、大袈裟な身振り手振りをしながら軽い口調で答えるレアリス。見た目も口調も少女そのものだが、経歴を考えると中にある魂は長きに渡る冒険を繰り広げた歴戦の勇士のようであった。あっけにとられて眺めていると、レアリスは両手を天に掲げ、全員に向けて大きな声で歓迎の言葉を述べる。


「あらためて、ようこそ! 我がゴルトン海賊団が誇る鉄壁のアジトへ!…まぁ、とっくに滅びちゃったんだけどさ。ホントは沢山の宝物を用意して待っていたかったんだけど、ほとんど持っていかれちゃって。残ったのも少しの財宝と羅針盤しか…って、もう持ってるし! 身内にも隠してたのに、よく見つけたなぁ。」


「まぁな、これくらい朝飯前よ。貰っちまっていいんだな?」


「もちろん! 見つけたのが君達で良かったよ。ゴルトン海賊団、ウチの後も何代にも渡って続いた栄誉ある大海賊団だったんだけど、最期は身内に裏切られてさ。この入り江、昔は外の海に繋がってたんだけど、岩で封じられちゃって。で、陸側の入口はあの魔動扉だし? ここに閉じ込められて終わっちゃったのさ。」


「やっぱり、ここがアジトだったんだな。花畑の中に構えるなんて素敵じゃないか。」


「あ、分かる? 破天荒でしょ?」


得意げに鼻を高くし、自慢げに帽子のつばを持ち上げる。その様子を見て、エンレイが後ろにかけられた物に気付く。


「その帽子、あなたのお墓に実物がかけられているわね。古い物とは思えないほどしっかりとした保存状態で。」


言葉と共に後ろを振り向き帽子を確認するレアリス。先程までの元気な表情とは打って変わって、寂し気な顔には少しの哀愁が漂っていた。


「…そう。歴代の船長は皆、ウチの遺志に共感してこの帽子を受け継いでくれた。この帽子は、"コルガナの海を統べる"ゴルトン海賊団の象徴にしてウチらの誇り。これを見た蛮族は恐怖で逃げ出し、人族からは尊敬の眼差しを受ける。最期の船長は、死してなおこの帽子を守り続けてくれたのね。」


そう言うと彼女は、自身の墓に掛かった帽子を半透明の手で掴み、シャロームの頭へふわりと乗せた。


「お? なんだくれんのか? 大事な帽子なんだろ?」


「だからこそ、こんなところで腐らせておくわけにいかないし。あなた達の冒険中に、もしこの海を守る意思を持った子に出会ったら、そんな奇特な奴がいたら、この"レテ鳥の帽子"を渡して欲しい。ウチの最期の願い、聞いてくれる?」


少し目を潤ませながら、冒険者達に笑いかける。その姿は少しずつ薄くなっており、僅かな夢の期限が迫ってきたことを告げていた。肉体の眠るこの場所にて顕現した事で全てを悟り、滅びてなおこの海を愛する彼女の願いを、拒むものなどいなかった。


「…任せろ。お前らが愛した海なんだ、守りたい奴もきっといるだろ。必ず見つけ出して、届けてやるさ。」


自信を持って答えるシャロームの姿に、レアリスは満天の笑みをみせる。そしてまた大きな素振りで両手を掲げつつ、舞台演者のように最期の言葉を紡いでいく。


「"死よ、死よ、汝は永劫の眠りの中に。いつか見た憧憬は、我らには眩し過ぎる。

  静寂と暗闇に包まれ、どうか我らと共に安らかに眠れ"……裏切り者達が付けた魔導扉の合言葉、あまりにも皮肉よね。詩となって現代まで語り継がれていたのは、ゴルトン海賊団の栄華ではなく、その繁栄を妬む者達の言葉だった。

…でもウチ、もう悔しさとかないよ。魔域で私の後悔をぶち壊してくれたあなた達が、やがてコルガナの伝説となろう破天荒なあなた達が、意思を紡いでくれるからね。先に感謝しておくわ。本当に、ありがとう。ヴィルマちゃんにもよろしくね。」


ウィンクをみせた後、頭に乗る帽子を顔が見えなくなるほど深く被るレアリス。表情を見せない状態で、空いた左手を左右に振り、じゃっ!という言葉と共に姿は完全に見えなくなった。騒がしく語る存在がいなくなり静寂を取り戻した洞窟内に、帽子に付けられた羽根が風も無く揺れていた。


「ううう・・・なんといい子でありますか、レアリス殿は!」


気付くとルミナリアが声を出して涙を流していた。予想外の人物の予想外の反応に困惑する5人。


「い、ぃや、お前は今日会っただけじゃねぇか。」

「そんな事関係ないでしょう! 周囲の環境に負けることなく責務を果たすなんて、うう、わたしにはとても、ううう・・・」

「レアリスが笑ってたから、わ、私は我慢したんだぞ!」

「全く、締まらないな、ホント。」

「ん、どうしたの、OEC。珍しく黙ってるけど。」

「・・・ううん。なんでも。」


静かに下を向くOECは極星の杖を強く握っており、カティアを想っているのだろうと察することが出来た。魔域に入れば出会える特別な存在、もはや親友と言える彼女と別れる事を想像してしまったのか。エンレイは優しくOECの頭に手を置きながら話しかけた。


「その杖があればいつでも一緒なんでしょう? 何百、何千年も前の存在である彼女らと知り合えたこと自体が奇跡なのよ。別れを嘆くより、出会いに感謝すべきだわ。」


「そっか。そだね。一期一会はオレのモットーだし。・・・なんだかエンレイ、メリアっぽいこと言ってるね。」


OECの言葉に「そうね、私も異端だから」と笑うエンレイ。花畑に隠された死の入り江の探索は、少しの哀愁と共に終わりを迎えるのであった。

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